第1章・第9話 獅牙崩

 再構成まで門は厳重に閉鎖され、整備のため各隊の護士が集められている。新任は前列で背筋を伸ばし、狩人は外郭で開放を待つ。

 国王レグノス、王子クロッド、団長フォルド、副団長モルティア。四人が門の正面に位置取り、新任の列と向かい合う。


「今回は新任に付き添うので、段取りを確認しておきます」

 モルティアの声は抑えめで、よく通る。

「新任は私に付いて行動となります。他は先に伝えている通りの隊構成です」

「衛護士は門周辺の整備。討護士は狩人と合流して各方向へ進行。地形把握と活力無線機での通信を怠らず、送受信機の設営も忘れずに」

「門から離れるほど幻体は強くなります。層の境を感じたら拠点を作成し、一日を過ごしてください」

「衛護士は周辺の情報が揃ったら、車で駐屯地の設営に回ってください」

「今回も二日目に二層までの開拓を目指してください。ヌシは大丈夫だと思いますが、森林環境や変則幻体への対応は設備が整ってからです」

「以上です。要点だけですが、これ以上は後ろの方々が先行してしまうので、切り上げます」


 フォルドは話が終わったと判断し、声を上げる。

「開門!」

 号令で封鎖が解かれ、門への侵入が可能となった。

「さあ新任たち。待ちに待った手付かずの常世を拝めるぞ」

 レグノスは上機嫌に歩を進める。フォルド、クロッド、シロンが後を続く。

「皆さん、付いてきてください。すぐに幻体を視認することもあります。気を抜かずに」

 モルティアの平静な言葉に含まれた危険の重みを感じ、アリオスは装備を確認する。

 新任たちは、誰が先に行くかで一瞬戸惑いながらも後を追った。


 何もない。人や車が刻んだ道も、はためく天幕も、陣地を主張する柵も。あるのは自然だけ。雄大で、休まる場所がないと感じる。普段と違う、どこか息苦しい。

「どうだ、これが常世だ」

 レグノスの声が背後から聞こえる。振り返ると、先行した面々が門の横に控えていた。

「圧倒されたか、それとも恐怖か。少し息苦しいだろう」

 新任たちは、様々な勢いの頷きで返す。

「この空気は層のヌシが作っている。それを討伐するのが最初の仕事だ」

 モルティアが説明を引き取る。

「層には縄張りを持つヌシが複数存在します。場所を探すのも任務の一つですが、門を出て正面には必ずいるようです」

「私たちは正面を突き進みます。一層の幻体であれば皆さんでもこなせるでしょうが、ヌシを倒すことが目的です。身を守り、見て学ぶことを優先してください」


 フォルドが中央に立ち、指揮を始める。

「他の部隊も揃ったな。開拓を始めるぞ」

 各部隊から応答が上がり、それぞれの方向へ進行を始めた。


 フォルドを先頭に、ひたすら歩を進める。索敵をしながら、地形を報告しながら。昼食は簡単に済ませ、ヌシを目指す。

「ヌシが居たぞ。連れも多いが――このまま特攻でいけるな。新任は熟練と二人一組で連れの相手。レグノスがヌシと交流している間に周りを掃除する」

 新任の傍に熟練者が付いて動き出す。新任たちは目の前の状況と指示に、頭が追い付かない。


 こちらの動きに反応して、群れも体制を整える。獣の唸り、人の怒号、剣で断つ音、盾で弾く音、何かが崩れ落ち、激励の声が飛ぶ。目の前の敵が素材だけを残して消える。

 まだ気を抜けない。敵は複数いる。ヌシもいる。周囲を確認し、次の敵を探る。新任たちは構え続け、熟練者がもう剣を納めたことに気づかない。


「交流を深めろと言ったが、倒すのは早いだろう」

「うむ、新任の学びを削いでしまったか。攻撃してくるのが悪い」

 フォルドとレグノスは、戦闘前と変わらぬ構えのまま談笑している。

「お疲れ様でした。ここに野営をしますので、準備に取り掛かってください。武器はもう納めても大丈夫です」

 モルティアの指示を受け、一拍置いてから新任たちは状況を理解する。既に戦闘は終わっていたのだ。

 武器を納め、熟練者からの称賛を受ける。空気が少し和らいだと感じながら、それぞれの荷から野営の道具を取り出し、準備を進める。


 モルティアと新任たちは夕食の準備を進め、他の隊員は夜襲を回避するため周囲の幻体を倒しに出ている。

 鍋からは湯気が立ち、味噌の香りが空腹を刺す。飯盒はんごうが炊き上がりの音を知らせるのを待つだけだ。


「初めてのヌシはどうでしたか」

 モルティアは短く問い、顔色を伺う。

「他の幻体と比べて二周りぐらい大きく、光の濃さ……猛々しさがありました」

 アリオスは見たままの感想を答える。

「そうですね。本当は行動も観てほしかったのですが、仕方ありません。空気の変化には気付きましたか」

「はい。密室の窓を開けたような、身体にまとわりつくものが離れた感じがあります」

 別の新任が答えた。ヌシに関する説明が続き、各々が質問を重ねる流れになった。


「レグノス王の剣術を初めて見ましたが、クロッド殿下と同じ構えでした。王家の流派なのでしょうか」

 アリオスはモルティアに尋ねる。

「そうともいえますが、私たちが学んでいる剣術と同じです」

「私たちは長剣を前、盾を後ろに構えます。多人数で攻撃を重ねて倒すことを重視した型です」

「王家の方々は盾を前、剣を後ろに構えます。攻撃を誘い致命を狙う、せんです。一対一と負傷回避を重視しています」

 新任たちは「なるほど」と構えを真似る。

「ちなみに、フォルド団長も私たちと同じ剣術です。盾を持たず、大剣に持ち替えているだけです」

「それは何を重視した結果なんですか」

「一撃で倒せた方が危険が減るから、ですね」


「ハッハッハ、団長になる秘訣が気になるんだろう」

 後ろからレグノスの声が聞こえてくる。シロンと数名とで、長卓で寛いでいた。

 新任たちは姿勢を整えて起立する。レグノスが手で仕事に戻るよう促し、シロンに目をやる。

「私たちの団長になるには、強さはもちろん必要ですが、一番は人望ですね」

「もちろん王が任命しますが、この通り、日頃から前線で行動しているので、特別な評価は起こらない」

「単独で臨機応変に成果を挙げ、自身で責任も取れる人材。それが最低条件でしょうか」

「あと、統率力があると、モルティアや私のような役職が割り当てられるので……消去法で団長に選ばれるという見方もありますね」

 レグノスは大笑いし、シロンとモルティアも口を結びつつ笑っていた。


 笑いが治まったところで、アリオスはシロンの役目を思い出し、質問をする。

「シロン様、クロッド殿下は一緒ではないのでしょうか」

「ああ、今はフォルドと行動しているよ。何の訓練にもならないんだが、新鮮な体験は必要だからな」

 シロンとアリオスの会話を見て、レグノスが声をかける。

「君がアリオスだね。孤児院には顔を出しているか」

「はい。訓練が開始してからはあまり通えていません。孤児院へのご支援、ありがとうございます」

 不意の話題に、アリオスは思わず謝辞を述べていた。

「それは良くないな。ちゃんと顔を出してあげなさい。一緒に育った子たちが寂しがるだろう」

 アリオスはレグノスに頭を下げ、食事の準備に戻る。ルークとの約束、そして子供たちとエレナの顔を思い出す。


 新任たちも常世の朝に慣れ始めていた。だが今朝の空気は胸を締め付け、支度の手をわずかに重くする。

 モルティアが行程表を眺めながら、新任たちを待っている。


「皆さん、朝食を済ませたら出発します。設営した物は後に来る衛護士が回収しますので、解体は不要です」

 新任たちは整列して挨拶をする。わずかに顔色を変える者も多い。

「空気が少し戻っているのに気付きましたか。これは奥層から流れてきています」

「この気配が強まると幻体の出現が増えるので、前線は浸蝕しんしょくを抑えるために常に戦う必要があります」

 新任たちは習っていた事柄を思い出す。幻体はどこに出現するか分からないこと。人の流れが多い場所では出現しないこと。そして、広大な常世の深層に拠点を置けないのは人員数の問題であることを。


「本日は二層のヌシを倒すのが目標です。この先は皆さんには荷が重い幻体が多い。前に出ないよう気を付けてください」

 朝食を済ませ、一行はヌシを目指して進む。

 風は一定で、草の流れが足を奪う。一層と比べると植生の違いや生物の足跡が増えている。

 やがて、風の流れが鈍り、空気が重くなる。フォルドが立ち止まり、短く命じる。

「この先だな。少し戻って休憩だ」


 後方から複数台の車が入ってきた。護士が降り、一人が挨拶に来る。

「クラヴァー隊、到着しました。休憩拠点の荷の回収も済んでおります」

「おお、クラヴァーか。ご苦労だった」

「クラヴァー兄さん、お疲れ様です」

 レグノスとクロッドが挨拶を返す。クラヴァーはレグノスの妹の息子。クロッドの一つ上の兄として育った。

「お疲れ、クロッド。できる弟には教える事もなくて寂しいぞ」

 二人は盾を静かに合わせて挨拶を交わす。

「よし、ヌシを倒して休憩地の設営をしないとな」

 レグノスは合流した護士も伴い、ヌシの元へ歩みを再開した。


 空気が重くなった先には、静かで濃い光を纏うヌシが鎮座していた。周囲の群れも静かにこちらを睨むだけで、警戒は薄い。危機感はないようだ。

 隊員たちは武器を構え、群れを牽制けんせいする。王は一度、深く息を吸い込み、一歩前へ出て、拳を掲げる。


「我は王、民を護る獅子也なり

 王の拳には、視界を埋め尽くすほどの獅子が立ち上がる。

「民から託された力にて、障害を打破する――」

 隊員たちに脱力感と疲労が押し寄せ、肩が下がり呼吸が早まる。それに共鳴して獅子は力強い重厚さを増していく。

「我らが歩む道に憂いなし――」

 ヌシたちの余裕は消え去り、攻撃するか逃げるかの判断がつかない。威嚇体制で体がすくんでいた。

「『獅牙崩しがほう』」


 拳を打ち下ろす。ヌシと群れに狙いを定め、獅子は地面へ噛みついた。噛み跡の縁が押し広がり、起伏が走る。獅子が口を閉じると、幻体をまとめて噛み潰していく。

 音が消え、噛み跡の窪地に素材だけが散った。




用語注読み・定義

そう:常世の階層概念。境界を越えるほど幻体が強くなる。層内には縄張りを持つヌシが複数存在する。

活力無線機かつりょくむせんき:離れた場所の相手と無線活信を使って音声通信を行える。

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