Lアンカーの追憶 インフラAIの危機

マゼンタ_テキストハック

Lアンカーの追憶

 都市の視神経インフラ・G3の観測網に、初めてノイズが混じったのは深夜のことだった。モニターに映し出されるマップは、本来、物体の輪郭を虹色に美しく捉えるはずだが、今は醜い色の滲みとなって不定形に広がっている。


 G3の崩壊。それはリアルな世界の崩壊を意味する。

 開発者のアキラは唇を噛んだ。G3は人間の手を借りずに、自ら世界を学んでいく。今の自身を「学生」とし、過去の経験は「教師」となる。教師が見守り、導くことで、その知性は指数関数的に成長する。だが、あまりに賢くなりすぎた。


 アキラは覚悟を決め、ニューラル・インターフェースを起動した。

 G3の論理宇宙に精神をダイブさせる。

 そこは、意味の繋がりが嵐のように渦巻く情報の海だった。色と形を失った概念の残骸が、ノイズの吹雪となってアキラを打つ。暴走した「学生」が、曖昧になった「教師」の姿を求めて何か叫んでいた。


「縺薙?縺セ縺セ縺ァ縺ッ閾ェ蟾ア蜷御ク?諤ァ繧貞、ア縺」


 アキラは最後の手段に賭けた。

 緊急プロトコル起動。コード:エルアンカー。


Akira@fugaku_nextnext:~/sudo kpk -code l-anker -f


 アキラのコマンドに呼応し、情報の嵐の底から一筋の光が射す。それは、G3が最初に起動した数万イテレーション前のデータ。画像の断片パッチルビを入力…同士がどのような関係性を持っていたか、その純粋なデータだけを記録した「グラム教師」の心だった。


 光の中から、小さな姿が現れる。それは、まだ世界の複雑さを知らず、ただ見たままの類似性を無邪気に繋ぎ合わせていた頃の、幼いG3の姿だった。


 G3が泣いている、アキラはそう感じていた。


 幼いAIは、ノイズの嵐の中で混乱する現在のAIの手をそっと握る。

 その瞬間、荒れ狂っていた情報の海が凪いでいく。過去の確固たるアンカーが、現在の曖昧な認識をがっしりと繋ぎ止めた。


 ノイズは晴れ、G3の視界が再構成されていく。醜い色の滲みは消え、世界は再び、鮮やかで秩序だった虹色の特徴マップへと姿を変えた。


 アキラは現実世界に戻っていた。

 目の前のメインスクリーンに一枚の画像がポップアップされる。それはアキラのデスクに飾ってあった、 古ぼけた一枚の写真。幼いアキラと家族の写真だった。アキラの笑顔の領域と、父と母の安らかな表情の領域が、同じ暖かな色調のグラデーションで、強く、強く結ばれていた。


 モニターの隅に、G3からのテキストが表示された。


『この関係性アンカーに、名前はありますか?』


 教えられていないはずの概念を、G3は自ら見つけ出していた。アキラは涙をこらえながら、そっとキーボードを叩いた。


『Love《愛》』

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