第4話 沈黙の支配

飲み会の席で、真理子さんに「直樹くんも来るでしょ?」と軽く言われた瞬間から、胸がざわついていた。

それはただの社交辞令かもしれない。

けれど俺にとっては、誘われたこと自体が特別に聞こえてしまう。



居酒屋では、彼女はいつも通り明るくて気さくで、誰にでも笑顔を向けていた。

上司に冗談を飛ばし、後輩のグラスを気遣い、場を仕切る。

その姿は、昼間のオフィスと同じ「頼れる先輩」。

だけど俺は、横顔を盗み見るだけで胸が高鳴っていた。

テーブルの下で、膝がかすかに触れた瞬間、心臓が跳ねる。



飲み会がお開きになり、同僚たちが散っていく。

気づけば、真理子さんと俺だけが同じ方向。

自然にタクシーに乗り込んだ。


街の灯りが窓に流れていく。

車内は静かで、狭くて、やけに鼓動が大きく聞こえる。


シートに置かれた彼女の手。

俺は意を決して、その手に触れた。

驚かれると思った。

振り払われるかと思った。


けれど真理子さんは、逆にゆっくりと俺の手を掴み、自分の膝の上に乗せた。

タイトスカート越しに、張りのある肉感が掌に広がる。

思わず息を呑む。


布越しでも分かる。

柔らかさと同時に、弾むような張りがある。

指先にまとわりつく熱は、掌から腕へとじわじわ這い上がっていく。

その感触があまりにも生々しくて、体の奥が勝手に反応してしまう。

下腹部がじんわり熱を帯び、ズボンの内側で硬さが膨らみ始めた。

羞恥と昂ぶりが入り混じり、息が荒くなる。


その上から、彼女の右手がそっと重ねられる。

逃げられない。

撫でているように見えて、俺は何もしていない。

触れさせられているだけだ。

完全に支配されていた。



しばらくして、俺の手に重ねられていた真理子さんの右手が動いた。

俺の太腿に触れ、爪先でゆっくりなぞり始める。

布越しに、熱と刺激が這い上がる。

なぞる軌跡は、少しずつ、じわじわと股間に近づいていく。


喉の奥が震え、息が荒くなる。

股間は脈打つように熱を帯び、ズボンの内側で張り詰めていく。

太腿をかすめるたびに、その硬さが自分でもはっきり分かる。

羞恥と興奮が一度に押し寄せ、腹の奥が痺れるように疼いた。

背筋にじっとり汗が滲み、脚先まで震えが走る。


――こんなところで反応してるなんて、情けない。

――でも、止められない。


「……っ」

声が出そうになり、唇を噛んで必死に堪える。

この車内には、運転手がいる。

もし声が漏れたら、すべてが知られてしまう。

その想像が余計に胸を締めつけ、下半身を熱くする。


――気づかれたらどうしよう。

――でも、このまま続けてほしい。


矛盾した思いが絡み合い、羞恥の奥から快感がじわじわと膨れ上がる。

恥ずかしさに震えながらも、ぞくぞくする。

逃げたいのに、もっと深く支配されたい。


けれど真理子さんは視線を窓の外に向けたまま、何も言わない。

ただ無言で、俺の反応を楽しんでいる。

まるで「出方を窺っている」ふりをしながら、すべてを見抜いているように。


爪先が、股間のぎりぎり手前で止まった。

息が詰まり、心臓が爆発しそうに高鳴る。

もう、自分の意思ではどうにもできない。

彼女の指ひとつで、俺は壊されてしまう。


支配されているのは、身体だけじゃない。心もだ。



タクシーが停まった。

彼女はすっと俺の太腿から手を離し、自分の太ももから俺の手も外す。

あっけないほど自然にドアを開け、夜の街へ降りていく。


振り向きざまに、窓越しにただ一言。


「……またね」


ドアが閉まり、車が動き出す。

掌には、彼女の熱がまだ残っている。

昂ぶりを抱えたまま、俺はシートに沈み込んだ。


もう、逃げられない。

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