はざまのまぎわさん

藤真ゆい

はざまのまぎわさん

 はざまの間際にひそんでる、それはひっそりとそこにいます。

そう、例えば弓道の的のはざまなんかに。


「あれ立花茜だろ、今日は調子がよさそうだな。あの落ち着きで一年ってあせるわー。」

 ひそひそとそんな声が聞こえる。先輩にはちょっと悪いがその通りだった。

茜は今日、すこぶる調子が良かった。一発目から見えていたからだ。


はざまにいる、なんかこう、小人が。


 茜はたまに、とても集中できてるとき、的の端の隙間から小人がのぞいてるように見えるときがある。そういう時はきまって的の中心に矢が入るのだ。

そして、その小人はグッと親指を立ててくれるのだ。

 この小人が見えるようになったのは、弓道部に入って半年がたって、そこそこ的に向けて矢を放てるくらいに部活に慣れたころだった。初めて見えたときは本当にびっくりした。

何の見間違いだろうと一回弓を構えた矢を戻した。

先生や先輩の叱る声をよそにもう一度構えた。

いた。

十回くらい瞬きをしてもいるのだ。小さな小人が。

しかもちょっと年齢不詳である。とりあえず矢を放った。

叱る声が驚きの声に変わって、我に返って的を見ると、真ん中に矢が刺さっていて、小人は脇からグッと親指を立ててから、的の隙間に消えていった。

 茜はもともと感情を大きく表現したりしない性格だった。だからきっと何かの幻だろうということにした。何度も瞬きはしても、叫んだり、騒いだりはしなかった。

「立花、やるじゃないか。一年で真ん中当てたのはなかなかいないぞ。」

「ありがとうございます。」

「でも、次は一回で綺麗に構えないとだめだよ。ちゃんと綺麗な射形だったけどさ。」

「すいません先輩。次は先輩を参考に頑張ります。」

と、先生や先輩に言われてしまった。茜は嬉しかったけれどちょっと不満だった。

あの小人は先輩には見えていないのだろうな、と思った。

先輩も見えていたら同じようにしただろう、むしろ矢を落とさなかったのをほめてほしかったものだ、と思った。


 それ以降、うまくいくときだけ現れるから、いわゆるゾーンに入っている感じの幻影で、実際にそんな奴がいるとは思っていなかった。

だから、今日もゾーンに入っているから真ん中に行くぞ、と確信を持ちつつ静かに矢を放った。

「よーし!」

うん、やっぱり調子がいい。小人も満足げにうなずくと隙間に消えた。

「今度の試合、立花は補欠として来なさい。道具を忘れるなよ。」

「え、はい、よろしくお願いいたします。」

「解散。さっさと帰れよ。」

試合には一年の分際で出ることはない、まして補欠だってほとんどない。

なのに、当然という感じで監督にさらっと言われたので、茜はそのままびっくりした余韻でさっさと帰れずにいた。仁王立ちでぼーっとしていると、急に誰かが肩にのしかかってきた。

「あかねーすごいじゃん、エース候補じゃん。三年の青山先輩と同じじゃん。」

同じクラスで仲良くしてる美里だった。

「青山先輩と?」

「そうだよ、知らないの?青山先輩も、一年の時から真ん中当てられたから、補欠にさっそく入って、二年でばっちりエースだったんだよ。まー、私が思うに、茜は青山先輩よりすごいと思ってるけどね。真ん中当てる頻度、どんどん上がってるもん。」

「そうなのかな、青山先輩みたくかっこよく期待にこたえられるように頑張らないと。」

「いいよいいよ、頑張らないで、私が追い付けないから。それにあんまり目立つと二年の先輩に嫌われちゃうよ。」

「もう嫌われてる気がする。でも、美里もいるし、たぶん大丈夫。」

「えー、まあ私も割と先輩に嫌われてますからね、うるさいって。なんなら私といるから嫌われてるのかもよ。ささ、帰らないとまた先輩に叱られちゃう。行こ!」

そう言って肩に手をのせたままずんずんと連れていく。

 花岡美里は小学校の頃、同じ塾だった。私立の中学校に一緒に合格して、同じ弓道部になった。茜とは塾ではほどんど話さなかったが、合格発表で会ったときに嬉しそうに「知ってる人いた!」といって美里が声をかけたのを機に仲良くなった。

 茜はあまり笑わない性格だが、この少しやかましい美里のおかげで、ほどほどに楽しく学生生活を送れていると思っていた。たまに小人が見えるなんて、もちろん誰にも言えないけど。美里に言ったら、不思議ちゃん扱いされていろんな人に言いふらすかもしれない。美里は悪気なく口が軽いのだ。

 その天性の人たらしゆえに、一つ事件を起こしている。ある2年の先輩の彼氏に惚れられて告白されて、バッサリ振った。その上に噂好きな数人にその話を打ち明けてしまい、あっという間に学校中に広まってしまった。先輩はキレて彼氏にビンタして別れた。先輩の彼氏はしばらく女子からの冷たい視線にさらされ、可哀そうな感じになったのだ。悪気があったほうがましである。

そして、美里は悪くないのに、(いや、噂を広めた人が悪いのか、噂好きに話したのが悪いのか)先輩からにらまれるようになってしまった。

でも、とても素直なので悪いと気づけば本気で謝るし、よく笑う。

いろいろ美里の周りでおこる出来事も退屈しないし、憎めない。

だいたい、美里が直接的に悪くないことがほとんどだ。その可愛らしさから先輩たちには若干嫌われているようだが。

 そうして美里に押されて更衣室に行くと隙間から「助けて」と、か細い声が聞こえた気がした。きょろきょろと周りを見るが美里のほかに誰もいない。

「どうしたの?まさか盗撮されてるとか?きゃーやだー」

と、茶化すようにキャーキャーする美里をよそに、いったい何だったのか考える。

「え、そこはスルーしないでよ。え、虫とかじゃないよね?」

「ごめん、虫でも盗撮でもないよ。ちょっと風の音にびっくりしただけ。」

「風の音なんてした?まあ虫じゃないならいいや。」

盗撮より虫のほうが怖いのか、と言いたい気持ちを抑えてさっさと着替える。美里は話が長引くと手が止まる。それに美里なら犯人をしっかり捕まえてしまいそうである。そういうところはしっかりしている。こういう時は無言でテキパキ動くに限る。

 いつもの帰り道の別れ際に、美里がちょっと心配そうに茜を見つめて言った。

「大丈夫?今日、真ん中に当てたのになんか表情ってか、空気が曇りっていうか、あんまり元気じゃなさそうだったから。補欠、プレッシャーなの?」

「それもあるけど、ちょっと部活とは別で気になることっていうか、考え事があっただけ。美里はよく気が付くね。心配しなくて大丈夫だよ。」

「ふーん。ま、恋愛相談とかなら絶対私に一番にしてね!じゃあまた月曜ねー。」

そう言ってさらっと手を振って帰って行ってしまった。

 人に言えない悩みってしんどいなあ、とため息をついて、下を向いて歩くと、アスファルトの隙間に生える植物が、うねうねっと動いた気がした。

げげ、虫でもいるのかな、と少し早歩きで家路に向かった。

後ろから、「どうか助けて。」という声が聞こえた気がした。

気のせいだと茜は思うことにした。


 しかし、どうやら気のせいではなかった。

それは、茜が家に帰って夕食やらお風呂やらを済まして、宿題を終えた時だった。

寝よう、と、宿題中つけていたイヤホンを外して、ベットに向かうと声がした。

「無視しないで助けてください!あなたは見える人でしょう!?」

と聞こえてきた。ぎょっとして振り返るが、やはり人はいない。イヤホン長時間するとよくないと聞いたな、そのせいかな?と茜は思うことにした。

「私のこと見えているでしょう。無視しないで助けて!どうか!」

しかしまた声が聞こえてきた。茜はちょっと怖くなってきた。

「見えてないです。聞こえましたが、見えないので、助けられません!」

と、茜は恐る恐る答えてみた。事実だ、嘘は言ってない。

誰かが茜を見ていたらきっとかなり落ち着いて独り言を言っているように見えるだろうが、内心は心臓バクバクの大混乱であった。

「いいえ、見えるはず、ここです、あなたの学校のカバンの、隙間です。」

「すきま…、うわあ、」

 茜はぎょっとした。ゴキブリを見たような声を上げた。

こんなに近くで見たのは初めてだったからだ、あの的で見る小人がいたのだ。

小人はおじさんだど思っていたが、おじさんに近いお兄さんとも言い難い年齢の見た目だった。やっぱり年齢不詳だ。

腕を組んでこっちを見る小人は、ほれ見ろと言わんばかりにうなずいた。

「ね、見えたでしょう。それに、はじめましてでもないのですから。そんな声上げないで。」

茜は少し固まった後、まくしたてるように、自分がおかしくなったか確認するように、なんども瞬きをした。

「え、いや、こんな近くで見たことないし、よく見たら本当に小人だし、なんか年齢不詳だし。ずっと幻覚だと思ってたし、もしかして幻想が夢になって出てきたとか、お・おばけ?」

と、一息で言った。そしてほほをつねってみたが、痛かった。夢じゃないようだ。

「お化けでも幻想でもありませんよ。失礼な。私ははざまのまぎわ、971番です。」

「きゅうなないち?番号が名前なの?」

「はざまのまぎわ、971番です。『まぎわさん』とか『はざまさん』とも呼びます、いっぱいいるので番号が一応振られているのです。971番は、私の番号です。」

「名前、ないの?」

「皆さんの言う苗字が『はざまのまぎわ』で、名前が『971』といったところです。

まあ、好きに読んでかまいませんけどね。確かに他にも仲間はたくさんいますし。もう、ともかく、助けていだたきたいのです。」

「そうそう、助けるってどういうこと?いったい私に何をしてほしいの?」

「長くなりますがどうか聞いてくださいませ。まずは、我々『はざまのまぎわ』についてですね。

そもそも『はざま』には、異界につながりやすい隙間がうまれやすいものでした。私らはそこにくらして、はざま同士を行き来したり、ほかの生き物が間違えて入ってこないように見はったりと、君のような鋭い人間や動物を避けてひっそりと生きてきた存在なのです。」

避けて…?結構存在感はあった気がしたが。あの的のはざまさんと同じ個体なのだとしたら、たまにいいね!って感じにサムズアップしてり、拍手とかしてきてたのに。

「どのくらいいるの?」

「この間50000番が誕生したと聞いたのでそのくらいでしょうか?」

「多い?いや、全体の隙間に対してだと少ない…?」

混乱している茜はその数が多いか少ないかよくわからなかった。そして眠気で頭も働いていなかった。ぶつぶつつぶやいた後、とりあえず続きを促した。

「まあ、間際は永遠ではないので。ほどほどにちょうどいい数います。さて、そのような挟間の先は、時に異界のバケモノの世界に繋がってしまうことも稀にあります。そうした不安定な挟間の間際に我々は配置されるのです。そして、これまた稀に、バケモノが出てこようとするのです。そうしたバケモノは、あらゆるところにいる『はざまのまぎわさん』を追い出してやろうと企んでいたり、時折我々をを襲おうとして来ました。」

「え、バケモノ退治のために存在してるってこと?」

「稀に、と言いましたように、襲いそうになるのすら稀なのに、襲われたことはなかったのです。番人というか、見張りと言いましょうか。そんな存在なのです。

そんななか、とある都会のビルに、なかまのまぎわさんが突然、バケモノにとらわれてしまったのです。これは前代未聞でした。そこには、ほかにもたくさんのまぎわさんがいる、古くて最高にはざまだらけのビルなんです。」

そういうと、仲間の話はよそに古いビルを思いだしたのかうっとりとした顔になった。そして、ぶつぶつと最近は家もビルもすきまがなくて…とぼやいた。

「ん?でも稀に襲われそうになった時は、今までどう対処してきたの?」

「いつもは私たちの特殊な武器で追い返したものです。だから、本来さらわれるなんておかしいのです。調べる必要があるのです。」

「さらわれたのは確実なの?襲われそうってことは食べちゃうとかないの?」

茜は、なんとなくゲームのようなファンタジーな想像をしてしまった。

小人がすでにファンタジーだから仕方ないが。

「なんと恐ろしい想像をなさるのですか。奴らバケモノの食べるものは我々ではないです。さらわれたと連絡も来たので、さらわれたのは事実のようです。どうも、いつもとは違うバケモノの飼っているイキモノが、次々にそのビルに居ついていたまぎわさんを連れ去っているようなのです。調べなくてはならないのです。」

「その情報とかってどうやって調べたの?あなたたちだけで調べられてるなら、私は助ける必要ない。でしょ?」

「私がその任務を任されたのは、以前、バケモノを追い払った経験があるからです。でも、わたしは別に自力で追い払ったわけじゃないのです。助けがいるのです。」

「今まで襲われそうになったらこうして人間にたすけてもらってたと?」

「ええ。前回は20年前でした。その時は、そこにいた私が見える女の子が協力してくれたのです。私たちより大きなバケモノが出てきそうで。彼女は魔を払う草で、つっついてくれました。それで、はざまから飛び出しそうになったバケモノが慌てて戻っていったのです。」

「ええ、全然何もしてないんじゃ…。」

「魔を払う草は一緒に探しましたとも。こんな大事件、私一人では無理。あなたは当時の女の子みたいに、どうしてか、私が見えるんだから、何とかするのを手伝ってくださいよう。情報だけではバケモノに対抗できないのですよ。」

「私は中学生だよ。そのビル遠ければ行けないし、魔を払う草なんて探す時間ないです。」

「冷たいことおっしゃらないで。ビルは近いところですし、魔を払う草もすぐに見つかりますから。公園の雑草みたいな草ですから。」

「その草が、今回のバケモノやイキモノ?にも有効か分からないのに?」

「そ、それも調べましょう。あなたの街にそのバケモノが出たら大変ですし。どうか…」

「んー、どう大変になるのか教えて。」

「生態系が崩れます、場合によってはあなたの弓道ができないほどに環境も荒れるかもしれません。」

ざっくり環境が荒れるといわれても、茜にはどういうことか全然ぴんと来なかった。首をかしげてどういうことだろうと考えていると、クナイさんが同じように首をかしげてわかる例を考えてくれているようだった。

「そうですね、例えば十年雨が続くとか、カエルが滅びて虫が大量に発生するとか。セミが急に一斉に孵化するとか。」

虫にキャーと言わないタイプの茜だが、大量と言われて想像すると、気味が悪くて背筋がぞくっとした。

「いったい、バケモノってなんなの?」

「見た目はこの世界の生き物に似てますが、前に襲われそうになった際は、アリのような見た目で、団体で木の根にかじりついて一晩で森を砂漠にしたとも聞きました。」

「え、そんなことになればニュースとかになりそうだけど。」

「かれこれ人でいう100年近く前です。異国のことですから、向こうではニュースにもなったでしょうなあ。その際は青年と協力して倒してくれたと聞きました。」

「はあ、そうですか……。え、私にそんなの倒せって言ってるの?

こんなただの中学生に?出来ない、助けになれないですって。他の人にしてよ。」

「めったに見える人いないんです。すでに只者ではない中学生ということです。

どうかお願いしますよ。先ほど手帳を拝見しましたよ。明日のスケジュールは空欄でしたよ?まずはビルのはざまの様子だけでも一緒に見ていただけませんか。小人のサイズでは対処できないのです。どうか、どうか!」

「え、手帳勝手にみたの?困る。本当に困るよ。」

正座して拝み倒すものだから茜は困ってしまった。わかったというまで動かないといった様子だ。小さいとはいえ、ベッドで寝ててもずっとこうして頼みますと声を上げて騒がれたらたまったものじゃない。

手近な箱にでも詰めてやろうかとも思ったが、ちょうど箱もなかった。

混乱もあったが、茜は、とてつもなく眠かった。一旦寝かせてほしかった。

なので、とりあえず観念するしかないか、とあくびしながら答えた。

「ふぁい、わかった。わかりましたよ。ね、わかったから続きは明日にしよう。眠いの、おやすみ。」

「なんと、引き受けてくださる!ありがとうございます。ありがとうございます。ええ、明日は忙しくなりそうですからね。お休みなさいませ。」

 お休みと言ってもらえたなら寝れそうだ。さっと布団に潜り込むと、茜はすぐに眠ってしまった。いろいろな話を聞きすぎて混乱して疲れたのもあるが、明日の朝に何もなくて、夢でしたってこともあるんじゃないか、と思いたかったのもある。

現実的じゃないことが起こりすぎて、現実じゃないと信じたかった。

 小人は引き受けてくれればもう十分といった様子で、よく眠れるようにさっと部屋の明かりを暗くした。

その後しばらく「よかったあ」などと小声で喜んで小躍りしていたようだが、ほどなくしてベットのはざまに潜り込んだようだった。


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