第4話 決定打

## BBQ当日

翌週の土曜日。

今日はサークルの練習はお休みで、代わりに親睦会と称したBBQが開かれていた。

市営テニス場に隣接する施設に集まったメンバー達は、鉄板の上の肉や焼きそばから立ち上る湯気と匂いに包まれながら、ジョッキのぶつかり合う音を何度も響かせていた。

アルコールが回り、笑い声は大きく、雰囲気はすっかり緩んでいた。


最初はテニスや大学生活の話で盛り上がっていた。

「乾杯! いつもみんなお疲れ!」

「最近、上達してるやつ多いよな」

笑い声と煙の向こうで、いくつものグラスが空になっていく。


そんな中、誰かがふと口にした。

「そういえば、咲良ちゃん来てないね」

その一言で、ほんの少し場の熱が変わる。

「確かに。親睦会には全然来ないよね」

佐々木さんが言った。

確かに4月の新歓から2度ほどサークルの飲み会はあったが、彼女はどれにも参加していない。

「こういうの苦手なのかな」

佐々木さんの言葉に、

「いや、練習中はあんなに明るいじゃん。苦手って感じじゃないだろ」

と、山田くんがちゃかして返す。

咲良ちゃんについてあれやこれや話している集団に、美樹先輩は近づくと、手に持っていたオレンジジュースを一口を飲み、氷のような声を落とした。

「咲良ちゃんの話はもうやめましょう。私、もう限界なの」

BBQ会場の空気がぴんと張りつめる。

「練習には来るのに、私たちとの時間は作らない。サークルって、技術だけの場じゃないでしょ」

冷ややかな声に、周囲の視線が吸い寄せられた。


「美樹……」

拓海先輩が名前を呼んだ。けれど彼女は振り返らない。

「でも、確かにそうだな」

いつになく声が荒い。

「俺が一生懸命やっているのに、理由も言わずに土曜は来ない。他のサークルには顔を出してるって聞けば……何なんだって思うよ」

テーブルを軽く叩くその仕草に、周りが無意識に頷く。

「親睦も大事だしね」

「仲間意識が……」


健太先輩が口を開こうとした。

「でも、咲良は——」

「うちは練習場じゃないの」

美樹先輩が強く遮る。その目は据わっていて、低く鋭い響きを帯びている。

その勢いのまま言葉が続く。

「好きな時に来て、好きな時に休んで、都合のいい時だけ戻ってくる。このサークルを何だと思ってるのかしら」


健太先輩は言葉を飲み込み、誰も続けられなかった。

——笑い声で温められていたはずの空気が、別の熱を帯び始めていた。


「このままだと他のメンバーにも影響が出るし……」

普段は穏やかな拓海先輩が、声をひときわ大きくした。

テーブルに置かれた空っぽのビールジョッキが、かすかに揺れる。

「みんな、どう思う?」

言葉が熱を帯びすぎていて、少し暴走しているようにも聞こえた。


「私たちも我慢してきたけど、もう...。サークルの和を考えると、やめてもらった方がいいのかも」

美樹先輩の冷ややかな表情と言葉に、場がいっそう静まり返った。


いくらなんでも、それはやりすぎなんじゃないかな。

私の他にも何人かはそういう顔をしている。


けれど、心の中でそう思っても、リーダーである拓海先輩やその彼女である美樹先輩が言う事に、誰も異を唱えることができない。

反対すれば、自分も悪者にされてしまうだろう。


「そうだな……仕方ないか」

拓海先輩が深く溜息をつき、短く言った。

「俺が連絡する」


胸の奥に強い違和感が広がっていく。

けれど、どうすることもできない。


ふと視線を向けると、美樹先輩は恍惚と表現していいほどの、満ち足りた笑みを浮かべていた。

その顔を見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。

彼女は最初から、この結末を望んでいたのだ。




## 強制退会


その夜、咲良ちゃんはサークルのグループLINEから強制的に退会させられた。

続けて、拓海先輩の投稿が流れる。


『皆様お疲れ様です。咲良さんは昨日限りでサークルを抜けられるそうです。残念ですが、今後ともよろしくお願いします』


スマホの画面に並ぶその文字は、必要最低限で、淡々としていた。

けれど、その無機質さがかえって重くのしかかる。


咲良ちゃんには、どんなふうに脱退が告げられたのだろう。

そして、美樹先輩は、今どんな顔でこれを眺めているのだろう。


胸の奥に広がるのは、言いようのない後味の悪さだった。

こんな事が起こっていいのだろうか。

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