探偵たちに歴史はない

探偵とホットケーキ

第1話

二〇二八年十一月一日、秋の柔らかな光が「探偵社アネモネ」の窓から差し込んでいた。窓際に立つと、街路樹が黄金色に輝き、風にそよぐ葉がカサカサと心地よい音を立てている。銀杏並木の先には、古びたレンガ造りの建物が並び、時間の流れに逆らうかのように静かに佇んでいる。

外の空気はひんやりとしていそうだ。ほんのりと湿った土の香りが漂っている。秋の深まりを感じさせるその香りは、心を落ち着かせると同時に、何かしらの冒険を予感させるものだった。空の青が澄みわたり、透明感が増す様子がどこか懐かしさを呼び起こす。

探偵社の中には、三人の若き探偵が集まっていた。外の景色を眺めながら、彼らは次なる事件の気配を感じ取っていた。この街には、まだ解明されるべき謎が無数に存在する。黄昏時の空が橙色に染まり、夜の帳がゆっくりと降り始める様子が、一層その雰囲気を引き立て――

「……そうだったら良いけどなー」

探偵のうちの一人、光岡(みつおか)陽希(はるき)が頭の後ろで両手を組み、口を開いた。彼の後ろからやってきた橘(たちばな)理人(りひと)が、彼に紅茶を出しながら、「こら」と諫める。

「探偵社アネモネ」では、久しく依頼人が来ていなかった。この事態に、当然、所長である海老原(えびはら)水樹(みずき)も危機感を覚えてはいる。しかし、宣伝をしても、結局その分で赤字であろうことは、容易に想像できた。

そもそも、「探偵社アネモネ」には、従業員が三人しかいない。ロシアンブルーのように滑らかな髪をした、海老原水樹。オーボエのような声をした、橘理人。いくつものピアスをつけ、アプリコットジャムの色の髪をした、シャムネコのような顔の光岡陽希。この三人だけで、もう十年ほど事務所を回している。三人とも同じ二十九歳で、十年以上探偵業しかしたことがなく、広告をデザインできるような人物がいないのだ。

「陽希! ずっとソファでごろごろしているなら、何か事務所の宣伝文句でも考えてください。どうせ、そうやってネットサーフィンしているだけでしょう? この間だって、フェイクニュースにまんまと引っかかっていたじゃないですか」

「ふふーん。もう引っかからないもんね。理人ちゃんから、フェイクニュースの見分け方を教わったし! AIで作られた人物には、目の奥に『AI』って消せないマークが入ってるんだって」

 どや顔で、スマホの画面を思いきり此方に向けられる。ここまで言い切られると気になったが、そそっかしい陽希の、たった一個の優位な点を誇るような顔を見ると、質問するのも癪だ。

「僕だって、そんなこと知ってます」

「まあまあ、水樹。探偵が暇なんて良いことでしょう?」

理人は穏やかに笑っているが、陽希は欠伸し、水樹は頭を抱えた。

その時である。

青いソファでぐったりしていた陽希が、急に頭を上げて叫んだ。

「お客さんだぁ!」

陽希は耳が良い。ほどなくして、階段を上がって来る軽やかな足音が水樹にも聞こえてきて、事務所のドアが、ぱぁんと開いた。差し込む光が眩しい。

現れたのは、短めの茶髪でスマートフォンを握り締めた女性だった。つい、探偵の性か、水樹は彼女の全身を見てしまう。ベージュのトレンチコートにピンクのニット、ブラックのスキニーパンツ。足元は黒のローファー。

「桜庭(さくらば)汐海(しおり)と申します! 『探偵社アネモネ』は、此方ですか? 私の同級生の麻理香ちゃんを探してください! 消えちゃったんです! 忽然と!」

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