第7話 自分を認める夜

 週明けの会議室。

 プレゼンの発表を終えると、上司が満足そうに頷いた。


 「よかったぞ岸。場の空気の回し方も上手くなったな」

 同僚たちも頷き、軽く笑いが起きる。


 ――ゲイバー仕込みのトークが役立ったんだ。

 そう思うと、少し胸が誇らしかった。


 けれど次の瞬間、別の同僚が放った言葉が胸に突き刺さった。


 「でもさぁ、岸って彼女の話全然しないよな。まさか男が好きとかじゃ……」


 笑い混じりの冗談。

 場は軽く笑った。

 だが、岸の心臓は凍りついた。


 ――ここでは、やっぱり俺は“冗談の的”にしかなれないんだ。



ゲイバーの夜


 その夜。

 会社帰りに迷わず足が向かったのは、やはりあの小さな店だった。


 「おかえり、岸ちゃん」

 エンママが笑顔で迎える。

 「顔色悪いわね。今日は特別に濃いめでどう?」


 差し出されたグラスを両手で包み込むと、不思議と力が戻ってくる気がした。


 「会社で……また冗談にされました」

 声は小さく震えていた。


 「そう」

 エンママは一瞬だけ黙り、岸の目をまっすぐに見た。

 「でもね岸。社会は変わらないかもしれない。だけど、自分まで自分を嫌っちゃダメよ」


 その言葉は、氷のように固まった胸を少しずつ溶かしていった。



タンタンの支え


 隣で静かに聞いていたタンタンが、ぽつりと呟いた。

 「俺だって笑われたことある。でもさ、笑われても俺はここに来れば、ちゃんと俺でいられるんだよ」


 そう言って、さりげなく岸の肩に手を置いた。

 その重みが、言葉以上に大きな意味を持っていた。


 ――俺は、ここでは“冗談”じゃない。

 ここでは、俺は俺でいいんだ。


 その実感が、胸いっぱいに広がっていった。

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