僕はゲイバーに支えられている

堤さん

第1話 みんなの中の普通

 「岸くん、そろそろ結婚とか考えないの?」


 昼休みの会議室。温かいお茶をすすりながら、上司が何気なく放った一言。

 周りの同僚たちが笑い混じりにこちらを見てくる。


 「いやぁ、まだまだ仕事が恋人で」


 俺は笑顔を貼りつけて、無難な言葉を返した。

 場は軽い笑いに包まれ、誰も気に留めない。

 ……そう、誰も。


 けれど胸の奥では、心臓が早鐘を打っていた。



笑いの裏で


 会社の飲み会。

 ジョッキを掲げて先輩が豪快に言う。


 「やっぱり女は若い子が一番だな!」

 「おい岸、お前もそう思うだろ?」


 「……はは、まあ、そうっすね」


 笑顔の裏で、喉を流れるビールは苦くて仕方がない。

 口の端を上げれば上げるほど、自分がどんどん小さくなっていく気がした。


 「岸、彼女いないの? お前ならすぐできるだろ」

 「いやぁ、タイミングがなくて」


 また笑い声が弾む。

 けれどその輪の中に、自分の居場所はなかった。



帰り道の孤独


 終電間際のプラットホーム。

 会社の人たちの笑い声が、まだ耳にこびりついている。

 誰も悪気はない。

 ただ“普通”の会話をしていただけ。


 でも俺にとって、その“普通”が一番苦しい。


 ――俺は、いつまでノンケのフリを続けなきゃいけないんだろう。


 吐き出すようにため息をつき、スマホを開く。

 画面に表示されたのは、行きつけの小さなゲイバーの名前。


 その文字を見ただけで、肩の力が少し抜ける気がした。

 「……やっぱり、行こう」


 会社では演じるしかなかった“普通”。

 でもあの店に行けば、俺は俺のままでいられる。

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