婚約破棄されましたが、むしろ幸せですの! ―偽りの婚約から始まる、真実の愛―

みずとき かたくり子 

第1話: 婚約破棄という運命


夕暮れ時の王宮。華やかな絨毯が敷かれた広間に響くのは、ただ一つ、冷たく響く声だった。


「セリカ・ラピッド、私は君との婚約を破棄する。」


第二王子アルヴィン・グランテッドが口にした言葉は、まるで刃のように鋭く響き渡った。広間に集う貴族たちはその言葉に息を飲み、一斉にセリカに注目した。婚約破棄――それは貴族社会では屈辱そのものだ。しかし、セリカは動じなかった。


「……分かりました。」


アルヴィンに向けた彼女の声は冷静そのもので、微塵の感情も見えなかった。華やかな金糸をあしらったドレスに身を包んだ彼女は、まるでその場の喧騒が聞こえないかのように、ゆっくりと頭を下げた。


「お言葉、承りましたわ。婚約を解消するのですね。」


その態度に、アルヴィンは微かに眉をひそめた。


「君は何も言わないのか? 私の決断に異議を唱えることもないのか?」


「いいえ。」セリカは淡々と答えた。「殿下がそうお望みなら、私が反論する理由などございません。」


広間の空気は一瞬で凍りついた。貴族たちはざわざわとささやき始めたが、セリカの冷静さにかえって困惑している様子だった。



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マリーヌの登場


そんな中、アルヴィンの後ろから一人の女性が歩み寄ってきた。平民出身と噂される彼女――マリーヌ・フィッシャーが、その華やかな笑顔でアルヴィンの腕を掴んだ。


「殿下、もうよろしいでしょう。セリカ様も了承してくださったことですし。」


マリーヌの明るい声に、アルヴィンは頷き、彼女を守るようにその肩に手を置いた。


「そうだな。これで自由になった。セリカ、私はマリーヌと新たな未来を築くつもりだ。」


彼の言葉に、セリカは静かに視線を向けた。彼女の瞳には一切の動揺もなく、ただ冷たい光が宿っていた。


「そうですか。それなら、どうぞお幸せに。」


その冷淡な反応に、アルヴィンは苛立ちを覚えた。彼が望んでいたのは、涙ながらの哀願や怒りの反応だった。だがセリカはそのどれも見せなかった。



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貴族たちの視線


広間の貴族たちは、セリカの毅然とした態度に驚きを隠せなかった。婚約破棄は貴族社会では致命的なスキャンダルだ。それに直面した彼女が動じることなく立っている姿は、多くの者に衝撃を与えた。


「ラピッド公爵令嬢は、さすがだわ。」

「だが、婚約破棄されたのでは、いくら気丈に振る舞っても……。」


囁かれる声が耳に届いても、セリカは動じなかった。彼女はただ、心の中で冷たく笑みを浮かべていた。


(これがアルヴィン様の選んだ未来ですのね。ならば私は、私の道を行くだけですわ。)



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父との対話


その日の夜、セリカはラピッド家の屋敷に戻っていた。彼女を迎えたのは、父であるオスカー・ラピッド公爵だった。


「セリカ、お前が受けた仕打ちは聞いたぞ。」

公爵の低い声には怒りが含まれていたが、セリカは静かに首を振った。


「父様、どうぞお気を静めください。婚約破棄は屈辱的なものかもしれませんが、私にとっては新たな道を歩むきっかけとなります。」


「だが、王族に婚約を破棄されたとなれば、お前の将来に影響が……。」


「それは問題ではありません。」セリカは断言した。「私に力があれば、過去に囚われずとも未来を切り開くことができますわ。」


その毅然とした態度に、オスカーは言葉を失った。彼は娘の冷静さと決意を初めて真に理解したようだった。



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新たな決意


セリカは自室に戻り、鏡の前でじっと自分の顔を見つめた。その瞳には、確固たる決意が宿っていた。


(婚約破棄ごときで私の人生が終わるわけではありませんわ。むしろ、これを機に私は自分の力を試す機会を得たのです。)


彼女は机に向かい、ペンを取った。そこには、彼女が新たに描くべき未来の計画が並べられていた。彼女はただ一つの真実を胸に秘めていた――自分の力で生きるという決意だ。


(アルヴィン様とマリーヌ様がどのような未来を築くかは、もはや私の関与するところではありません。それよりも、私は私自身の価値を証明するのみですわ。)


セリカの心には、冷静な情熱が燃え始めていた。婚約破棄という出来事は、彼女にとって一つの挫折ではなく、新たなスタートとなったのだった。


そしてその時、彼女は気づいていなかった。この決意が、やがて王宮内での勢力図を大きく変える第一歩となることを。


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