第4話

【半日後 古代都市ヴェリダン 騎士団駐屯地】

 今朝のドラゴンとの戦闘はすぐに帝国中が知ることとなり、学園もアステリアの身の安全を考慮し、実地訓練の日程を切り上げて急慮へ帰還することとなった。

「迎えのヘリだ」

 右手を吊ったマリウスが空を見上げる。マリウスは墜落直前に脱出することには成功したものの、落下時の衝撃で右腕を骨折していた。

「フウリ、悪かったな。勝手に付いてきといて、何にもできなかった」

 マリウスは落ち込んでいるようだった。

「……気にすることは無い。戦場じゃ誰だってそうだ。いくら訓練を積んでいても、堕ちる時は堕ちる。ベテランも新兵も関係ない」

「そういうものか……」

「君は生きている。運が良かったってことだよ。戦場にいる兵士にとってそれ以上に重要なことはない。僕は思っている」

「……そうだな」

 駐屯地に学園所有のヘリが到着する。内殻世界の空に広く分布する浮遊エーテル結晶の影響で、航空機の使用には慎重になる場面が多いが、事情が事情なだけに学園側も焦っているようであった。

「ちょっと、このヘリって四人しか乗れないじゃない」

 アステリアがヘリから降りてきた、学園の職員に文句をつける。

「はい、ですからアステリア殿下と怪我をされたお二人を――」

 アステリアがあからさまに怒りを表情に出したので、学園職員は委縮して締まる。

「なんか、揉めてるな」

 少し離れた場所にいるフウリとマリウスが他人事のように話していると、暫くしてアステリアが不機嫌な表情を隠そうともせずにフウリ達の元にやってきた。

「まったくどうしてああなのかしら」

「ん?まあ、落ち着けって。とにかく君とレト君はヘリで帰ればいい。俺は――」

「貴方は怪我人でしょ、ヘリに乗りなさい」

「いや、俺は――」

「いいから」

 アステリアは有無を言わさず、マリウスをヘリまで押していった。

 その後もあーでもないこーでもないと押し問答をしていたようだが、結局マリウスとレトの二人だけがヘリで学園へ戻ることとなった。

「よかったの?」

 ミオがアステリアに訊ねる。

「いいのよ。貴方達だけ置いていくなんて、気分悪いじゃない」

「気にすることはなかったのに。列車で帰るのは時間がかかるよ」

 フウリはそう言ったがアステリアは納得した様子はない。

「貴方だって仕事ができなくなるでしょ?」

「ん?あぁ、確かに学園に帰るまでが仕事か……」

「でしょ。いいじゃない、三人一緒に列車でゆっくり帰りましょうよ」

 そうしてフウリとアステリア、ミオはヘリを見送ると駅へと向かった。

「混んでるわね」

 駅に着くと街を離れる人々でごった返していた。

「街の近くにドラゴンが出たんだもんね、仕方ないよ」

「そうね、臨時便も出しているようだけど……」

 街の近くにドラゴンが出現したという情報は、朝の内にはヴェリダンの街に瞬く間に広がった。もとよりドラゴンの侵攻に晒されている南部に街ならいざ知らず、比較的平和であった西部でのドラゴン出現は人々に大きな衝撃を与えた。ヴェリダン駐屯騎士団はドラゴン出現で騎士団長をはじめ、多くの犠牲を出しつつも、今は街の混乱を治めるため多くの人員が駆り出されている。

「私に何かできないかなって思ったけれど、正直どうしてドラゴンが出現したかわからない以上、街から離れるのが安全ではあるのよね……」

「これでも朝に比べたら落ち着いたって話だし、今は大人しく学園に戻った方がいいよ」

「そうね」

 そうしてフウリ達は人混みを避けつつ、乗車する列車のところへ何とかたどり着いた。

「あら、貴方の機体まだ送ってなかったの?」

 フウリ達が乗る列車の最後尾の貨車にフウリの機体が係留されている。アステリアとミオの機体は、先に出発した貨物列車でひと足先に学園へと送っていた。

「僕の機体はまた送り返さないといけなくなったからね。帝都アトランティアまで列車で運んで、そこから船でホールアイランドの工場まで……また暫くは乗れなくなるな」

 外殻と内殻を繋ぐワームホール、その内殻世界側の穴は、アトランティス帝国のある中央大陸の東、東方大海上の島の上空にあった。その穴の直下の島は《ホールアイランド》と呼ばれ、多くの外殻系企業が集まっており、3S社の大規模整備工場もそこにあった。

 ただ、外郭勢力を警戒する内殻世界各国との取り決めにより、その出入は厳しく管理されており、ここアトランティス帝国でも帝都港以外の航路は認められていなかった。

「オーバーホール?ホールアイランドまでか。まあ、クジョウくん結構無茶したみたいだし仕方ないね」

 フウリの機体は激しい戦闘の結果、内部機構に大きな損傷が発生していた。特にリミッター解除したためエーテルエネルギー供給ラインがズタボロになっており、先日全面的な修理が終わったばかりだと言うのに、またすぐに工場へ送り返さなければならなくなったのだ。

「少し無理をさせ過ぎた」

「そう……二人とも今更だけど私に付き合わせてしまったのよね、ごめんなさい」

 アステリアは自身の選択により、フウリやミオを危険な戦場に連れ出してしまったと言う事を、改めて感じさせられた。

「いいよ、謝らなくて。ボクはこうして元気だし。それにアスティは正しい判断をしたと思うよ。アスティがああやって前に出てくれた事で、助かった人はいっぱいいるから」

「……あのの状況では、戦った方が多くの命が助かったと思うよ」

 ミオはもちろんのこと、フウリが慰めの言葉を言ってくれたことにアステリアは素直に元気付けられた。

「ありがとうミオ、フウリ。そう言ってもらえると嬉しいわ」

 アステリアはそう言うと、改めてフウリの機体を見つめる。この機体と間近で見たフウリの凄まじい戦闘機動。アステリアの中では完全に点と点が線で繋がっていた。四年前、教会都市でアステリアを救ってくれた恩人であり憧れの人。今やアステリアの中でそれはフウリと完全に重なり合っている。

「機体の事なら気にしなくていい。元からかなり使い古している、いい加減もう寿命なんだよ」

 アステリアが機体の損傷の事を気にしていると思ったのか、フウリがフォローを入れる。

「フウリはずっと、この機体を?」

 アステリアは気になっていた事を尋ねた。さりげなさを心掛けたつもりだが、少しぎこちない言葉になってしまう。

「まあ、基本的には」

 アステリアの胸の鼓動が早くなり、らしくなく緊張する。アステリアはどうして自分がこんな事で緊張するのかわからなかったが、だがずっと待ち望んできた、憧れであった人の正体に迫ろうとしているのである、多少の緊張は寧ろ当たり前の事であった。

「そう……あのね、もしかしたらなんだけど―」

「アステリア殿下!」

 アステリアが四年前の事をフウリに尋ねようとした時、タイミング悪くヴェリダン騎士団騎士が訪ねてきたのだ。

「副団長、大変な時に申し訳ありません。ちゃんとしたご挨拶もできずに」

「いえいえ、まさかこんなことになるとは思ってもおらず、ニノス騎士団長を失った事は大きいですが、周辺の騎士団からも応援部隊が到着しつつあります。この街の事はどうかご心配なさらずご帰還下さい」

「ええ、ありがとう。大変でしょうけど、混乱への対応とドラゴン出現の原因究明をお願いしますね」

「はっ、仰せのままに」

 ちょうどその時、乗車開始のアナウンスが流れる。

「では、私達はこれで。一日も早い事態の終息祈っているわ」

「はっ!」

 そのまま副団長は列車が発車するまで何度も頭を下げていた。

「はぁ……」

 アステリアは用意されていたVIPルームに入ると、どっと疲れが押し寄せパタンとベッドに倒れ込んだ。明け方の戦いから数時間以上経過しているが、アステリアは未だあの戦場での興奮が収まり切らずにいた。

「大丈夫?」

 ミオが心配そうにアステリアを見つめる。

「大丈夫よ。まったく皇女をやるって言うのも肩が凝るわね」

 アステリアは自嘲する。

「まあ、今はゆっくり休みましょう?ほら、遠慮せずおいでなさいな」

 アステリアはミオをベッドへと誘う。ミオは一瞬躊躇ったが、アステリアとふかふかなベッドの誘惑には逆らえず、おずおずとアステリアの隣で横になる。VIPルームというだけあって、二人が横になってもベッドは十分な広さがあったが、二人は身を寄せ合っていた。そのまま微睡へと落ちていくのもいいが、ミオは実は気になっていた事があったため、横になったままアステリアに尋ねた。

「ねぇ、アステリア」

「何かしら?」

 アステリアはそう言いつつミオの頬に触れ、その柔らかさを堪能する。

「その……いや、やっぱりいいや」

「ええ、なによ、言って」

 アステリアは今度は指でそっとミオの唇をなぞる。

「うーん、今聞く事じゃないかなって」

「いいのよ。何でも言いなさい。今はそういう時間よ」

「じゃ、聞くんだけど……アステリアってさ、フウリの事、どう思っているのかなって」

 アステリアは一瞬驚きが、すぐにがイタズラっぽく笑う。それを至近距離から見せられたミオは、ますますアステリアに魅せられいく。

「あら、そんな事が気になっていたの?」

 先ほどまで、ミオの顔を撫でていた手は、今度はミオの首筋をなぞり、そのまま胸、お腹、腰の方まで降りてくると、グッと力を入れてミオを抱き寄せる。抱き寄せたミオに足を絡め、額を付き合わせる。甘い甘美な香りがミオの鼻腔を刺激する。ミオは今にも蕩けてしまいそうであったが、アステリアが囁くようにミオの質問に答えてくれたので黙ってその言葉に耳を傾けた。

「フウリは特別よ。だって彼は私の憧れだもの」

「憧れ……?」

 ミオは予想外の返答に戸惑う。

「ええ。でもね、ミオだって私の特別なのよ」

「ボクが?」

「ええ、だってミオが側にいてくれるだけで、私こんなに高鳴ってしまうもの」

 アステリアはそう言うと、ミオに心音を聞かせるようにミオを胸で抱いた。

「学園まではまだまだかかるわ。だから、ゆっくり愛し合いましょう?」

 アステリアは見上げてきたミオの唇に軽いキスを落とす。

「アイ、リス、アステリア、アステリア」

 ミオの中で何かが決壊し、ミオから貪るようなキスを返す。二人の絡み合いは睡魔に負けるその時まで続いた。

【数時間後 学園都市パレストラ 中央駅付近】

 コン、コン、コン

 空がすっかり暗くなった頃、ドアをノックする音でアステリアは目覚めた。

「アステリア、起きて」

「……フウリ?ちょっと待って」

 アステリアは寝ぼけ眼を擦り、脱ぎ散らかした服を着つつドアを開ける。

「どうしたのって――」

 アステリアはフウリが拳銃を手にしていることに驚く。しかもそれだけではなく、すぐ近くに数人の3S社警備員がサブマシンガンで武装して立っていた。

「もうすぐ学園なんだけど、どことも連絡がつかない。ラジオもテレビも遮断されている」

「どういうこと?」

「わからない。とにかく一旦学園は通過して、安全な場所に――」

 フウリが言いかけた時だった、ギギィィィと甲高い金属音を立て列車が急停車する。

「なんだッ!」

 近くにいたグエンが打ち付けた頭を摩りながら叫ぶ。窓の外を見ると、そこはパレストラ中央駅だった。

「おい、車掌には通過しろと言っんだよな⁉︎」

「確認します」

 警備員の一人が先頭車にいる仲間に無線で連絡する。

「ブラボー3から、ブラボー7、電車が停まったぞ、どうなってる?」

『こちらブラボー7、線路が塞がれていて進めない……んっ?あれは……ウチの部隊か?』

 アステリアが窓の外を見ると、十数人の武装した3S警備員が何人かの騎士を連れて駅のホームに入ってきているところだった。

「あの騎士の紋章、北方騎士団司令部のものだわ。どうしてこんなところに」

 アステリアがそう呟く。

 アトランティス帝国は大きく分けて東西南北四つの騎士団司令部があり、それぞれがその地域に駐屯する騎士団を統括していた。パレストラ重騎士学が所在する地域の管轄は西部騎士団司令部であり北部の騎士がパレストラいる事はどうにも不自然であったのだ。

 3Sの警備員と騎士達は列車の前までやって来たので、グエンが先頭に立って対応する。

「何だ?どうなってる?」

「皇女護衛の部隊だな」

 背の高い警備兵が近寄ってくる。

「ああ、班長のグエンだ……こっちの応援か?見ない顔だな」

「ああ、俺はホールアイランド支部から派遣で来ているリー・ハオランだ。皇女護衛の任務は強度が格上げになった、後は俺たちが引き継ぐ」

「そうか、だがその前に状況を教えてくれ、こっちはなにもわかってないんだ」

「クーデターが起きたらしい」

「クーデター⁉︎」

 後ろで聞いていたアステリアが驚愕する。

「ええ、まだ詳細はわかりませんが、各地で戦闘が起きており、こちらとしても状況が把握しきれていません。とにかく今はアステリア殿下を安全な場所へお連れしなければ」

 ハオランは列車の中に入り、アステリアの手を取ろうとしたが、それをフウリが制する。

「ちょっと、待ってください」

「なんだ?」

「作戦コードを照会したい」

「はぁ?そんなこと、いつもやってないだろ」

 ハオランは、あからさまに不機嫌になる。

「悪いけど、本社AIからの優先事項で定められているんだ。そっちも同じでしょ」

「チッ……はぁ、そうだったな。ちょっと確認するから待ってくれ……」

 ハオランは後ろの仲間とアイコンタクトだけでやり取りする。グエンは嫌な予感を感じると、静かに息を吐き銃を握る手に力を込める。アステリアは不安そうな表情でフウリを見たが、フウリは表情一つ変えずにハオランを見据えていた。

「……」

 辺りに妙な緊張感が流れる。

「……なあ、お互いここは引かないか?」

 グエンがダメもとでハオランに尋ねた。

「……悪いな、こっちも仕事でね」

 ハオランはやれやれといったふうに肩を竦める。

「きゃっ⁉︎」

 一瞬の静けさの後、先に動いたのはフウリだった。フウリはアステリアの手を引いてVIPルームに入れ扉を閉める。

「追えっ!」

 ハオランが叫ぶ。

「おいおい、動くなよ!」

 グエルがサブマシンガンを構える。

「そっちこそ動くな。邪魔をすれば撃つ」

「やれるもんならやってみろやッ!」

「……後悔するなよ、構わん撃て!」

 警備員同士での銃撃戦が始まった。

「どうして――」

 アステリアは突然の事態に混乱していた。

「まだ包囲はされてない、反対側に出よう」

「えっ、でも、出ようって」

 フウリが窓の方に向かおうとすると、やっと目が覚めたミオと目が合った。

「フウリって、ど、どうして」

 ミオは裸のままだったので、慌てて布団で体を隠す。

「時間がない」

フウリは着ていたサマーコートをミオに投げ渡す。

「靴だけ履いて、窓から出るよ」

 困惑するミオを無視して、フウリは窓を無理矢理こじ開け、先に飛び降りた。

「早く」

 フウリに急かされてアステリアは窓から飛び降りると、フウリがそれを受け止めた。

「大丈夫?」

「ええ、問題ないわ」

フウリはアステリアを背中に庇いつつ列車から離れる。

「ちょっと、ボクは」

 ミオはそう言いつつも、窓から難なく飛び降りフウリに続く。ミオは裸にサマーコートだけは流石に恥ずかしかったので、下着だけは慌てて履いていた。

「何がどうなってるの?」

「わからない、とにかく身を隠せるところに――」

 その時、突如として遠くの方が光り、続いて爆音と衝撃波が伝わる。

「……戦闘だ」

「どうして⁉︎ここにもドラゴンが出たの⁉︎」

「それにあの方向、学園の方よね……」

 三人が状況を掴めずにいると、駅の真上を黒いアイギスが飛び去って行く。

「アイギス?でもあれは訓練機じゃない」

「新型……どうして――ッ、来たか」

「いたぞ!」

 正面から四人の鎧を身につけた騎士が来るが、誰も銃器を構えず剣を抜く。アステリアが側にいては、銃器を使えないという判断をしているようだった。

「殿下、大人しく我々と来ていただこう」

「貴方達、一体誰の命令で動いているの?」

「殿下、それは後ほどお教えします。よし、捕えろッ、抵抗するようなら従者は殺せ!」

 四人の騎士達がジリジリと迫り来る。

「話し合う余地はないみたいだね」

「貴方達だけでも逃げなさい、私は捕まっても――」

「悪いけど却下だ」

 フウリは手にしていた小型の回転式拳銃を騎士に向け発砲する。しかし、オリハルコン製の鎧にべなく鎧に弾かれる。オリハルコン製の鎧もまたエーテルアーマーを纏う。出力こそアイギスのものに遠く及ばないが、それでも拳銃弾程度ならものともしない防御力があった。

「そんな豆鉄砲が通用するものか!」

 騎士はフウリに斬りかかるが、その剣閃は空を切る。その次の瞬間、フウリの強烈なキックが炸裂、重量で言えば一〇〇キロを超える装甲兵を軽々と空中へ打ち上げた。

「グゴッ⁉︎」

 その非常識なまでのパワーで騎士達をフウリは三〇秒とかからず無力化する。

「……貴方って見かけによらず武闘派なのね」

 唖然とするアステリアとミオを尻目にフウリは涼しい顔で回転式拳銃のリロードを行いつつ、周囲を警戒する。

「でもこれは一体どういうことなの……?」

 相変わらずフウリ達には状況がわからないないままだが、駅の構内では断続的に銃声が鳴り響き、外では断続的な爆発が続いている。

「ハオランが言っていたクーデターが真実かどうかもわからないが、アステリアが狙われているという事は確かなようだ。とにかくここに留まるのは危険だ。なんとか駅から出よう」

 フウリを先頭に三人が慎重に駅の出口に向かっていると、グエン達護衛部隊が合流する。

「こっちのも、なんとか……なったが……外はダメだ。出入り口は押さえられている」

 グエンが荒い息を整えながら言う。グエンは出血こそしていなかったが、防弾ベストに数発弾丸を受けたようで、痛みを堪えるその表情は険しいものだった。

「……こうなりゃ強行突破だ。列車の最後尾にお前の機体があるだろ、あれで奴らを蹴散らすしかない」

 フウリは黙って頷いた。強引な手ではあるが、この状況では仕方がない選択であった。

「ッ‼︎まだ来るよ」

 フウリは人の気配を敏感に感じ取ると、アステリアとミオを抱えて列車の影に飛び込んだ。その次の瞬間には先ほどまでフウリ達がいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。

「クッソ、なんだって言うんだよッ!」

 グエンの部下の一人が頭部を撃たれ斃れるが、グエンは命からがら大きな柱の影に飛び込む。

「おい‼︎皇女がいるんだぞ‼︎」

 グエンは悪態を吐きつつ、柱の影から銃弾をばら撒き牽制する。十数名はいたアステリア護衛班もフウリを含めて四人だけとなっていた。

「おい、クジョウ!お前も撃て!」

 激しい銃撃戦の中、ただ隠れているだけのフウリにグエンが怒号をあげる。

「弾切れだよ」

 フウリは与えられていた銃弾一〇発を使い果たしていた。

「クソッ、あぁ、もう俺が悪かったよ」

 フウリの言葉を嫌味だと捉えたのか、グエンは投げやりな謝罪をすると、倒れた仲間が落としていたサブマシンガンを蹴とばし離れた位置にいたフウリに渡した。

「そいつで何とかしろ!」

 フウリは短機関銃を手に取ると、正確無比な射撃で警備員を無力化していく。

「チッ、最初からやればよかったぜ」

 グエンは柱の影から出て敵の警備員を牽制する。すると形勢が変わったことを感じ取ったのか。襲撃者たちは撤退していく。

「退いていく?まあいい、クジョウ、お前はアイギスで駅の周りにいる装甲車を潰せ、その後は殿下と学生を連れて近くの支部……いや、とにかく安全な場所に行くんだ」

 3S社の社員同士で撃ち合っている以上、自分たち以外は誰も信用できない状況だった。

「待って、貴方達はどうするの?」

「何とかしてみますよ。最悪降伏すれば命までは取られない……といいが」

 グエンは自身なさげに言う。状況が状況なので確実なことなど何もなかった。

「危険過ぎるわ。それなら私が投降すれば――」

「したところで、結局僕達の身の安全が保障される訳じゃない」

「それは……」

「とにかく今は逃げるしかない。キミは自分の心配だけをしていてくれ」

 アステリアは自身の無力さが悔しくて仕方なかったが、ここは最早アステリアの我儘を通せる段階ではない事を悟り、黙って現状を受け入れるしかなかった。

 駅のホームから降りて少し走れば、すぐにフウリの機体の近くへたどり着いた。周囲に人の気配はない。

「敵はいないのか……」

 グエンは周囲を確認するが、何処にも敵の姿はなく、追手も来る様子はない。

「出口を押さえてるから、追う必要がないって思ってるのかな……」

「まさか……アイギスをほったらかすか?普通」

 そのグエンの考えは当たっていた。

「久しぶりだな……兄弟」

 突如、暗闇から男の声がした。

「誰だ⁉︎」

 グエンが声のした方へ銃を向けた時、声の主は既にその懐に入っていた。

「‼︎」

 グエンは悲鳴ひとつあげる事なく、首を切り裂かれ絶命する。

「なッ⁉︎」

 二人の護衛班が男に銃を向けようとするが、男は目にも留まらぬ速さで拳銃を抜くと二人の護衛班の眉間を撃ち抜いた。

 フウリは発砲するが、男は大きく跳躍する事でそれを回避する。そしてフウリの機体に降り立った男を、街を燃やす炎と月明かりが照らし出す。

「スザク……」

 スザクと呼ばれた男は、深紅の髪が混ざる黒髪と緋色の瞳でその顔はフウリによく似ていたが、体格に関してはフウリよりもひと回り大きく筋骨隆々であった。

「……やっぱり生きていたのか」

「フンッ、お前も死んだとは思っていなかったか……そうだ俺は生きている。地獄から舞い戻ってきたのだ」

 スザクの鋭い眼差しはフウリを冷たく見下ろしていた。

「どうしてここにいる?目的は何なんだ?」

「教えてやるとも、だが先にその女を渡してもらおう」

 スザクは拳銃をホルスター にしまい、大型のコンバットナイフを構えると常人とは思えない速さでフウリに迫る。フウリはサ短機関銃を連射するが、スザクは難なく懐まで入り込むと、回し蹴りで短機関銃を蹴り飛ばす。

「どうした、鈍いぞッ!」

「ッ!」

 フウリもダガーナイフを抜き、激しい格闘戦となる。しかし、体格差からか、もしくは技術の差か、徐々にフウリが押され始める。

「フウリ離れて!」

 ミオが斃れた警備員の物だった拳銃を拾いスザクに向けようとするが、二人の動きが早く、なかなか狙いを定められないでいた。そうしているうちにスザクはフウリを蹴り飛ばすと、不意にミオに接近する。ミオは咄嗟に発砲するが、銃弾はスザクの髪を掠っただけで、スザクはミオの手を掴むと容赦なく投げ飛ばす。

「ミオ!」

 列車にたたきつけられたミオは衝撃で気を失う。

「スザク‼」

 フウリは、起き上がると同時にスザクに目掛けて、手に掴んだ砂利を浴びせかけ、怯んだ隙にダガーを突き出す。スザクは溜まらず左腕を犠牲に防御した……はずだった。ダガーの刃は殆ど突き刺さる事なく、肉を刺した感触さえなかった。

「フンッ」

 スザクは一瞬動きの止まったフウリに膝蹴りを入れると、怯んだ隙にダガーを弾き飛ばし、左肩に深々とナイフを突き刺し、そのまま蹴り飛ばした。

「フハハハッ、弱いなぁ兄弟!」

「フウリ!」

 アステリアが倒れたフウリに駆け寄る。

「見るがいい!」

 スザクがコートを脱ぎ捨て、露わになった左腕を見せつける。そこにあったのは、生身ではない金属の腕であった。

「四年前のあの日、俺たちは囮として使い捨てられた。ドレイクの光に機体を貫かれた俺は左腕を失ったが、俺達を縛っていた腕輪も同時に消えた」

 スザクは不敵な笑みを浮かべる。

「だからこそ俺は反旗を翻すため。秘密裏に3S内にいた独立派残党と接触し、そいつらを通じてこの帝国の反乱分子とも接触した。この腕は奴らへの協力の見返りだ」

「反乱分子?クーデターは本当なの?」

 アステリアがスザクに尋ねる。

「そうだとも、お前を回収するのもその義理があっての事だ。大人しくついてくるならば、手荒な真似をする気はない、お前の兄貴に渡した後は知らんがな」

「兄?皇子がクーデターを起こしたと言うの⁉︎いったい誰が……⁉」

「すぐにわかる」

 スザクはアステリアにゆっくりと歩み寄っていく。だが、フウリが立ち塞がる。

「スザク……教えてくれ、君の目的は何だ?自由になる事じゃないのか?どうしてまだ戦いを続けている?」

「フンッ、俺は腕輪がなくなり運よく自由を手に入れた。だが結局、それは仮初だ。俺達を縛っているのは何も腕輪だけではない。俺達には体内のエーテル濃度を押さえるための抑制薬が必要だ。人工臓器のメンテナンスもやらねばならん」

「それは……」

 フウリは根拠があったわけではないが、どこかでスザクが生きているという確信があった。だからこそどこかで自由に生きていてくれればと思っていたが、こうして戦場で再会するしたことに自分たちが背負わされた宿命を感じずにはいられなかった。

「だがそれはいい……俺達は生まれながらの戦闘兵器だ。その宿命は逆立ちしたって変えられない。だからこそ重要なのは何のために戦うか。俺が求めているのは目的の自由だ」

「目的の自由?」

「俺達は平和に馴染めない。戦う事でしか生の充実を得る事ができない。俺達は遺伝子レベルで闘争本能を高められている。お前も感じているだろう、戦いの中での言い知れぬ高揚感、命を奪う瞬間の快感。俺達は肉体だけでなく、精神も兵器として最適化されているんだ」

「そんなこと……」

 フウリは否定しようとしたが、それをするにはあまりにも思い当たる節が多すぎた。戦いを嫌っているはずなのに、戦場の空気に触れると気分が高揚した。敵を打倒したときの達成感。それらの感覚はまるで麻薬のような依存性があった。それは、要するに本能のレベルで戦いを欲しているということに他ならなかった。

「違うとは言わせないぞ。俺と貴様の遺伝子はほぼ同一なのだからな」

「だけど僕らの遺伝子は、人為的に選ばれたものだ。だったらそれは、その遺伝子を選んだ人間の支配を受けているって事じゃないか?それは君の嫌いな奴隷そのものだよ」

「それは違うな。俺達の遺伝子は兵器としての能力を顕現させるが、奴隷としてのプログラムは無い。いつどこで戦うか、それは本来自由であるはずだ。枷がなくなった今、俺は意思を持った兵器として、他の誰でもない俺の意思で闘争を行う。それこそが俺の目指す真の自由だ!」

 スザクは力強くそう宣言するが、すぐに表情を曇らせる。

「だが残念なことに、世界から戦乱は消えつつある。世界政府参加国は年々増え、外殻において軍事力では七割、経済力で言えば九割以上を占めるに至った。二年前に南アメリカ独立連盟が瓦解し、アフリカ諸国もこの流れに逆らえはしまい。そして外殻世界の次は内殻だ。戦力差を考えれば、内殻世界の支配など一〇年とかからん。あと半世紀にも満たない間に、世界は平和の名のもとに逼塞した時代を迎えるだろう」

「……だけど人がいる限り、戦乱は消えない」

 太古の昔からそうであったように、平和な時代がどれだけ続こうともいずれは終わりがやってくる。人の歴史とはそういうものだとフウリは理解していた。

「そうだ。だがそれは人の支配が続いた場合の話だ。いま世界を支配し用としているのはAIだ。世界政府のマスターAIはあらゆる国家を、個人を監視し、思想と行動を統制する。奴らは人々の闘争心を悪と断罪し、遺伝子レベルで矯正する事によって、数多の夢想家が夢見た完全平和を実現するに至るだろう。そうなった時こそ、俺達人造兵士は、その存在理由が消え失せ、歴史の汚点として永遠に闇に葬られる!」

「平和になれば……僕達兵器の居場所はない。それは仕方ない事だよ」

「確かに俺達は兵器だが、生物でもある。命ある生物には、次の世代に遺伝子を繋ぐという本能がある。俺はかつて人類が自然を自らに都合の良い形に変えていったように、平和を戦乱で塗り潰し、自らの生息地を拡大していく。そして世界が戦乱に満ちた時こそ、俺達人造兵士が真に必要とされ、新たな人造兵士の需要も生まれる。それこそが俺達にとっての生きるという事なのだ!」

「……狂っているよ。それにテロを起こした程度で、世界政府を揺るがす事はできない」

 フウリは到底スザクの思想にはついていけないと感じた。加えてあまりにも実現するハードルが高すぎる話のように思えた。

「もちろん、俺達が外殻世界に戻り、アイギスで暴れたところで然程の影響はない。だが新たな脅威が現れれば、状況も自ずと変わってくる」

「……何をするつもりだ?」

「ヴェリダンでの実験、お前も見たのだろう」

「ヴェリダンの実験?まさか……人的なものだったって言うのか⁉」

 不可解なドラゴンの出現、それが人為的なものであったとするのならば、確かに世界情勢を動かしうる脅威となる。

「そうだ、実験は概ね成功した。これでドラゴンの卵の生成、休眠手段、狂暴化の方法は確立された。制御方法だけは未解明だが、暴れさせるだけなら今のままでも十分だろう」

 スザクは邪悪な笑みを浮かべる。

「俺達はドラゴンどもを外殻世界に送り込み、独立派の尖兵とする事で、再び世界に大規模な戦乱をもたらす」

「そんな事が許されるわけがない」

 そう言ったフウリにスザクは軽蔑を込めた視線を向ける。

「許しを乞うつもりも、その必要もない。俺達には神も国も親もない。だからこそ俺は俺の決めた規範によって生きる。お前のような奴隷には理解できんだろうがな」

「奴隷だって……?」

「そうだ。さっき俺達には奴隷としてのプログラムは無いと言ったが、正確に言えばお前以外の人造兵士の中には無い」

「何を言っている……?」

「わからないか?四年前、どうしてお前だけが生き残り、回収された?上層部は俺達を切り捨てようとしていた。運よく生き残ったとして、どうして今日までお前はいかされている?」

「それは……」

「自分の実力だと思っているのか?違う!お前が奴隷として利用価値があったからだ!」

 フウリは息を呑む。ありえないと、そう否定したかったが、言葉が出なかった。

「俺達はいつも極限状態の中にいた。少年兵だった頃、お前は反乱計画に常に反対し、結局反乱に乗ったのは共和国が滅びる直前になってからだ。ここに来てもお前だけは、危険な任務であろうと常に上の命令に忠実に従ってきた」

「それは、スザクだって……」

「俺が本気を出した事など、北海道で反旗を翻したあの時だけだ。飼い主どもの任務などに本当の意味で命を懸けていたのはお前だけなんだよ」

「そんな、僕は……」

「俺とお前は同じ環境で生まれ育った。だが、お前は従順であり、俺はそうじゃなかった。俺達の遺伝子の差異は〇.〇一パーセントだ。その中に奴隷因子とも呼べる遺伝子情報がある。それを解析し、次世代の人類に組み込む。それこそがマスターAIの目的だ」

 フウリは何も言い返せなかった。自身が悲観的で状況や立場に流されやすいと言う事は自覚していた。その気質が遺伝によるものだとするならば、確かに反骨精神の塊であるスザクよりは御し易いと言えるだろう。

「兄弟を殺すのは気が咎めるが、貴様のような奴隷は兄弟と言えども目障りだ!ここでスクラップになるがいい」

 スザクが拳銃をフウリに向ける。その光景がフウリには酷くゆっくりに見えていた。走馬灯のように過去の情景が脳裏に浮かぶ。ずっと、抑圧され支配されてきた。誰かの命令で自分の意思を押し殺したまま犬死していく仲間を見ていた。自由を諦めた自分が、曲がりなりにも自分自身のために戦うスザクを邪魔する理由などないはずであった。

 フウリは一秒にも満たない刹那の諮詢で、死を覚悟した。

 次の瞬間、銃声が鳴り響く。

「ッ!アステリアッ!」

 フウリは倒れたが、それは凶弾によってではなくアステリアが庇ったからだった。

 死を受け入れていたはずの体が自然に動き出すのをフウリは感じた。

 フウリは左肩に刺さったままであったナイフを引き抜くと、そのままナイフをスザクに目掛けて投擲する。

「チッ⁉」

 放たれたナイフはスザクの拳銃を破壊する。その隙にフウリは、アステリアとミオを両脇に抱えるとスザク目掛けて走り出す。身構えるスザクだったが、フウリはスザクを踏み台にして列車に、そして列車からアイギスに飛び乗った。

「君たちだけは……」

 フウリは機体に素早く乗り込むと緊急起動させる。網膜投影された映像で、足元のスザクを見下ろした。スザクは焦ることもせず愉快そうに笑っていた。

「ほう、あくまで命令に従うか」

 フウリはここでスザクを倒すべきだとは思いつつも、結局それができずそのまま飛び立った。

「ちょっと、どうするの⁉」

 操縦席裏の狭いスペースに詰められたアステリアがフウリに訊ねる。

「それより怪我は?撃たれたところは――」

「私なら大丈夫よ。この服オリハルコンが織り込んであるの。拳銃ぐらいなら大丈夫よ。ちょっと痛いけれど」

 騎士の着込んでいた鎧と同じく、アステリアの衣服にも緊急時の備えとしてオリハルコンの繊維が編み込まれていた。防げるのは九ミリ拳銃弾までで、衝撃までは完全に防げないもののあるとないとでは雲泥の差であった。

「そうか、よかった」

 フウリはホッと胸を撫で下ろしたが、休む間もなく後方警戒レーダーが反応する。

「ワスプが二機、IFFがあるが……そうなるかッ!」

 後方から迫る二機のアイギスはレーダー上では見方機であるが、容赦なく発砲してきた。

「アステリア、クーデターが起きたとして、安全な場所に心当たりは?」

 フウリは砲弾の雨を回避しつつ、アステリアに尋ねる。最早、パレストラに留まる事はできないと判断したのだ。

「そう言われても……遠いけど、東部地方なら、母の実家があるの」

 パレストラから東部地方の主要な都市までは、アイギスを飛ばしても数時間はかかる。平時ならともかく、追撃された状態で向かうにはあまりに無謀な選択であった。

「……行くしかないか。少しの間耐えてくれ」

 フウリはそう言うと、機体を急上昇させる。当然後方の二機も追尾してくるが、推力が強化され、更に無武装で軽い状態のフウリの機体には追いつけず、どんどんと引き離されていく。フウリはそのまま雲の中に入り、追手も続いて雲の中に入るがそこで完全にフウリの姿を見失った。そして追手が勢い余って雲を突き抜けた時、目の前にフウリの姿はない。そこで速度を落とした時だった、背後の雲の中からフウリが飛び出す。

「悪いが、使わせてもらう」

 フウリは追手の一機に組み付きライフルと盾を無理やり奪い、組み付いた機体を盾にしつつ、攻撃を躊躇っていた一機を撃墜すると、組み付いた機体も飛行ユニットを破壊して叩き落とした。

 フウリは荒い息を整えつつ、機体を東へと向けた。

「フウリ……血を止めないと」

 フウリはナイフで刺された左肩から大量の血が流していた。

「今はいい、それにすぐ治るようにできてる」

「そんな……」

 アステリアはフウリが人造兵士だったと言う話を思い出す。伝え聞くところによると、人造兵士とは強靭な肉体を持っているが、人格が破綻しており危険な存在だと言われていた。だが、今目の前で必死にアステリア達を救おうとする姿は、とても知識の中にあった人造兵士像とはかけ離れていた。

「……来る!」

 フウリが機体を急降下させる。レーダーでは三機のアイギスの反応があるが、いずれもIFFの登録はワスプではなかった。

「惨めだな、兄弟!」

「スザク!新型を奪ったのか⁉︎」

 黒い塗装が施された新鋭機ベスパが後方から急接近してきた。

「この機体の慣らしをするにはちょうどいい。ここで堕ちろッ!」

「しっかり掴まっていてくれ、ここからは遠慮できない」

 フウリは、回避に専念しつつもとにかく東を目指す。

「フウリィッ!」

 一機のベスパがマシンガンの弾丸をばら撒きつつ、光剣を振りかざし急接近してくる。フウリはライフルで迎撃するがベスパのエーテルアーマーを突破する事ができず、盾で光剣を受けた。

「ッ……カラス!お前も生きていたのか!」

「ハッ、そうさ。だから俺達が生きるためお前は堕ちろッ!」

 カラスは軽薄な態度を隠そうともせずに言ってのける。

「フウリ、俺はなぁてめぇの事がずっと気に入らなかったんだ。不幸面して、なよなよしやがって、それなのに俺よりもずっと強いてめぇの事が目障りだったんだよ」

「今更ッ!」

 フウリはカラスを蹴飛ばして距離をとるとライフルで追撃するが、カラスは盾を構える事で強力なエーテルアーマーを発生させ、砲弾の雨を易々と防ぎ切った。

 フウリが体勢を立て直すため再び加速しようとしたとき、上空で閃光が迸る。フウリは考えるよりも早く、盾にエネルギーを集中させたが、すぐに激しい衝撃が機体を襲った。

「きゃぁッ!」

 アステリアの悲鳴が操縦席に響く。

「よく防いだ。流石だな。だがこれで――」

 フウリの機体はスザクが放った滑腔砲の一撃を受けて、盾ごと左腕が破壊された。最早もう一撃を耐える手段は残されていない。フウリは、低空を飛びながら回避行動を行うが、スザクとカラスの連携により徐々に選択肢を削られていく。

 万事休す、フウリがそう思った時だった。スザクの射線に割り込むような形で、これまで傍観していた一機が急接近し、組み付いてきた。

「フウリ!」

 組み付いてきたベスパから女性の声が聞こえる。

「ッ‼︎カナリアか!君も――」

「仕方なかったの!本当は貴方も一緒だったらって――今からでも遅くないわ。皇女を渡して。そうすれば貴方だけは助けて見せる。だから――」

「カナリア、未練がましいぞ。そいつとの戯言はやめろッ!」

 カナリアとフウリの間にカラスが割って入る。そのまま混戦となりかけたところに、スザクは容赦なく滑腔砲を放つ。カナリアとカラスは強力なエーテルアーマーにより何とか無傷だったが、フウリは飛行ユニットが破損し、地上へと堕とされた。

「俺の邪魔をするなら下がっていろ!」

 スザクは射線の邪魔になっている二人に、悪態をつくが、その一瞬の隙を付き、フウリはライフルで滑腔砲を破壊する。

「ただでは死なんか!それでこそだッ!」

 スザクは破損した滑腔砲をパージすると、光剣を抜いて地上のフウリに襲い掛かる。

 フウリは弾切れになったライフルを捨て、残った飛行ユニットと脚部のスラスターを全開にして回避しようとするが、容易くスザクが一足一刀の間合いに迫る。

「死ねい!」

 上段から放たれた一閃は、フウリの機体を真っ二つに切り裂いた――

「ぐッ⁉」

 かと思われたが、フウリがギリギリの所で半身を逸らしたため胸部装甲を切り裂いたにとどまり、フウリはすかさずスザクを蹴り押して間合いを取る。

「しぶといじゃないか」

 フウリとスザクは間合いを保ちつつ睨みあう。そうしているうちに、フウリの左右後方にカナリアとカラスが降り立つ。

「兄弟のよしみだ、女を渡せば楽に殺してやる」

 有効な武装は無く、飛行ユニットも破損。逃げることさえできない。フウリに残された選択肢は極めて少なく、そのどれもが受け入れ難いものであった。

「……フウリ、私の事はいいから。私を差し出せば、貴方は助かるかもしれない」

「……」

「フウリ!」

「……来る」

 フウリがそう呟いたのと同時に、周辺に次々と砲弾が周囲に着弾する。それは外したと言うより、威嚇しているようであった。

「こちらマムース騎士団、アステリア殿下の保護のため馳せ参じた」

 拡声器から野太い男性の声が聞こえる。マムース騎士団と言えば、東部軍管区所属の騎士団であり、本来学園のある西部地域に来る事はない筈だった。

「この声……叔父様⁉︎」

 しかしアステリアにはなぜ彼らマムース騎士団がここに来たのか、すぐに合点がいった。マムース騎士団はアステリアの母方ケラシア家と繋がりが強く、現に現在はアステリアの叔父が騎士団長を務めていた。マムース騎士団は二五機ものアイギスをもってアステリア救出に駆けつけてきたのだ。

「フハハハッ!お前も悪運が強い。いいだろう、生きていればまた戦場で待っているぞ」

 スザクは形勢の不利を悟り素早く退却を始める。カラスもそれに続くが、カナリアは名残惜しそうにフウリから目が離せないでいる。

「カナリア……」

「フウリ……生き残ってね」

 カナリアは懇願するように言うと、スザクの後を追って飛び去っていった。それから少し遅れて、マムース騎士団の団長機がフウリの隣に降り立った。

「貴公、危ないところであったな。私はマムース騎士団団長のクラトス・ケラシアだ。アステリア殿下の救出の命を受けてきたのだが、殿下の所在に心当たりはないか?」

「叔父様、私です。アステリアはここに」

 アステリアが通信機越しに無事を伝える。

「なんと⁉︎ご自分で脱出を⁉︎」

「いえ、フウリに――学友が助けてくれました」

「そうでありましたか。いや、間に合ってよかった」

クラトスはホッと胸を撫で下ろしたようだった。

「団長、賊の追撃は」

「ああ、二番隊で追撃を、だが相手は新鋭機だ、手強い相手なら無理せず撤退しろ」

「はっ」

 クラトスの命令で、一〇機のアイギスがスザク達の後を追っていく。

「この機体じゃもう飛べない、乗り換えないと」

 フウリはそう言ってコックピットハッチを開けた。

「ええ、怪我は大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 そう答えたフウリであったが、左肩の傷は実に痛々しかった。

「早く治療を受けた方がいいわ」

 アステリアの心配をよそにフウリは生返事で応える。戦闘による負傷と、かつての仲間たちの裏切り、フウリは心身ともに限界であった。

 アステリアはフウリを心配しつつも、先に機体を降りた。それをクラトスが迎える。

「良くぞご無事で」

 両手を広げて待っていたクラトスにアステリアも駆け寄ってハグをした。

「叔父様、来てくれたのね、ありがとう。本当に助かったわ」

「間に合ったようでよかったです。にしてもアイギスで逃げてくるとは、随分無茶をされましたな」

 クラトスの口調は柔らかいが、少し咎めるようなニュアンスをアステリアは感じた。常識的に考えれば無謀な判断であったかもしれないが、あの状況から脱するにはこうするしかなかったとアステリアは感じていた。

「ええ……でも仕方なかったのよ」

 アステリアの疲弊した表情を見てクラトスはハッとする。

「いえ、失礼致しました。こうして無事会えたのならそれに勝ることはありません」

 アステリアが叔父との再会を喜んでいると、上空に二機のヘリと四機のワスプが現れる。

「あれは……⁉︎」

 アステリアがヘリやワスプに刻まれた3S社の社章を見て身構える。

「彼らは味方です。襲撃を受けて隣町に退避していたところを我々と合流したのです」

 3S社のヘリが着陸すると、グレーを先頭に重装備を固めた警備員たちが降りてくる。アステリア達に敵意はなさそうだが、アステリアはどこか不穏な雰囲気を感じていた。

 その時、フウリは気を失ったミオを機体から降ろし、地面に寝かせて容体を確認しているところだった。アステリアも叔父との再会を喜んだ後、怪我を負った二人の介抱をしようと歩き出した時だった、大きな手がその行く手を遮る。

「グレー教官?」

「下がっていて下さい」

 3S社の警備員達がフウリを取り囲み銃を向ける。

「ちょっと一体何を――」

 困惑するアステリアを無視して事態は進行する。

「フウリ・クジョウ、反逆の容疑で貴様を拘束する」

 警備員の一人がそう言うと、突然フウリが苦悶の表情を浮かべて倒れる。フウリの左腕のブレスレットから強烈な電気ショックが発生したのだ。フウリが倒れたのを確認すると、警備員達は一〇人がかりで押さえ込み頭に麻袋を被せ、手足は二重に手錠で拘束した。

「何をしているの⁉︎彼は私を助けてくれたのよ!」

 アステリアを無視して警備員達は、フウリをヘリに乗せる。

「グレー教官、どう言うつもりですか?フウリは――」

「殿下、フウリ・クジョウには今回の反逆行為に共謀、若しくはこれから我々に反逆する可能性が高いため、拘束する必要がありました。どうかご理解を」

「そんなの納得できるとでも?彼は怪我をしているのよ。手荒な扱いはやめなさい」

「心配には及びません。奴ら人造兵士にとってあの程度の怪我はかすり傷のようなものです。それに、仮に殿下がご納得できないにしても、これは我々外殻人の、そして社内の問題になります。であれば、我々で対処するのが道理かと。帝国と世界政府との取り決めでもそうなっていた筈ですが」

 グレーは飄々と答える。

「これは人権問題です。我が帝国内では、例え外殻人であっても帝国憲法で定められた人権の保護を受けます」

 グレーは深いため息をついて、やれやれと言ったふうに首を振った。

「緊急時なので詳細は省きますが、奴は人間ではありません。所詮は人造兵士、人の姿をした兵器ですよ」

 アステリアは完全に頭に血が昇り、拳を握ったが、二人の間にクラトスが割って入る。

「貴公」

 吐き捨てるように喋っていたグレーにクラトスが鋭い剣幕で迫る。

「我が姪の友人への侮辱、それ以上は看過できんぞ」

 クラトスが腰に下げた剣に手をかけると、周囲にいた兵士と騎士の間に緊張が奔る。グレーは始末が悪そうな表情を浮かべつつ、降参だと軽く両手を上げる。

「あぁ、勘違いさせたのならすまなかった。私は奴の立場を説明したかっただけですよ」

「そうですか。グレー教官。とにかくこの件は、早急に話し合う必要がありますよね?」

 アステリアが念押しする。

「ええ、勿論です。ただここで話し合うのは危険です、今は移動を優先しましょう」

「……いいでしょう、わかりました。あと、ミオはこちらで連れて行くので悪しからず」

 アステリアは煮えたぎっていた怒りをなんとか鎮めて、ここは安全な場所へ移動する事が先決だと自分を納得させた。

「……ええ、わかりました。では、また後ほど」

 グレーはそう言い残すと待機していたヘリに乗り込み出発した。

「では、我々も出発しましょうか。コスタス、彼女を乗せてやってくれ」

 クラトスは部下の一人にミオを任せ、自身はアステリアをエスコートして機体へと乗り込む。

「狭い場所で申し訳ありません」

「いえ、大丈夫よ」

 そう言って暫くは会話が途切れたが、数分後クラトスから口を開いた。

「先程は出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」

「気になさらないで。叔父様がああしてくれなければ、あのむかつく野郎の顔面に一発入れるところでしたから」

 アステリアの言葉に、クラトスは思わず噴き出してしまった。

「はっはっはっ、そうであれば私も割って入った甲斐がありましたな。まったくケラシアの血は喧嘩早くていけない」

「確かに、お母様もお姉様もすぐ頭に血が昇ってしまいますものね」

 そうして少し空気が和らいだところで、真面目な話に戻った。

「叔父様、今この国はどうなっているの?」

「私も全てを把握できている訳ではありませんが、確かなのは第三皇子カメルス殿下が、謀反を起こされたということです」

「カメルス兄様が……」

 アステリアの表情に驚きはなかった。クーデターを起こすとしたら、腹違いの兄であるカメルスであろうことは容易に想像できていたのだ。

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