第3話

【翌日 学園都市パレストラ 第二訓練場】

「クソがァァァッ‼︎」

 アカマスが悔しさのあまり、機体のコンソールを思いっきり殴りつけていた。

「勝者、フウリ・クジョウ」

 フウリは悪夢を見て目覚めの悪い中、且つ五対一の圧倒的不利な条件でも難なく勝利を掴み取って見せた。ただ未だ学園内の反応は冷たく、フウリの勝利を好意的に見る者はかなりの少数派であったが、ただそれでもその実力に目を付けている者もいた。

『やあ、フウリ君。今日も素晴らしい戦いっぷりだった。その強さ、まさに鬼神の若くといったところかな』

 帰投する準備をしていたフウリにプライベート通信を繋げてきたのは、生徒会長のテミスであった。テミスはいつもの調子で、上辺だけの言葉を並べている。

「……要件を言ってもらえますか?」

『ははっ、いいねぇ、話が早い。実は君に折り入ってお願いがあってね』

「依頼なら、会社を通して――」

『もちろんさ。実はもう根回しもしている』

「だったら――」

『まあまあまあ、今回の依頼、君の実力を高く評価しての事だ。だから君にもちゃんと話しておこうかと思ってね』

「……で、その依頼ってなんなんですか?」

『ふっ、これはある重要な方からの特別なご依頼だから、心して聞いてくれ』

 フウリはその時点で嫌な予感を感じたが、黙って聞くほかなかった。

【数日後 アトランティス帝国南西部 オアシス都市ヴェリダン】

 オアシス都市ヴェリダンは、学園都市から西南へ二〇〇キロメートルあまり、地平線の向こうまで続く乾燥した大草原の中に湧いた巨大な泉の畔に築かれた古い都市だ。

 帝国発足以前から存在していた街で、もともとはアイギスを開発したとされる第二文明人が築いた街であるとの伝承が残されている。長らく都市国家として栄えており、大陸横断貿易における重要な中継点となっていたため非常に裕福な街でもあった。それは、帝国傘下となって以降も変わらず、帝国西部における主要都市の1つであり続けていた。また、近年鉄道網が発展した事に伴いヴェリダンは、風光明媚な観光地としても賑わいを見せていた。

 そのヴェリダンの郊外にある騎士団駐屯地にフウリ、アステリア、マリウス、ミオ、そしてアステリアの側近で、レトという獣人の少女の合計五名の騎士学園生徒たちが半日程列車に揺られてやってきていた。

 フウリ達が駐屯地に到着すると、ヴェリダン騎士団長の《ニノス》が大勢の部下を整然と並ばせ、歓迎の態勢を整えていた。学生達はアステリアを最右翼にして横一列に並ぶ。

「アステリア・ケラシア・アトランティア見習騎士以下五名、実地訓練のためヴェリダン騎士団に合流します」

 アステリアが、皇族らしい威厳を放ちながら代表の挨拶を行い、アトランティス式敬礼(右手を胸の前で水平にし掌を下に向ける所謂ゾグー式敬礼)をする。

「殿下、お待ちしておりました」

「ニノス騎士団長、お世話になります」

 ニノスは恭しく深々と首を垂れる。

「殿下を我が騎士団に迎えられたこと大変光栄に思います」

「お辞めください。いま私はいち見習騎士です」

 アステリアがそう言うと、ニノスは頭を上げた。

「お心遣い痛み入ります。とにかく、長旅ご苦労でした。皆さんが来てくれたこと大変うれしく思います。なにせ、ここは中々見習騎士の訓練地には選ばれませんから。前の時は十年以上前でしょうか……ああそうだ、ちょうどカメルス殿下が訓練に来た時が最後だったでしょうかね」

 アステリアは腹違いのカルメルの名前を聞いて少し気まずそうな表情をしたが、それもすぐに消し去った。

「カメルス兄様もこちらで実地訓練を受けたんですね。それは知りませんでした」

「まあ、もうずいぶん前の事ですから、カメルス殿下は当時から優秀な騎士でおられた。ああもちろん、アステリア殿下もそれに負けず劣らずの猛者だと聞き及んでおります」

 ニノスという男は意図的か天然か、どちらにせよどうもかなりのおべっか使いで、アステリアとしてはあまり好ましい人物ではなかったが、そこは皇女として努めて社交スマイルを崩さないようにしていた。

「私などまだまだ未熟です。ですが、今回のメンバーは皆私以上の実力者ですよ」

 ニノスはわざとらしく驚いたリアクションをした。

「それはなんと、頼もしい。では明後日の任務でも大いに活躍が期待できますな」

 ニノスのその言葉にアステリアは少し表情を険しくする。

「近くでドラゴンの卵が発見されたと言うのは本当なんですか?」

「はい。近く……と言っても十数キロは離れているのですが、そこに随分前に人が居なくなった廃村がありまして、先日の巡回時にその村一帯が大きく陥没しているのが確認されました。そこで調査をしたところ、ドラゴンのものと思わしき休眠状態の卵が複数発見されたのです」

「危険はないんですか?」

「過去の記録から見て、この辺りまで暗黒軍が来た事はありませんし、十中八九野生種のドラゴンでしょう。殿下は野生種のドラゴンをご覧になった事は?」

「一度、保護区に行ったときにあります」

 アステリアは幼少の頃に見た野生のドラゴンを思い出す。野生とは言っても随分と人間慣れしており、性格も教会都市を襲った凶暴なドラゴン達の原種となったとはとても思えないほど穏やか、と言うより少し間抜けているようにさえ感じた。

「それでしたらお分かりかと思いますが、野生種のドラゴンは暗黒軍の兵器化されたドラゴンと違い凶暴性は低いですし、ブレスの威力もアイギスの装甲を抜く事はできません。もちろん保護区の退化したドラゴンとは違い、古い種で体格も大きく人間を襲う可能性はありますから、休眠が解ける前に駆除の必要はあります。ただ危険度で言えばかなり低い、アイギスで熊や狼を駆除する様なものです。折角の実地訓練です。つまらない演習などよりは、卵とは言えドラゴン退治の方が幾ばくかはマシでしょう」

「……そうですね」

 アステリアは一抹の不安を覚えつつもそう答えた。

「ではこのまま休憩をと言いたいところですが、まもなく皆さんの機体が到着するようなので、一旦駅まで戻りましょうか」

 そうしてニノスに連れられて駅に戻り、二〇分程で五機のアイギスが駐屯地内にある軍用の駅に到着した。

「綺麗な機体」

 ミオが純白のアイギスを見上げる。白亜の装甲にピンクゴールドのエングレービングが施されたその機体は、戦闘兵器としてはあまりに美しかった。

「どうかしら私の機体は」

 アステリアが自慢げな表情を浮かべる。

「改修中だった機体が間に合ったみたい。折角だから見た目にもこだわってみたの」

「改修型って事は、一応ミュルメークスなんだ……」

 訓練機として見慣れている機体とは大きく違ったため、あまりアイギスに詳しくないミオから見ると全く別の機体のように見えた。

「ミュルメークス・テスセリス。うちの工廠で改修したんですよ」

 獣人の少女レトが尻尾を振りながら得意げに語る。

「へぇ、レトさんの実家って兵器工場なの?」

「う〜ん、ちょっと違うけど似たようなものかな?アイギスそのものは作ってないけど、オリハルコン製の製品とか、アイギスのカスタムをしたりとか、そんな感じです。まあ、テスセリスはあんまり売れてないんですけど……」

「そうなんだ?」

「すっごく強化されていて、いい機体なんですけど……ちょっとお値段が……」

 レトが悩ましげな表情を浮かべた。

 ミュルメークスは元々、空戦型のワスプを再設計し、陸戦型にしたアントをアトランティス帝国の要望に合わせて改良した機体である。ミュルメークスとしては四世代目に当たるテスセリスは、性能自体はワスプ最新ブロックと同等の性能があるとされるがそんの分製造コストが高く、既存機からの改修費用で従来型のミュルメークスが一機製造できる程であった為、現状ごく僅かな数しか製造されていない状態であった。

「一応今回の実地訓練は運用試験も兼ねているの。まあ、実際のところはお母様あたりが気を回したのでしょうけど」

 アステリアは改修された経緯に多少不満はありつつも、騎士として愛機がより高性能になった事については、素直に喜んでいた。

「それにしてもなんか凄い重武装だね」

 ミオは機体の装備を見て、思わず気圧されてしまうほどの威圧感を感じていた。

「武装の方もうちの工場で生産したものなんですよ。両肩の二連装ミサイルランチャーに機関砲内臓の新型シールド、あと何と言っても一番の目玉は、右腕に装備した三五ミリ回転式多銃身機関砲――通称『デス・ドリル』。これはうちの工廠が外殻企業と協力して開発した新製品なんです」

「デス・ドリルってまた物騒な名前だね……」

 アステリアの機体の右腕には四銃身のガトリング砲が装備されており、ベルトリンクを通じて尾部コンテンナを丸ごと換装した大型弾倉に繋がっていた。

「三五ミリテレスコープ弾を毎分三五〇〇発で発射するので、ドリルの名に恥じない掘削力がありますよ」

「ああ、そう言う意味のネーミングなんだ。てっきりとんがってるからかと」

 デス・ドリルの先端は円錐状に伸びており、いかにもドリルっぽい威容を見せていた。

「もちろんそれもありますよ。基本的にはおすすめしてないんですけど、緊急時には刺突武器として使えるように設計されてますから」

「へー、なんかよくわからないけど凄そう」

 ミオはアイギスの装備について深い知識はなかったが、凄い威力と値段の装備なんだろうという事は理解できた。

「あっ、あれは……」

 アステリアの機体について話していたミオ達が、ふと後続の車台に視線を移すと、もう一機ミュルメークスとは違う機体が運び込まれていた。

「あれは……また違う改修型?」

「ううん、あれワスプですよ。でもどうしてここに?」

 レトがある筈のない機体を目にして首を傾げた。ミュルメークスの元となったワスプをアトランティス帝国は殆ど運用していなかったからだ。

「3Sの社章……クジョウさんの機体ですかね?」

「ああそっか、そうかもね」

 ミオとレトがそんな会話をしている時、少し離れた場所でフウリがグエンから指示を受けていた。

「まずこれだ」

 グエンはホルスターに入った小型回転式拳銃と予備の弾丸五発をフウリに渡した。

「俺達も周りを固めるが、お前は直近で護衛だ。本来ならお前に銃なんかもたせたくはないが、本社AIの判断だ」

 フウリは受け取った拳銃を確認する。装弾数五発の何の変哲のない護身用の拳銃であった。率直に言って携行性は良いが、少し頼りないという印象である。

「万一の場合は、交戦よりも皇女を逃がすことを優先しろ。バックアップは俺達でやる」

「了解」

 アカマス達との決闘の後、生徒会長のテミスがフウリに持ちかけてきたのは実地訓練に向かうアステリアの護衛だった。何故テミスがそんな事を、という疑問もあったが3S社としては重要な案件だったらしく、フウリの処遇を含め多くの特例措置が取られていた。

「でだ、お前の本業の話だが」

 グエンは列車の荷台に乗せられたワスプを指す。

「お前が前から使っていた機体なんだろ?修理が終わって推進系を強化してるとか。まあ、俺にアイギスの事はよくわからん。とにかく仕事に支障がないように調整しておけ」

 グエンはそれだけ言うと、気だるげな顔で立ち去って行った。

 フウリは思いつめた表情で、自身の機体を見上げる。

「……まだ戦えってことか。お前も僕も運がないな」

 フウリは修復された愛機に対して、ポツリと言葉を掛けた。

「フウリさん!」

 感傷に浸っていたフウリにいつのまにかにレトが詰め寄っていた。

「あ、あのッ!ちょっとだけでいいんで、この機体見せてもらっていいですか⁉︎」

「見るって……ああ、まあ……別にいいよ」

 フウリは興奮気味のレトに完全に引いていた。許可をもらったレトは尻尾をブンブンと振りながら、フウリの機体を舐め回すように見ていた。

「レトって、案外変わった娘だね。ってどうしたの?」

 アステリアはフウリの機体を見つめたまま固まっていた。

「アステリア?」

「えっ?ああ、どうしたの?」

「いや、アステリアこそどうかしたの?」

「えっと、なんでもないわ。ちょっと珍しい機体だったから」

 アステリアはそう言ってごまかした後、もう一度フウリの機体を見た。

「あのときの……」

 アステリアは四年前の記憶を呼び覚ます。ブルーグレーのカラーリングは確かに記憶の中の特徴と一致する。しかし、アステリアは人の記憶というのが都合よく改変されることもよく理解していた。アステリアがフウリがあの日助けてくれた傭兵だと思いたいだけで、本当は全然似ていない可能性だってあった。そもそも、助けてくれた傭兵はアステリアの姿をしっかりと見ていたはずだ。だが、フウリはアステリアを知っていたような素振りはなかった。

「これじゃ、恋する乙女ね」

 アステリアは自嘲気味に言うと自分の機体へ向かった。

【数時間後 オアシス都市ヴェリダン 騎士団駐屯地 レクリエーションホール】

 機体の搬入と調整が終わる頃には夕方となり、アステリア達は基地内にあるレクリエーションホールで、学生の歓迎会にしては随分と大袈裟な歓迎会に招待されていた。

 騎士団長のニノスの長い挨拶のあと各々、自由に飲み食いができるような形の宴会であり、アステリアはいろいろと挨拶回りで忙しそうにしていた。また名家の出身のマリウスや、勢いのある新興企業の令嬢でもあるレトには先輩騎士がいろいろと話しかけに来ていたが、外殻人のフウリとミオは明らかに浮いていて、二人で隅の方に固まっていた。

「なんか、肩身が狭いよね、ボクたち」

「……部外者みたいなものだから」

「そうだけど……学園みたいに直接嫌がらせされないのは、そこは大人だからかな」

「いや、アステリアが友人として紹介したからっていう可能性の方が高いと思うけど」

「うーん、まあ、そうかな」

 ミオは仕方ないか、と思いつつテーブルに並んだ料理に手を付ける。

「匂いからしてそうだけど、結構スパイシーなのが多いよね。苦手ってわけじゃないけどさ。クジョウくんは食べないの?」

 ミオが取り皿に盛った料理をフウリに向けたが、フウリは首を振った。

「遠慮しておく。食事には気を使っているんだ」

「えー?」

 ミオはフウリが、スポーツドリンクと不味そうなレーションを食べている印象しかない。それで食事に気を使っていると言われても信じようがなかったが、強く勧める理由もなかったので、素直に皿を引いた。

「あ、二人とも」

 マリウスが人ごみを抜けてフウリ達の元へやってきた。

「なんか悪いな。二人にとっちゃここも居心地悪いだろ?」

「いえ、このぐらいなら何とか。料理もいっぱい食べられますし。そもそもクジョウくんもボクもあんまりこういうとこ得意じゃないから」

「そうか。そう言えば、アステリアを見なかったか?ちょっと見当たらなくて」

「うーん?こっちには来てませんけど……」

 ミオがフウリに視線を送るが、フウリも心当たりがないので首を横に振った。

「そうか、まあ、彼女もあれで社交界のパーティとか苦手だし、部屋に戻ったのかもな」

「そっか、もう勝手に戻ってもいいんですかね?」

「いいんじゃないか?別に大人が酒飲んで騒いでるのを見たって、楽しくないだろ」

「だってさ、クジョウくん。ボクは部屋に戻るけど」

「僕も戻るよ」

 フウリも立ち上がり、出口へ向かう。

「おう、ゆっくり休んでいてくれ。俺はもう少し残ってるから」

 フウリとミオはマリウスとレトを残し、レクリエーションホールを後にした。暫く会話もないまま二人で薄暗い廊下を少し進んでいると不意にミオが立ち止まる。

「それじゃ女子の部屋はあっちだから」

「ああ」

 フウリは一瞥することもなく立ち去ろうとするが、ミオが思い出したように引き止める。

「フウリ、待って。ちょっと、話したいことがあるんだけど」

「……何?」

「アステリアの事なんだけど、喧嘩したってホント?」

 フウリは露骨に面倒くさそうな表情をする。

「……別に」

「ケンカしたんだ」

「意見の相違あっただけだよ。それに、その件はその場で僕は謝罪した」

「ふーん。まあ、詳しいことは知らないけどさ、アステリアは結構気にしているみたいだし、もう少し話してみたら?」

「……機会があればね」

「全然やる気ないじゃん」

 ミオに内心を見透かされていたが、フウリはそれを気にも留めず、基地のゲートを出ていく人影に気を取られていた。

「悪いけど、話はここまでだ」

「えっ?」

「それじゃ、また明日」

「あ、うん」

 フウリの突然の言動に驚きつつ、ミオは足早に去っていくフウリの背中を見送った。

 フウリはミオと別れた後、部屋には戻らず基地のゲートを抜けて、先に出ていった女性の後を遠巻きに追跡する。

 フウリが追っている女性は、ノースリーブの白いワンピースに深紅のロングヘアで、夜だというのに大きなサングラスをしていた。その雰囲気は隠しきれない気品を醸し出しており、とても基地にいる騎士や兵士とは思えなかった。フウリが追跡を始めて数分後、その女性は急に狭い路地に入る。それをフウリは足早に追いかけた。すると――

「付きまといなんて、感心しないわね」

 得意げな表情を浮かべたサングラスの女性がフウリを待ち構えていた。

「……」

「ちょっと、黙っていないで何か言ったらどう?」

 女性はサングラスを外す。その素顔は髪色こそ違うが、紛れもなくアステリアであった。

「……不快にさせたなら申し訳ない。謝罪するよ」

 フウリはそう言って頭を下げた。

「別に謝ってほしいわけじゃないの。貴方も私の護衛が仕事なのでしょう?」

 フウリは答えなかったが、アステリアにはそれで十分だった。答えられないということは、フウリは誰かの命令を受けて行動しているのだと判断できた。

「去年もぞろぞろと護衛の人が付いてきたから文句を言ったのだけど。今年は貴方だけなのかしら?まあ、いいわ。せっかくだからちょっと付き合いなさいよ」

「?」

「この先の屋台街、結構有名なのよ」

 アステリアは楽しそうにそう言うと、フウリの手を引いて人ごみの中へと進んでいく。

「ほら見て、すごくおいしそうよ。あっ、あれもずっと食べてみたかったの」

 アステリアは目を輝かせながら何軒もの屋台をはしごしていく。アステリアは見かけによらすかなりの健啖家のようで、食べ物系の屋台一つ一つで足を止めて、気になったものを片っ端から買い込んでいた。

「貴方は何か食べたいものないの?」

 何軒目かの屋台で串焼きを購入した後、アステリアが後ろを歩くフウリに問いかける。

「僕はいいよ。偏食なんだ」

「んー?ま、遠慮しているわけじゃなさそうね。まあ、食べ物以外にもいろいろあるし、貴方は何か興味あるものとかないの?」

 フウリは少し自身のことについて、振り返って考えてみるが、おおよそ趣味というものはなかった。そもそも自由の身ではない。叶わぬ願いをもって、自分をイタズラに惨めにする必要もない。それが、フウリの人生に対する答えの一つであった。

「……ないよ。何も無い」

 フウリの言葉に、アステリアは一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐいつもの明るい笑みを作り直す。

「そう。ならいいわ。ここにはたくさんのものがあるのだし、貴方の興味の引きそうなものも見つかるかもしれないわ。一緒に探しましょう」

「いや、僕は――」

 フウリが提案を断ろうとしたが、アステリアは有無を言わさずフウリを連れまわす。お土産屋や、ペット売り場、怪しげな占い屋、全然当たりのないくじ屋などなど、いくつもの屋台を二人でまわる。フウリも最初の内は面倒だと思いながら付き合っていたが、いつしか自由で楽し気に振舞うアステリアに、見惚れる自分がいることに気が付いた。

「どう?何か興味湧いた?」

「え……ああ」

「ちょっと、生返事じゃない。つまらなかった……?」

「いや、そういうわけでは……」

 フウリは答えに窮して視線を泳がす。すると、綺麗な装飾品を並べた一軒の屋台で視線が止まった。

「ちょっと、覗いていきましょう」

 フウリの視線を見ていたアステリアは、そのまま装飾品店の前までやってくる。

「あら、綺麗ね」

 店先には金属や天然石を加工したアクセサリーが並べられていた。

「ねえ、折角だし何か記念に買っていかない?貴方はどういうのが好き?」

「どうかな……それに僕はこういうの持てない」

「そっか……」

 アステリアはフウリの事情を察し、寂しそうな反応をしたが、すぐに次の提案を行う。

「それじゃ、私に似合いそうなのを選んでみて」

「僕が?」

「ええ。あっ、お金のことは考えないでいいから」

「そう言われてもな……」

 と言いつつ、フウリは並べられたアクセサリーを眺める。フウリからするとアステリアは端的に言って派手好きだと思っていた。アステリアは変装のため観光客に扮した格好をしているが、イヤリングにネックレス、指輪など身に着けているアクセサリーは多く、どれも凝ったデザインをしている物が多かった。

「いいのよ。直感で」

「……じゃあ、これなんてどうかな」

 そしてフウリは小さなクオーツが埋め込まれたピンクゴールドのバングルを指差した。フウリ的には少し派手過ぎるデザインであったが、アステリアが身につけるのであれば、本人の華やかさに相殺されて、丁度良い塩梅になると考えた故の選択であった。

「あら、いいわね。それじゃ、これを貰うわ」

 アステリアは何のためらいもなく、フウリの選んだバングルを購入する。フウリには内核世界における金銭感覚が殆どなかったが、アステリアが財布から取り出したお札の枚数を見て少し不安になる。

「もう、大丈夫よこのくらい。いい物にはちゃんと対価を払わないと」

 アステリアは購入したバングルを早速左手に着ける。

「どうかしら?」

「……いいんじゃないかな」

「ふふ、選んでくれてありがとう。大切にするわね」

 そう言って微笑むアステリアに、フウリは少し気恥ずかしそうに視線を逸らす。

「それじゃ……少し疲れたわね。ちょっと休憩しましょうか」

 アステリアは屋台街を抜けて小さな公園に入るとオアシスを望む小さなベンチに腰を下ろした。

「はぁぁ、楽しかった」

 アステリアは大きく伸びをする。

「少し休んだら、そろそろ帰ろう。夜ももう遅い」

 駐屯地を出た時にはまだ西の空に浮かんでいた太陽が、いつの間にかに草原の向こう側に沈み、今は半分の月が闇夜の空に浮かんでいた。

「それより、貴方も食べたら?本当に美味しいわよ」

 アステリアは手に持った袋から、串に刺さったバナナのシナモン焼きを手渡そうとする。

「僕はいいよ。美味しいならキミが食べるといい」

「そんなに遠慮しなくても……あっ、お金の事なら気にしなくてもいいわよ。あとで、請求したりしないから」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

 フウリは少し言い淀んだが、ポツリと零した。

「決まったもの以外は、食べられないんだ」

「そうなの……?」

 アステリアの表情が曇ったのを見て、フウリは取り繕うかのように言葉を紡ぐ。

「それに、生まれつき味覚が弱くて、今はもう殆ど何も感じないんだ。だから、何を食べてもかわらない」

 フウリとしては、気にしなくていいと伝えたつもりであったが、その思いはアステリアには上手く伝わらなかった。

「そうだったのね……ごめんなさい。私、一人ではしゃいじゃって」

「キミが気にする必要はないよ。これは、僕の事情だから」

 気まずい空気が二人の間に流れる。

「……これじゃ駄目ね。本当は貴方に楽しんでもらおうと思ったのに」

 その言葉を聞いて、フウリはアステリアが護衛の件などもすべて察したうえで、フウリを連れまわしていたことに気が付いた。

「マリウスとの決闘のことなら気にしなくていい、あれは仕事だったし、それに東部のクリスタル鉱山開発の件で会社に口利きをしてくれたみたいだし――」

「違うの」

 アステリアは強く否定する。

「本当は私、決闘をお願いしたとき、貴方を傷つけてしまったこと、謝らないといけないって思っていて……ごめんなさい。私いつもはこんな風じゃないのに、なんだか素直に謝れなくて、また貴方を――」

「いいんだ。それにあれは僕が悪い。キミが気に病むことはない。それに……」

 フウリは言うか言うまいか少し逡巡したが、意を決して言葉に出す。

「連れ回してくれて、楽しかったよ、ありがとう」

 フウリから初めて聞く優しい声音に、アステリアはドキッとして伏せていた顔を上げるが、フウリの表情はその言葉とは裏腹に深い悲しみを感じさせた。

「……ねぇ、貴方の状況は何となくわかっているわ。私が力になれることは無い?貴方さえよければ、どこかの騎士団に――」

 フウリは少し驚いたが、ゆっくりと首を振りそれから、左手のブレスレット型端末をわざとらしく見せつける。

「……あまりそう言う話はしない方がいい、誰かが聞き耳を立てているかもしれない」

 アステリアはすぐに察しがついた。こうして、フウリが単独でアステリアの目の前にいるとして、それが完全にフリーな状態のわけではないのだ。恐らく、フウリの居場所もそしてここでの会話もすべてフウリの上司には筒抜けということなのだろう。

 アステリアの表情が一層曇る。同情、憐憫、無力感。アステリアはフウリの現状が、まるで自身のことかのように心が傷つくのを感じた。

「僕は現状を受け入れている。こういう生き方しかできない……仕方のない事なんだよ」

「……それで、貴方は――」

 ――満足なの?

 アステリアは喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。満足なわけがない。そんなことフウリの表情を見れば一目瞭然であった。アステリアは何か、気の利いた言葉の一つでも浮かんでこないかと思考を巡らせたが、アステリアがその言葉を見つけるよりも先にフウリから意外な言葉が投げかけられた。

「でも、キミも同じじゃないの?」

「えっ?」

「キミは、皇女として生まれた。自分で選べたわけではない……許婚の話もそうだけど、誰かに決められた人生を生きてきたはずだ」

「……そうね、確かに私も何でもかんでも、自由に選んで生きてこられたわけじゃないわ」

 フウリの言葉にアステリアは頷きつつも、何処か懐かしむように語りだす。

「子供の頃は、何をするにも勝手に決められて、あれはするな、これをやりなさいって、まるで鳥籠の中にいるみたいだった。それが本当に嫌で、いつか絶対に抜け出してやるって思っていたわ。騎士学園に来たのも、親元を離れて自由を手に入れるためでもあるの」

「それで、自由は手に入った?」

「どうかしら?自由にしているつもりだけど……でもそれって私が皇女だから許されている部分もあって……結局私は都合よく自分の身分を利用しているって気づいたの」

 アステリアは自嘲するような笑みをこぼす。

「だから、私は皇族として義務を捨てて、全部から自由になんてきっとなれないし、その気も失くしてしまったわ。義務を放棄するということは、それに付随しているもの……権利や地位を捨てることになる。私はそれができるほど、潔くは生きられない。私は弱いから……これからもほどほどの義務を果たして、ほどほどの自由を手に入れる。そうすると決めたの。それが、今の私の答えよ」

 フウリは、アステリアの答えに納得したように深く頷いた。

「……そうか、それが現実的な判断だね。うん、貴女の話を聞けてよかった」

 フウリはベンチから立ち上がり、アステリアに手を差し伸べる。

「それじゃ帰ろうか」

「ええ」

 アステリアはフウリの手を取り、共に駐屯地への帰路に就いた。

【数十分後 オアシス都市ヴェリダン 騎士団駐屯地 特設室】

 駐屯地に戻り、フウリと別れたアステリアはアステリア用に特別に用意された上級騎士用の個室に入る。

「あ、アスティ」

「姫様、遅かったじゃないですか。心配しましたよ」

 部屋で寝ずに待っていたミオとレトにアステリアは無言で抱きつく。アステリアは強い衝動を感じていた。愛欲の衝動、だが今回は桁違いに大きなものであった。であるからこそ、このまま大人しく寝てしまえる程アステリアは我慢強くはなかった。

「ミオもレトも、お風呂はまだよね」

「えっ?は、はい」

「一緒に入ろっか?それとも一汗流してからがいいかしら」

 アステリアはレトの首筋にキスをして、ミオのシャツの中に手を入れ柔肌を撫で回す。

「ちょっちょっと!ダメです!明日早いのに……んっ」

「ごめんなさい、凄くしたい気分なの、我慢出来ない」

 違う人へ感じた愛欲を二人に解消させようとしている事にアステリアは一抹の申し訳なさがあったが、それでも自身の湧き出る衝動をコントロールできなかった。

「わ、わかったから、せめてお風呂に行ってからね?汗かいちゃってるから」

 アステリアは撫で回すのをやめると、二人の手を引いてお風呂場へと向かう。

「それじゃ、いっぱい洗いっこしましょうね」

「もう、姫様ったら」

 二人は呆れつつも、アステリアの蠱惑的な笑みに魅了されて、身体が疼くのを感じた。

 三人の夜はまだまだ終わらない。

【二日後 オアシス都市ヴェリダン 西方 草原地帯】

 ヴェリダンに到着してから三日目。発見されたドラゴンの卵の処理作戦のため、フウリ達はヴェリダンから西へ数十キロ程離れた草原の只中にいた。

 地平線の向こうまで続く広大な草原が、青白い月に照らされている。普段は多くの野生動物が闊歩しているのだが、まだ皆寝静まっているようで、これから戦闘が始まると言うのに、草原はまるで嵐の前の静けさのようにどこか不気味な静寂に包まれていた。

 臨時の野営地を出発してから一時間程で待機地点に到着した。そこで騎士団長のニノスと共にフウリ達学生組は待機となり、騎士団の主力部隊と別れる。主力部隊はアイギス八機と徴兵中心の歩兵集団であり、野生種のドラゴンの卵を破壊するだけにしては、些か大仰な部隊編成となっていた。

「まもなく作戦開始の時間ですが、皆さんはこのまま待機です。まあ、折角ですし襲撃部隊が粗方卵を一掃したら、歩兵部隊の護衛も兼ねて見学にでもいきましょうか」

 騎士団長のニノスが気の抜けた無線を入れる。

「そうですね……」

 アステリアは少し緊張しているのか返事が少し堅かった。

「……なんか緊張するね」

 緊張を紛らわせたいのかミオが思わずそう漏らす。

「そう、ですね。私達見ているだけなのに」

 レトも少し声が震えていた。

「二人とも肩の力を抜けよ……なんて、俺も言えた義理じゃないが。フウリはどうだ?」

 マリウスから話を振られたフウリだったが、考え事をしていたので反応できなかった。

「フウリ?どうかしたか?」

「ん、いや……」

「もしかしてお前も緊張してる……訳ないか」

「……少し嫌な感じがする」

「嫌な感じ?」

 フウリは己に感じている違和感を確かめるため、コックピットハッチを開けて二キロ程離れている廃村を直に見据える。

「フウリ、どうしたの?」

 アステリアが訊ねる。

「プレッシャーを感じる」

 フウリの表情が険しくなる。

「プレッシャーって……」

 アステリアも体の芯がビリビリするような感覚があった。そしてこの感覚を以前にもアステリアは感じたことがあった。

「この感じ教会都市が襲われる前にも感じた様な……」

「……二人ともどういう事?」

 ミオが不安げな声を出す。

「……聞いた事があります。エーテル適性が高い人はドラゴンの気配を感じるって。そういう事じゃないんですか?」

 レトがそう言うが、フウリは首を振る。

「この感じ、野生のドラゴンにしては強すぎる。数が多いのか?……それとも……」

 フウリ達がそうして話し込んでいると、襲撃部隊からの無線が入る。

「目視できる卵は破壊完了」

「了解だ。作戦の第二段階へ移行する。諸君はそのまま現場で待機していてくれ」

 無線通話を終えると騎士団長が歩兵部隊に号令をかける。

「本作戦は第二段階へ移行、歩兵部隊は前進、撃ち漏らしがないか確認を――」

 その瞬間であった。闇夜を切り裂く四条もの光が迸ったのは。

「まさか……‼︎」

 フウリが驚愕する。一瞬の静寂の後、無線には悲鳴に近い報告が流れる。

『ち、地中よりド、ドレイクが⁉︎』

『ワイバーンも複数‼︎く、来るなッ――』

 空気が一気に張り詰めるが、その変化に対応できる者は少ない。騎士団長であるニノスもまた例外ではなかった。

「ま、まさかドレイク級だと⁉︎い、一時退避を、体制を立て直さなければ……」

 ニノスはそう言うと、我先に退避しようとしたが、それをアステリアが止める。

「部隊を見捨てるのですか⁉︎せめて歩兵部隊の退避を支援しなくては」 

「あ、は、そ、そうでありますな。いや、違うドラゴンが街に向かえばとんでもない事に……ダメだ、そ、それは避けねば……!」

 ニノスは、退避しようとしていた歩兵の乗るトラックに立ち塞がる。

「逃げるな‼︎突撃だ‼︎何としても街は守らなければならない‼︎」

 フウリが小さな溜息を漏らし、コックピットに戻る。

「で、殿下は退避を‼︎他の者は、私に続け‼︎騎士としての‼︎ほ、誇りを見せる時だ‼︎」

 ニノスの声は裏返っており、完全に冷静さを失っていた。

「ニノス騎士団長!」

 アステリアが強く威圧感のある声で騎士団長を呼ぶ。

「歩兵部隊はドレイクの前では無力です。今すぐ撤退させてください。ここでイタズラに犠牲を増やすわけにもいきません。騎士団長は歩兵部隊を護衛しつつ後方にて部隊の再編成をお願いできますか?」

「い、いや、しかし」

「しかし?」

「いえ!仰せのままに」

 騎士団長は歩兵部隊を引き連れ退避を始める。

「ミオとレト、マリウスも一緒に退避なさい」

「君はどうするんだ?」

「私には責務がある。ここで部隊の撤退の支援をします」

 マリウスからの問いかけにアステリアは迷いなくそう言い切った。

「……背負う必要のない事をやろうとしている」

 フウリは引き留めるというよりも、アステリアの覚悟を問うた。

「わかっているわ。でも、皇族としてここで我先にと逃げることはできない。ごめんなさい、フウリ。貴方は退いてと言ってもそうできないのでしょう?申し訳ないけれど、付き合ってもらえるかしら」

 フウリはもう一度小さな溜息をした後、心を戦闘モードに切り替える。

「わかった。僕が先行する、君は援護を。それと注意点、低空飛行で絶対に足を止めないで。あと出力は盾に優先してまわすこと。運が良ければ一発なら耐えられる」

「ええ、了解よ」

「待ってボクも一緒に」

 ミオの申し出をフウリが止める。

「ダメだ、陸戦型ではドレイクのブレスを避けきれない。戦う気があるなら、撤退する部隊の護衛をしてくれ」

 ミオははやる気持ちを抑え、ここはフウリからの指示に従う方が賢明だと悟る。

「……わかった、二人とも無理しないで」

「ええ貴女も」

 そうしてフウリとアステリアは飛び立つが、すぐに一機が後を付いてきた。

「マリウス!貴方は――」

「俺のも飛べる。戦力にはなってみせるさ」

 マリウスは、自身の恐怖を誤魔化すように努めて明るい声を出す。

「君が死んでも、僕は責任取れないよ」

 フウリが脅すようなことを言うが、マリウスはそれをフウリなりのジョークと捉えた。

「フッ、死ぬ気はないさ」

「そう、なら好きにすればいい」

 フウリはそう言うと危険を承知で、急上昇して敵の数を確認する。

「反応はドレイクが四、ワイバーン三〇か……襲撃部隊残存は三。ドレイク級が厄介だが、ワイバーンを放置すれば歩兵部隊の被害が増えるか――」

 ドレイクが上空のフウリ目掛けてエーテルブレスを放つ。しかし、それは大きく目標を外れて虚空を穿っただけだった。フウリは幾多の戦闘経験により、人一倍ドレイクの目線には敏感であった。今回もドレイクの狙いにいち早く勘付き、機体を急降下させてエーテルブレスを回避していた。

「まずはドレイクの数を減らすべきか……アステリア、ミサイルを使え、全弾使っていい!」

「了解よ」

 アステリアは両肩に装備された二機の連装ランチャーから、対地ミサイルを発射した。ミサイルは発射後、急加速して音速を超えドレイクに襲いかかる。しかし、ミサイルの着弾よりもドレイクの反応が早い。ドレイクがミサイルを迎撃のためブレスを放たとうとした刹那、一体のドレイクの頭部が弾けた。

「まずは一つ……!」

 フウリが装備している五七ミリ狙撃砲から放ったオリハルコン製徹甲弾はその運動エネルギーだけでドレイクの頭部を粉々に破壊する。

 フウリは動きを止めることなく、次にミサイルを迎撃したドレイクの一体に狙いを定め狙撃砲を発射、これも急所を捉え難なく撃破した。

 フウリの扱う五七ミリ狙撃砲は対ドレイク戦の強力な武器ではあるが、決して一撃必殺の兵器なのではない。急所である頭部や心臓を射抜かなくては、ドレイクの強靭な生命力によりすぐさま再生されてしまう。易々とドレイクを屠っているように見えるが、それはフウリの技量あってこその結果であった。

「ドレイクは僕が仕留める。二人は弾幕を張ってワイバーンの足止めを」

 フウリはアステリアとマリウスにそう指示を出しつつ、敢えて急上昇し、ドレイクの狙いを自身に引き付ける。フウリは自分に視線を向けたドレイクに対し、ブレスを放たれるよりも早く、狙撃砲を放ちこれを撃破する。

 残る一体のドレイクが必死にフウリを狙うが、その尽くをフウリは回避する。その近くではアステリアとマリウスが歩兵部隊に追い縋るワイバーンを牽制している。

「アステリア!君は左翼を」

 マリウスは右腕の低圧砲を連射し、接近しつつあったワイバーンを撃墜する。

「やってやるわよッ!」

 アステリアの機体に装備されたデス・ドリルが高速回転しつつ、砲弾の嵐を撒き散らしワイバーンを蹴散らしていく。

「殿下!申し訳ありません。我らも援護を!」

 初期の混乱から何とか立ち直った襲撃部隊の生き残りも友軍撤退のため援護に入る。ちょうどその時、フウリが四体目のドレイクに止めを刺した。

「フウリ、流石ね。このまま押し切れば――」

 勝てる――アステリアがそう思った時であった。地中から再び光が放たれる。その光はアステリアを狙っていた。

「アステリア!」

 マリウスが叫び、カバーに入ろうとしたが到底間に合わない。

「うッ!」

 アステリアに直撃したエーテルブレスは、アステリアが咄嗟に構えた盾に直撃し光の粒子が四方に飛び散る。

「アステリア、無事か!」

「……ええ、私なら大丈夫」

 アステリアはブレスを盾で受け切ることができた。だが、その代償として盾が完全に破壊されており、次にエーテルブレスの直撃を受ければ確実に撃破されてしまう。

「アステリア、下がれ。これ以上は……ぐわッ⁉︎」

 マリウスもまたエーテルブレスの直撃を受ける。盾を構えていたようだったが、当りが悪かったのか、盾ごと左腕と左の飛行ユニットを失い、墜落する。

「マリウス⁉︎」

 機体が大地に叩きつけられるその寸前で、射出座席が飛び出す。

「生きてはいるのね。いいから逃げて!なるべく遠くへ!」

 アステリアがパラシュートを開いて降下中のマリウスにそう伝えている間に、生き残りのアイギスがアステリアの盾になるように移動してくる。

「殿下!お逃げくださいっ!もう、持ちこたえられません!」

「でも、まだ……!」

 歩兵部隊の撤退にはもう少し時間を稼ぐ必要がある。しかし、戦況は厳しかった。

 ドレイクや数十体のワイバーンが、撤退する歩兵部隊を追撃している。対するこちらは前線にフウリとアステリア、襲撃部隊の生き残りも合わせて五機しかおらず、後方に控えているミオとレトを足しても二倍以上の戦力差があった。

「ドレイクがまた三体も……やれるのか」

 フウリは狙撃砲の空になった弾倉を交換する。準備不足であったと言われればそれまでだが。ここまで本格的な戦闘を想定していなかったため、狙撃砲用の徹甲弾は一〇発のみで、四体のドレイクを倒すのにその半分、五発入り弾倉1つを使い切ってしまった。徹甲弾がなくなればあとは、通常の榴弾しかない。また近接戦に持ち込もうにも、ワイバーンの数を減らさないことには、そう易々と接近することもできなかった。

「ッ!」

 二体のドレイクから放たれたブレスがフウリを掠める。絶体絶命の状況。だが、そんな時でさえ、フウリの思考は乱れず、むしろよりクリアにそして鋭敏になっていく。一秒が何倍にも引き伸ばされ、戦場のすべての動きが手に取るようにわかる。それは、あたかもこの場を支配しているかのような、言いようのない万能感をフウリに与えていた。

「……!」

 フウリは機体のリミッターを解除する。リアクターの活性化率が九八パーセントまで上昇し、機体の出力が大幅に上昇する。

「一気に仕留める……!」

 フウリは高機動で動きつつ、続けざまに発射直前であった二体の頭部を狙い、それぞれこれも一撃で仕留めて見せた。フウリは残る一体のドレイクが放ったブレスを急上昇で難なく回避し、逆に狙いを定める。

「これで……!」

 フウリは狙撃砲の引き金を引き、放たれた砲弾は正確にドレイクに向かう。しかし、やけに細身のドレイクはその砲弾をするりと身体を捻って回避する。フウリは再度徹甲弾を放つが、これもまた回避されてしまった。

「ドレイクにしては身軽かッ!」

 フウリは冷静さを失わず、ドレイクが避けれないように距離を詰めて最後の徹甲弾を発射するが、タイミングが遅かった。

「ッ⁉︎」

 フウリが発砲した瞬間、細身のドレイクもまたエーテルブレスを発射、ブレスは徹甲弾を光化、消滅させ、そのままフウリを襲う。

「フウリッ⁉︎」

 アステリアが思わず声を上げる。しかし、フウリを捉えたかのように見えブレスは、右翼の三分の一を消し去っただけに終わった。フウリは獲物を狩るハヤブサのように急降下し、細身のドレイクを踏みつけ、その動きを封じる。

「終わりだ」

 フウリはバックアップとして携行していた、マシンピストル型の機関砲を突きつけると、容赦なく引き金を引き、細身のドレイクの頭部を粉々に砕いた。

 ドレイクが全滅させられ、残ったワイバーン達は怒りの咆哮を上げるが、フウリから発せられる威圧感に気圧されたのか、フウリに襲いかかるワイバーンはいなかった。

 残るワイバーンは三〇体前後、装備を消耗し機体が損傷を受けた今、無理に戦闘継続せず、編成中であろう応援部隊と合流するのがセオリーであったが、今のフウリは合理的判断よりも、己の湧き上がる闘争本能に従うことを選択した。

 フウリは地上でステップと低空飛行を織り交ぜた機動を行いつつ、クロスレンジでの戦いを選択し、あっという間に五体のワイバーンを屠るが、ここで狙撃砲が通常弾も含めて残弾がゼロになる。

「……フウリ!もういい引きなさい!」

 アステリアからの無線を無視して、フウリは撃ち尽くした狙撃砲を捨て右大腿部に格納されていたカランビットナイフ型のオリハルコン製アイギス用が高周波ナイフを取り出す。フウリはスラスターを全開にするとワイバーンの群れに突っ込み、機関砲とナイフで次々にワイバーンを屠っていく。しかし、ワイバーン達も黙ってやられはしない。フウリが危険だと判断するとワイバーン達はフウリに攻撃を集中、その動きを封じようとする。だが、そうやってワイバーンが集まった所に砲弾の嵐が吹き荒れた。

「全く、世話が焼けるんだから」

 アステリアがデス・ドリルを唸らせながら突撃する。

「邪魔なのよ!」

 アステリアは砲弾の雨に怯んでいたワイバーンの一体に接近すると、そのままデス・ドリルの鋭利な先端でその腹を突き刺し、体内に直接砲弾を送り込む。そんな攻撃を受けたワイバーンはひとたまりもなく、上半身と下半身が分離し絶命した。

「油断するな!」

 倒したのはいいものの、完全に足を止めてしまったアステリアにワイバーンが襲いかかる。アステリアが何とか距離を取ろうと、バックステップをしたところで、フウリがワイバーンを上空から踏みつけ、至近距離からのマシンピストルの掃射を浴びせ仕留める。

「あと何体残っているの?こっちはもうすぐ弾切れよ」

「いやこれで終わりだよ」

 フウリは残っていた二体のワイバーンを続け様に撃破した。

「ダメよ。まだ嫌な感じが残っているわ」

 アステリアの不安はすぐに的中した。機体の無線から緊迫した救援要請が流れる。

『巨大なワイバーンが‼︎あぁぁっ‼︎騎士団長が‼︎至急応援を‼︎』

「後方にも⁉︎ミオとレトは⁉︎」

「こんなドラゴンの出かたはおかしい。一体どうなっているんだ……?」

 想定外過ぎる事態に困惑する二人であったが、今はとにかく一刻も早く救援に向かうしかなかった。

 フウリ達が救援要請の無線を聞いている頃、ミオとレトは自身の中の恐怖と戦っていた。突如出現した巨大なドレイク一体を含む、複数のワイバーンを前にして足が竦んでしまっていたのだ。

「騎士団長⁉︎」

 ワイバーンの出現に混乱し、一人離脱しようとしたニノスは、ワイバーンのブレスにより翼をもがれ、大地に引き摺り落とされると、ワイバーン達のオリハルコン製の爪や牙で機体をズタボロに引き裂かれた。

「このままじゃ……‼︎」

 ミオは惨状を目の当たりにして、眠っていた闘争心に火がついた。

「わぁぁぁッ‼︎」

 ミオは突撃を始め、右腕に装備していた20ミリマシンガンをワイバーン目掛けて連射する。しかし、大型のワイバーンは至近距離からのマシンガンの斉射をものともせず、ミオに襲いかかる。

「ぅッ‼︎」

 ミオは襲い来るワイバーンに怯まず、敢えて前へ踏み出すと、そのまま左腕の盾をぶつけて、ワイバーンを突き飛ばす。

「これで‼︎」

 激突の衝撃で両者ともに大きく仰反るが、ミオはなんとか踏ん張ると、右腕のマシンガンを副腕に預け、背部に懸架していたアイギス用ピックシャベルを握る。

「おりゃぁぁッ!」

 ミオはピックシャベルを引き抜いた勢いそのまま、目の前のワイバーンに振り下ろした。刃が深々とワイバーンの胸を穿ち、ワイバーンは泡を吹いてもがくが、程なく絶命した。

「……やった」

「ミオ、後ろ‼︎」

 レトが叫ぶ。

 ミオはワイバーンを倒した事で一瞬気が緩んでしまい、その背後を狙う敵の存在に気付くのが遅れた。ミオは慌てて防御姿勢を取ろうとするが、それよりも先にレトが割り込む。

「レト⁉︎」

 ワイバーンから眩い光と共にブレスが放たれる。

「ッ‼︎」

 強い衝撃が走るが、そのブレスの威力はドレイク級のように盾を破壊するには至らない。

「このッ……!」

 ブレスを防ぎ切ったレトとミオは、反撃を行うがワイバーンのスピードと数に翻弄される。

「まずい、このままじゃ囲まれる!一旦下がろう!」

 ミオはそう言うなり、各部のスラスターを最大出力にして大きく跳び退くが、レトはタイミング悪く脚部にワイバーンのブレスを受けてしまった。

「スラスターが……!」

 ワイバーンのブレスは当たりが浅く、脚部の機能はまだ生きていたが、脚部に装備されていたスラスターが損傷しレトの機動性を大きく損なわせていた。

「ダメッ!」

 ミオが反転してレトの援護に入ろうとしたが、間に合わない。

「きゃぁぁぁッ‼︎」

 動きの鈍ったレトの、一体のワイバーンが飛びつきそのまま押し倒す。

「レト‼︎」

 レトは勢いよく叩きつけられて、そのまま動かなくなる。

「レトが……!どうすれば……」

 ミオはレトを助けに行きたいが、複数のワイバーンの波状攻撃を受けてそれを凌ぐだけで精一杯だった。

(ダメ……このままじゃ……)

 絶体絶命のその時だった。空からの砲撃がワイバーンを襲う。

「……遅い」

 上空から現れたフウリは流れるようにワイバーンを屠っていくと、そのままレト機に取り付いていたワイバーンの首をすれ違いざまに高周波ナイフで刎ねた。

 残された一匹のワイバーンは怖気付いたのか、背中を向けて逃走するが、それを阻むように月明かりに照らされた刃が煌めく。

「これで終わりよ‼︎」

 上空から急降下してきたアステリアが勢いそのままにロングソードを振り下ろし、ワイバーンを文字通り一刀両断に切り伏せた。

「はぁ、今度こそ終わりよね?もう弾切れよ……」

 アステリアは自信なさげに周囲を警戒する。

「そうだ、レトは――」

 アステリアがレトの機体に駆け寄ろうとした時には、既にフウリが機体を降りてレトの元に駆けつけていた。

「君は降りないで、周囲の警戒を」

 フウリの指示にアステリアは黙って従う。今ここで機体を降りるのは危険であるが、それでもアステリアのためにフウリはレトの安否を確認しに行ったのだ。その事はアステリアにも理解できた。

 アステリアは気を紛らわせるためにも、周囲の状況をよく観察する。草原の至る所から炎が上がっているが、さっきまで感じていた強いプレッシャーはもう感じない。確かにドラゴンを全滅させる事ができたようだった。

 そうしている内にフウリがコックピットからレトを抱えて出てくる。

「……大丈夫。気を失っているだけだ。目立った外傷もないたぶん脳震盪だと思う」

「そう、取り敢えずはよかったと言っていいのよね……」

 アステリアは大きく息を吐いた。そこにミオが近づき声をかける。

「ありがとう、アスティそれにフウリも。二人が間に合ってなかったらボクもレトもダメだったかもしれない」

「いいのよ、ミオ。本当に生きていてくれてありがとう。心の底から嬉しいわ」

 東の空が明らみ始め、草原に倒れた者達を優しく照らし出す。一面に広がる戦いの後を見て、アステリアは生き残れた事がいかに幸運に恵まれたことなのかを思い知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る