第2話

【数日後 パレストラ重騎士学園 大講堂】

 マリウスとの決闘の後、フウリは連日決闘を行っていた。突然の会社の方針転換にグレーをはじめ現場の人間は戸惑いを覚えてたが、本社のプレジデントAIからの指示とあれば黙って従うほかなかった。

 そんな決闘続きの日が続いた後、フウリは数日ぶりに校舎へと足を運んでいた。基本的に座学には顔を出さないフウリであったが、決闘は当人同士が直接了承する必要があるため、次の決闘を取り付けるには、学園に顔を出す必要があったのだ。ただ、問題なのはフウリがマリウスに勝ってからというもの、外殻人生徒に対する嫌がらせが何件も発生しており、今のところ学園内は外殻人が安心出来る場所ではないという事だ。

 フウリがミオを連れて講堂の扉を開けると、午前の講義が終わったばかりで騒がしかった大講堂が静まり返る。フウリが暫く待っていると数人の生徒が近づいてきた。

「おい、決闘だ。断らないよな?」

 大柄な生徒が鋭い眼光でフウリを威圧するが、フウリはそれを一切意に介さず集まってきた他の生徒を見た。

「他の人も同件でいいんだよね」

 数人の生徒がそれぞれ肯定する。

「いいよ、全員受ける。名前は介添人の彼女に伝えて、スケジュールは生徒会が調整するだろうから」

 フウリが淡々と話していると、その冷めた対応が気に障ったのか、決闘を挑んできた大柄の生徒がフウリの胸倉を掴んだ。

「お前、外殻人風情が、あんま調子乗んじゃねーぞ!」

「や、やめてよ!」

 ミオは咄嗟に間に入ろうとしたが、大柄の生徒がそれを払おうと手を上げる。

「邪魔なんだよ!って」

 ミオに振り下ろされようとした手をフウリが止めていた。

「クソ、放せよ、ってか痛えって」

 フウリは無言で、胸倉を掴んでいた手も引きはがしてから、大柄の生徒を解放した。大柄の生徒はフウリに握られた手がよほど痛むのか、しきりに摩りながら悪態をつく。

「お前、俺に手出ししてただで済むと思うなよ。俺の家はなぁ――」

「アカマス、やめろ」

 アカマスと呼ばれた大柄の生徒を諌めたのは、マリウスであった。

「今のはどう見たって君が悪い」

「なんだよ。はっ、混ざりものの外殻人に負けたくせに、偉そうにすんじゃねーぞ」

 マリウスへの侮辱により、マリウスの取り巻き達が一瞬殺気だったが、それをマリウスが無言で制した。

「アカマス。俺たちは騎士だ。品のない振る舞いは、慎むべきだろ?家の名に傷をつけることになる」

「なんだ⁉︎」

 アカマスは腰に下げた剣の柄に手を掛けるが、マリウスは一歩も動かず目線も一切逸らさずアカマスを見据えていた。

「君のお父上は立派な方だ。今の君のような態度、感心されないんじゃないか?」

「チッ、クソッ」

 アカマスは柄を握る手に力を込めたが、結局剣を抜くところまではいかず、周囲の無言の圧に押され、舌打ちを残して講堂を後にした。

 フウリは事態が落ち着いたのを見ると、ミオにアイコンタクトを送る。決闘の申し込みが終わったのなら、トラブルを避ける意味でも講堂に長居する理由はなかった。

「フウリ・クジョウ」

 講堂から立ち去ろうとするフウリにマリウスが声を掛ける。

「ちょっと話さないか?いいだろう?ここじゃ……あれだな。ちょっとこいよ」

 マリウスはフウリを追い抜き、講堂を出る。

 フウリはマリウスの後を追う理由がなかったため、立ち止まりミオに視線を送る。

「行っていいんじゃない?大丈夫、教官には言わないから」

 フウリはそれでも少し迷っていたが、結局マリウスの後を追うことにした。

 マリウスとフウリは屋上へと出た。屋上でも多少の人目はあるが、あからさまに聞き耳を立てている者はいなかった。

「……悪いな急に」

「で、何の用ですか?」

 マリウスは少し気まずそうな表情を浮かべた後、目を伏せ小さく頭を垂れた。

「すまない。君に……いや、君達にいろいろと迷惑をかけてしまった」

「ルプス卿の責任ではないでしょう」

「うーん、妙な事はしてくれるなって言ってるんだが……こんな事になるとは……」

「貴方が気にすることではないですよ。では、これで」

 フウリは踵を返し帰ろうとするが、マリウスが引き留める。

「ちょっと、待ってくれよ。もう少し付き合ってくれ」

「……まだ、何か?」

「そう邪険にしなくてもいいだろ?君や外殻寮の生徒への嫌がらせについては、止めるように改めて俺から言っておくし、生徒会にも働きかけてみるよ」

「……そうしてもらえると助かります」

 そうして、嫌がらせの件を話し終えると、マリウスはようやく本題を話し始める。

「ああ……あとあれだな、君は本当に強いな。いや、正直言うと君に負けた時、最初運が悪かったと思った。もう一度戦えば今度は勝てるんじゃないかってさ。けどそうじゃなかった。あれから決闘するたびに君は強さを増している。考えてみれば、こっちは決闘一〇〇回目で君は初めてだったんだものな」

 マリウスは肩を落とす。

「もう一度一〇〇連勝を目指すことも考えたが、君がいる限り難しいだろう」

 少し落ち込んでいる様子のマリウスを見て、フウリは珍しく慰めるような事を言った。

「……上手く立ち回れば、僕と戦わなくても済むかもしれない」

 マリウスはフウリの提案に驚くとともに、笑いをこぼした。

「立ち回りか……どうだろうな、まあ、考えておこう……と言うか、あれだな」

 マリウスは少し言い淀んだ後に、はにかむような笑顔を浮かべた。

「そのさ、他人行儀は止めないか?きっといい友人になれると思うんだ俺たちは、違うか?」

「……違うと思いますけど」

 フウリはマリウスの言葉に対して共感を覚えなかったが、強く否定する事もなかった。

「そうか?まあとにかく、気軽にいこう。あと、俺のことはマリウスと呼んでくれ」

 フウリはその言葉に小さく頷いた。

「わかった。それじゃマリウス、話はこれで終わりかな」

 フウリは再び帰ろうとしたが、マリウスがその肩を掴み引き留める。

「おいおい、せっかく友達になったってのにすぐ帰ろうとすんなよ。つーか、実はまだ話したいことが一つある。実はこっちが本命なんだ」

 マリウスはイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「なあ、アステリアをどう思う?」

 予想外の質問にフウリは小さく首を傾げる。

「はは、いや、わりと真剣な話なんだぜ」

 マリウスの真剣な表情を見て、フウリは脳内にアステリアとの会話を思い返してみる。

『自分で選んでこその人生でしょ』

 アステリアから投げかけられたその言葉が、あの日からフウリの脳裏に反響していた。確かにアステリアの言う通りだとフウリは認めていたが、自分自身で道を選べる自由がある事の贅沢さを知らないのだと、フウリは深い憤りを感じずにはいられなかった。

 フウリがそんな怒りを押し殺して出てきたのは――

「……少し苦手かな」

 というなるべく毒気を抜いた言葉であった。

「ふっ、そうか、そういう感じ方もある。フウリ、君は素直でいい」

 フウリの言葉を受けてもマリウスもわかるよといった風で、納得していた。

「アステリアは我が強い。まあ、あの性格には慣れがいるな」

 マリウスは嘘偽りない言葉を吐露する。

「アステリアは……悪く言うと裏表が激しい。誠実で責任感もあるが、狡猾で我儘でもある」

 マリウスのその言葉には、フウリも同意することができた。

 アステリアは、策を巡らせながらも一線は超えず、約束は守る。皇族としての振る舞いをしながらも、自身の我儘を押し通そうと策を巡らせる。一見矛盾した人物に思えるが、不思議なことにそこを魅力と感じ、多くの人を引き付けていた。

「でもさ、俺は彼女のそんな所が好きなんだ……だからこそ手に入れたい」

 そう言ったマリウスの表情は、真剣そのものだった。

「……そんなに欲しいなら、さっきも言ったけれど上手くやればいい。マリウスなら僕以外には勝てるだろう」

「ははっ、言ってくれるな」

 マリウスはニヤリと笑った後、少しの間考え、それからゆっくりと首を横に振った。

「うーん……まあ、それはやめておこう。俺の流儀に反する」

「だけど、彼女はそうした」

「いいのさそれは。アステリアには彼女の流儀、彼女の自由、彼女の選択肢がある。俺とは違うってだけさ」

「……わからないな」

 今度はフウリが首を横に振った。

「君たちはせっかくたくさんの選択肢を持っているのに、流儀や約束だと言って、自分からその自由を縛っている。それは僕から見ると贅沢に見える」

 フウリの言葉にマリウスは驚いたが、同時にその言葉を肯定するように深く頷いた。

「確かに。見る人から見れば贅沢で……無駄ばかりの生き方をしているんだろう」

 マリウスは周囲を見渡す。遠巻きで二人の様子を窺っている生徒は何人かいたが、誰も二人の会話が聞こえるような距離にはいなかった。

「そうだ、これも詫びのついでに聞いてくれ」

 マリウスは声のトーンを落として語りだす。

「婚約の件、本来なら急ぐ必要はないんだ。実はな、俺とアステリアはもう許嫁なんだ。俺の家とアステリアの母方の繋がりが強くて、小さい頃からよく会っていたんだ。まあ、まだ正式に決まっているものではないが、既定路線というやつさ」

「……そう」

 アステリアとマリウスが許嫁の関係にあるということにフウリは、全く驚かなかった。アステリアとマリウスは共に学園の高嶺の花、傍から見てもお似合いの二人であった。だがしかし、それなら一つの疑問が浮かぶ。

「だけど、それならなんで決闘なんか……茶番じゃないか」

「はっきりと言う。確かに茶番だ。未来はもう決まっている」

 マリウスは遠い瞳で天を仰ぐ。

「……彼女も難儀な宿命だ。誰より自由を愛する彼女も、所詮は籠の鳥。本物の空は知らず、ただ狭い籠の中の小さな自由を謳歌しているに過ぎない」

 アステリアも皇族である以上、その人生には様々な枷がある。そんなことにフウリはマリウスの言葉で初めて気づかされた。もしかすると、アステリアもまた自分と同じ苦しみを抱えているかもしれない。そう思うと、心の中にあったアステリアに対する苦手意識が、少し薄れていくのをフウリは感じた。

「……彼女も自由を求めている?」

「そういうことかもしれん。だがなフウリ、オレは思うんだ。未来は変わらないかもしれない。だが、結果に至る道は一つじゃない。ただ漫然と結果を待つより、自分で進み、選んで、自分が納得する形で結果を受け入れたい。そう思うんだ。きっとアステリアもそれは同じなんだと思う」

 マリウスは少し真剣に話過ぎたと、恥ずかしさを誤魔化すように頭を搔いた。

「……まあ、語っといてあれだが、アステリアならそれこそ上手くやってさ、鳥籠から逃げ出すんじゃないかって不安も正直ある。そうなる前に手に入れておきたい、ってのが本音ってところかもな」

「……意外と心配性だ」

 フウリは自分では気づかなかったが、ほんの少し頬が緩み柔らかな表情になっていた。

「慎重だと言ってくれ」

 マリウスはやれやれといった風に首を振った。

「まあ、要するにだ。俺はアステリアが欲しいが、同時に自由な彼女が好きな自分がいる」

「……難儀だね」

「ははっ、違いない」

 マリウスは屈託のない笑みを浮かべた後、改めてフウリと向き合い右手を差し出した。

「良かった君とこういう話ができて」

「……そう、ならよかったよ」

 そう言いつつもフウリも右手を出して、マリウスと握手を交わした。

「昼飯はどうする?予定がないなら俺たちと一緒にどうだ?」

「悪いけど、寮に戻るよ」

「そうか。じゃあ、また今度誘わしてもらうよ。あっ、次はアイギスの操縦についても相談させてくれ、いいよな?」

「ああ」

「じゃ、またな」

 マリウスはフウリの肩を軽く叩いてから屋上を後にした。

【同刻 パレストラ重騎士学園 校舎内】

 そうしてフウリとマリウスが屋上で語り合っている頃、一人残されたミオは目立たないように小さくなりながら、寮への帰り道を急いでいた。

「ミオ!」

「ひッ⁉︎」

 急に声を掛けられたミオは、小動物のような悲鳴を上げてしまった。

「ア、アステリア様?」

 ミオの背後にはアステリアとエオスが立っていた。

「うふふ、ごめんなさい驚かせるつもりはなかったのよ」

「は、はい。えっと、それで何か御用でしょうか……?」

 アステリアは微笑みながらミオに近づくと、彼女にしか聞こえないような声で囁く。

「ええ、急で悪いのだけれど、今夜ってお暇かしら?」

「え、えっと、今夜ですか?」

 ミオは今日の夜の予定を思い返してみたが、特に心当たりはなかった。

「ない……ですけど……?」

「そうなのね!」

 アステリアはミオの手を取り、胸の前まで持ってくる。

「ミオさえよければなのだけれど、お泊り会にお誘いしたくって」

「お、お泊り……?」

 ミオは目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。

「折角知り合えたというのに、なかなかお話しする機会がなくて残念に思っていたの。実は私、あなたのことすごく気に入っていて、もっとあなたの事を知りたいと思っているし、私のことも知ってほしいの。ダメかしら?」

 アステリアの押しの強さにミオは圧倒されていた。

「すごく嬉しい……いんですけど、外泊許可が出るか聞いてみてからじゃないと……」

「そうなのね。なら今から聞きに行きましょう。グレー教官でいいのかしら?」

「は、はい」

 アステリアはミオの手を取ったまま歩き出す。

「それなら一緒に行きましょう。きっと許可をくださるわ」

 グイグイと引っ張られていくミオは、エオスにSOSのアイコンタクトを送ってみたが、エオスは黙って首を振るだけであった。

「きっと今夜は楽しい夜になるわ。ね、ミオ?」

 アステリアの浮かべる蠱惑的な笑みは、ミオの鼓動を高鳴せたが、同時にぞくっとするような怖さも感じさせていた。

【数時間後 学園都市パレストラ 3Sパレストラ支部 格納庫】

 結果としてミオの外泊はあっさりと許可された。ミオはてっきり渋い顔をされるのではないかと気を揉んでいたのだが、グレーとしてもあまりアステリアと問答をしたくなかったようで、明日の決闘の準備が終われば好きにして良いと早々に許可を出した。

 それから暫く、ミオはアステリアとの約束の時間に間に合うようにと、フウリが明日の決闘で使用する909番の機体の整備をテキパキとこなしていく。

 アイギスの搭乗者として訓練を受けるために学園に通っているミオであったが、フウリを介添人としてサポートを担当しているうちに、アイギスの操縦よりもこうしたサポート業務の方が、自分に向いていると薄々感じていた。

「ふぅ、ここまでかな。クジョウくん、調整終わったから、確認お願い」

「……了解」

 フウリと会話を交わしていく中で、ミオはフウリの繊細さを感じていた。フウリは、無口で無表情な人物であったが、それが本来の彼でないことはミオにもすぐに分かった。よくよく観察しているとちょくちょく感情が態度に出ていることがわかる。要は、いろんなことを我慢して、表に出さないようにしているだけなのであった。そんな彼の姿にミオは、同情していた。それが傲慢な事だとは自分でも感じていたが、どうしても彼が脆く儚い存在に見えてしまっていたのだ。

「……似てるのかな私達」

「?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 ミオは思わず呟いてしまった言葉を誤魔化す。

「そうか」

 フウリは特に興味なさそうに直ぐに作業に戻った。

 フウリは909番機の操縦席で、新品に交換した各種コンソールのチェックを終えると、ヘッドギアを装着し仮想空間内で機体を操縦、いつも通りの感覚で動かせるか確認を行い、不具合や調整が必要な部分があれば、逐一ミオに伝えすぐに修正を加えていく。ただ、909番機は連日の酷使で、通常整備では取り切れない歪みが生じていた。そのため、決闘前の準備は徐々に長くなり、その時間の大半は機体に生じた歪みが操作に支障をきたさないように、システム側で補正を掛けることに費やされていた。

「それにしても、こんな調整でよく動かせるよね……」

 ミオは機体と接続されているタブレットに表示された数値に目を落とす。そこには、冗談としか思えないような数値が並んでおり、とてもじゃないが機体の反応が過敏すぎて、自分では歩行するだけでも大事故を起こしてしまうだろうと思った。

「こんにちは、クロカワ君」

 ミオがタブレットの数値に集中振り向くと、白衣を着た壮年の男性が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

「あ、イオナ先生、お疲れ様です」

 ミオに声を掛けたのは、3S社の専属産業医イオナ・ゾリンであった。

「お疲れ様。久しぶりだね。体調はどう?薬の方も大丈夫かな?」

「はい。問題ありません……と言いたい所ですが、やっぱりリアクター適正値が伸び悩んでいて……」

「うーん、そっか。元々が高めだったから少し伸び率が悪いのかな……?現行のアイギスは新型エーテルリアクターが搭載されているから、低い適合値でも操縦が可能になった。ただ、そうは言っても基本的には適合値の高い方が身体負荷も少ないし、余力があれば緊急出力も使える」

「はい。せめて七〇パーセント以上……せめて飛行訓練ぐらいできるようにないたいなぁ、って思うんですけどなかなか難しいですよね」

 ミオも操縦技術に関してはなかなか光るものを持っていたが、肝心のエーテルリアクターとの適正値が低いままだった。高機動時の負荷で気を失いかけたこともあり、高負荷がかかり易い飛行訓練は未だ許可さえ出ない状態だった。 

「クロカワ君はまだ飲み始めて一年ちょっとだよね?まだまだ伸び代はあると思うよ」

「だといいんですけど……」

 ミオは愛想笑いで不安と不満を誤魔化した。

「それにしても今日は一段と騒がしいね」

 格納庫内には多数のコンテナが持ち込まれ、作業員たちが忙しなく動き回っていた。

「外殻から新型機が来たみたいで、その組み立てで忙しいみたいです」

「へー、新型か。クロカワ君たちの機体になるの?」

「まさか。多分前線の部隊に送るんだと思いますよ」

「前線か……」

 イオナは少し悩まし気な表情を浮かべたが、ミオに見られていることに気が付くと。すぐに取り繕うような笑顔を見せた。

「そうだ、実はクジョウ君に用があってきたんだけど、彼どこにいるか知らないかな?」

「そうだったんですね。えっと、いま操縦系のチェックをしているところで」

「ああ、それならちょっと時間がかかるかな」

 イオナがどうするかと悩んでいるところで、ミオはふと格納庫内の掛け時計を見た。

「ん?何か予定でもあるのかい?」

「あ、大丈夫です。まだ時間があるので」

 ミオはそうは言ってみたが、実のところそろそろいったん寮に戻って今夜の準備をしておきたかった。グレーに許可をもらったあと、そのまま格納庫で機体の調整を行っていたので、まだ何の用意もできていなかったのだ。

「そうかい?って、終わったみたい。クジョウ君、お疲れ」

 フウリがいつもの無表情のまま操縦席から出てきた。

「クジョウ、もういいの?」

「今のところは問題ない。あとは明日実際に動かした後だ」

「わかった。じゃ、明日も早めに集合したほうがいいかな?」

「ああ、それで頼む」

 フウリとミオのやり取りを見ていたイオナが、安堵するかのような笑みを漏らす。

「どうかしました?」

「いいや。何でもないよ。ただ、決闘続きで疲れているものと思っていたけれど、案外クジョウ君にはいい刺激になっているのかと思ってね」

 フウリは興味なさそうに小さなため息を漏らす。

「それで、何か用?」

「ああ、予定にはなかったが、ちょっと検査をしてくれと頼まれてね。まあ、連戦の影響がどう出てるか確認しておきたいってことだと思うよ。今からいいかな?」

「……僕に選択権はないよ」

 フウリはそのまま黙って、格納庫の奥へと立ち去っていった。

「はは、相変わらずクジョウ君には嫌われているな……まあ当然の事なんだろうけど」

「そうですか?だいたい誰にもあんな感じだと思いますけど」

「そうかい?君と話しているときはもう少し柔らかい感じがしたけど……まあ、いいか。私も行くよ、それじゃまたね」

 イオナもフウリを追うように格納庫の奥へと進んでいった。

 残されたミオは、二人がどこへ行くのだろうとか、何の検査だろう、など好奇心に駆られそうになったが、今夜の予定を思い出し、踵を返して寮へと足早に帰った。

【数十分後 学園都市パレストラ 外殻寮外】

 夜の帳が静かに降りていたころ、外殻寮の前にエオスの運転する黒い車が滑らかに止まった。車の扉が開き、エオスが車外に足を踏み出した。そのエメラルド色の髪が月明かりに照らされ、神秘的な雰囲気を纏っていた。

「ミオ、準備はいいかい?」

「は、はい」

 ミオは緊張した面持ちのまま、エオスが開いた後部座席のドアから車に乗り込む。

「それじゃ行こうか」

 エオスはゆっくりと車を発進させた。ミオは後部座先で揺られながら砂漠に浮かぶ月を眺める。ミオは緊張と不安を抱えつつもその表情はお泊り会に対する期待で少し綻んでいた。

 車が走り出してから暫くして、エオスがミオに話しかける。

「急な話で悪かったね。アステリアは結構押しが強いから」

「いえ、お誘い頂けて嬉しいです。その、ずっと内殻の人と仲良くできたらなって思ってて、お友達になれたらって思ってましたから」

「友達か……」

 エオスが神妙な表情をする。

「あ、すみません。皇女様相手に烏滸がましいですよね」

「いや、アステリアは身分で友達を選んだりしないよ。今日ミオを招待したのも、本当に君と……まあ、仲良くなりたいと思ってのことだしね」

「そうなんですか……?」

 エオスの歯切れの悪い言い方にミオは少し首を傾げる。

「ああ、悪い意味だと思わないでくれ。そうだな、ミオはアステリアについてどこまで知ってる?噂とかでもいいんだ」

「えっと……」

 ミオは思考を駆け巡らせる。改めて考えてみると、彼女がアステリアについて知っていることは、表面的な情報だけであった。アトランティス帝国の第五皇女であること、パレストラ重騎士学園の生徒会員であること、あとは――

「そう言えば何かグループ、派閥みたいのがあるとか聞いたことがあります」

 アステリアの周りにはエオスをはじめ、常に複数の女生徒がいるのをミオは知っていた。

「ああ、確かにアステリアは派閥を作ってる。まあ、皇族や大貴族の出身ともなれば自然と周りに人は集まるし、まあそういうものなのだが……」

 エオスは何かを言い出すかどうか迷っているようであった。

「あー、話は変わるんだが……ミオはこちらの文化にはどれぐらい知識があるんだ?」

「どうでしょう……正直、こっちに来る前に読んだガイドブック書かれていたことを知ってるぐらいで……うちの学校は、割と外殻の文化の影響も大きいですし」

 外殻と内殻、当然の事だが歩んできた歴史が違い、文化も異なる。ただ幸いなことに、決して相容れないというほどの溝は無く、十分に理解し合える範疇の差ではあった。

「うーん、まあ、これまでアステリアの目利きにがハズレたことは無いのだし。きっとミオも受け入れてくれるか」

「え、な、なんの話ですか?」

「まあ、そのうち話すよ」

 エオスは言い淀んでいた何かを飲み込み、事の成り行きを流れに任せることにした。あまり気をまわしすぎても却ってミオを混乱させるだけだと判断したのだ。

 そうこうしているうちに車は、特別寮に到着した。特別寮は寮とは名ばかりで、実質的にアステリアの私邸となっており、その造りもちょっとした貴族の別荘のようであった。

「ちょっと待って。ドアを開けるから」

 エオスは玄関の前まで車をつけると、そう言って車を降りようとする。

「あ、そんな自分で出られますから」

「そう、じゃあ一つ忠告」

 エオスは身を乗り出してミオを見つめる。

「忠告?」

「仮に、万が一、覚悟が決まらなかったら私を呼んでくれ」

「え?」

 ミオが何のことかと首を傾げていると、エオスはフッと小さく笑いミオに降車を促す。

「ほら、アスティが来た。いってあげて」

「は、はい」

 ミオはエオスの言葉の意味を考えつつ、玄関から出てきたアステリアに深く一礼した。

「もう、そんなに畏まらなくてもいいのよ。私達もう友達でしょ?」

「あ、は、はい」

「むぅ」

 アステリアはわざとらしく頬を膨らませて見せる。

「あ、えっと、うん」

 ミオがぎこちなくそう返事をすると、アステリアはパッと笑顔を咲かせる。

「それじゃ私の事はアスティって呼んでね」

「い、いいの?」

「もちろんよ」

「じ、じゃあ、アスティ。今日は誘ってくれてありがとう」「ふふ、こちらこそ来てくれて嬉しいわ。では、改めまして、ようこそ私の寮へ」

 アステリアに招かれ、ミオは特別寮の中に踏み入った。

「わぁ……」

 ミオは思わず感嘆の声を漏らした。

 特別寮の中は、ミオが想像していたよりもずっと豪華であった。

 大理石の床に大きな絵画や調度品の数々、コンクリート打ちっぱなしで、精々観葉植物が置かれているだけの外殻寮とは雲泥の差であった。

「ミオ、食事はまだよね?」

「う、うん」

「よかった。準備してあるから一緒に食べましょう」

 二人はダイニングへと移動する。

「すごい、バーまであるんだ」

 ダイニングには一〇人程度が座れる大きな白い机の他、バーカウンターが設置されており、壁一面に酒瓶がインテリアのように並べられていた。

「ミオ、お酒は?」

「えっと、ボクはまだ」

「もう一六は過ぎているのでしょう?」

 帝国での成人年齢は一六歳とされており、飲酒もまたその年齢から許されていた。

「外殻では二〇歳からとかが多いかな」

「ここは内殻なのだし、気にすることもないけれど……まあ、また今度にしましょうか」

 アステリアは、テーブルの端の椅子を引いて、ミオに着席を促す。

「ありがとう」

 ミオが席に着くとアステリアはその向かい側に座った。

 するとタイミングを見計らっていたように、黒髪ショートカットの有角人の女性を先頭に、数人の女性が大皿に乗った料理を運んできた。

「今日はミオとの最初の食事だから、なるべく外殻風のものにしてもらったわ」

「そんな、気を使ってもらってありがとう」

 ミオはそう言いつつも運ばれてくる料理に少し戸惑っていた。ピザとハンバーガーを組み合わせたようなチーズまみれの料理や、大きな兎のステーキ、勘違いしたシェフの作った寿司のような何か、見たこともないフルーツの入ったゼリーなど、中途半端に外殻に寄せられているせいで、余計に味を心配にさせた。

「正式な場だと取分け人にいてもらうのだけど、今日は友人同士の場だしいいかしら?」

「うん、もちろん」

「それじゃ、食べましょうか」

「うん。じゃあ、いただきます」

 ミオが食事前に手を合わせたのをアステリアは不思議そうに見ていた。

「それは、外殻の作法なのかしら」

「ああ、これは外殻というか私の故郷の作法と言うか、風習みたいな」

「どういう意味があるの?」

「感謝の言葉かな。えっと、作った人や、食材になった命に対する」

「そう、素敵なことね。それじゃあ、私もいただきます」

 アステリアはミオを真似て手を合わせた。

 見た目こそ少々インパクト重視の料理であったが、味の方は問題なく、多少胃もたれしそうではあったが、ミオは素直に美味しいと感じた――寿司モドキを除いては。そもそも、近くに海などないし、おそらく川魚とよくわからないフルーツをコメではなくモロコシで包んだカルフォルニアロールのような何かは、日本で生まれ育ったミオにはとても寿司とは認められないものであった。

「お口にあったかしら」

「うん。とっても美味しかった……よ」

 どうしても寿司モドキのインパクトで、ダメージを負っていたため歯切れが悪くなるミオであったが、幸いなことにアステリアには悟られずにいた。

「よかった。ですってクロエ」

 いつの間にかダイニングに最初に料理を運んできた有角人の女性が姿を見せていた。

「ご期待に添えて光栄です」

 クロエと呼ばれた女性は恭しく頭を下げる。

「あ、ごちそうさまでした。美味しかったです」

 寿司モドキ以外は。ミオは心の中にその言葉を留めるとともに、いつか本当の寿司を伝授しようと心に誓った。

「では、食後のお茶を準備しますわね」

「ええ、ありがとう」

 クロエがティーカップにお茶を淹れ、二人の前に置く。

「美味しい」

 お茶に口をつけたミオは、その甘い香りが気に入った。

「よかった気に入ってもらえて。もしかしたら外殻の人は苦手なのかと思っていたから」

「そんな事ないよ。凄く美味しいもの」

 アステリアは心底嬉しそうな表情を浮かべた。

「そうね、それじゃあミオの事についていろいろと聞きたいところだけど、ここはまず私から話すべきかしら。ミオ、私に聞きたいことってある?何でも答えるわよ」

「うーん、急に言われても……」

 ミオは何を聞こうかいろいろと迷ったが、結局は当たり障りのない質問をした。

「その、アスティはどうして重騎士学園に通う事にしたの?」

「それは……皇族として責務を果たし、国民の剣となり盾となるためよ」

 アステリアは澄まし顔でそう言ったが、すぐにその表情を崩した。

「――なんて、それは建前。まるっきり嘘というわけでもないけれど」

「えっと、本当の理由を聞いても?」

「ええ、私はね、自由が欲しかったの」

 アステリアは一呼吸置いてからゆっくりと言葉を紡ぐ。

「末娘だからかしら、随分と過保護に育てられたの。それは悪い事ではないのかもしれないけれど、どうしても窮屈に感じて……。パレストラなら帝都からも離れているし、ここでは陛下もお母様も直接口出しする事はできないわ」

「そう、だったんだ。少し意外かも」

「そうかしら?貴女には私はどう見えているの?」

「あっえっと……」

 ミオは余計な事を言ってしまったかもしれないと思いつつも、今更撤回もできないので素直に自分の印象を話すことにした。

「アスティはもっと……お硬い感じかと思っていた。だから実際話してみて凄くフレンドリーだって思ったし、親に反発してるなんてなんかちょっと意外だった……かな」

 ミオの言葉にアステリアは楽しそうな笑みを浮かべた。

「ふふ、私こう見えて結構お転婆なのよ。子供の頃から、勉強よりも体を動かす方が好きでね、お母様は神職について欲しかったみたいだけれど……お兄様たちが騎士学校に通っていてそれが羨ましかったの。それに……知ってしまったから」

 アステリアの脳裏には、教会都市での光景が強く焼き付いていた。忘れえぬ血の香りと嘆きの声、絶望に支配された人々の表情。そして絶望さえねじ伏せる理不尽なまでの強さ。

 アステリアはその力に魅せられてしまっていた。あの力があれば、きっと自由でさえ簡単に手にすることができる。そんな思いが、あの日からアステリアの心に渦巻いていたのだ。

「アスティ?」

 急に黙り込んだアステリアをミオが不思議そうに見つめる。

「あ、えっと、ドラゴンの事よ。ドラゴンに襲われた街がどうなってしまうか、私は体験として知ってしまったから」

「アスティは、ドラゴンを実際に見たことがあるの?」

「ええ、四年前に巡礼で来ていた街がドラゴンの群れに襲われて、皆に止められたけど何か出来ないかって、修理中だったアイギスに飛び乗ったの。でも私じゃ何も出来なかった。結局、あなたの会社の部隊に助けられたの。生き残れたのは本当に運が良かっただけ」

「そんな、ボクなんていまだに訓練でも緊張して動けなくなるのに、初めての実戦でドラゴンに立ち向かえただけで凄いよ」

 ミオに褒められたアステリアは、わざとらしく得意げな表情をする。

「そう言ってもらえると嬉しいわ。私の人生の目標、かっこよく生きることだから」

「ふふ、なんかそういうのいいね。ボクは……人生の目標とかあんまりなくて、漠然と生きてるから。なにか目標とか見つけられればいいけど」

「ミオなら大丈夫よ。それに、そんな焦ることは無いわ。ゆっくり考えればいいのよ」

「……そう、だね」

 ミオはティーカップに淹れられたお茶に映る自分を見つめる。このまま騎士学園を卒業すれば、3S社のアイギス部隊へ就職することになる。基本的に騎士学校卒業生は、本社の戦術研究や各国の訓練支援のチームへ派遣されることになる。ただ、それがミオのやりたいことなのかと言われれば、疑問符が付く。さりとて、別に何がしたいかというビジョンもない。ミオの将来設計はいまだ霧の中にあった。

「じゃあ、そろそろミオの話を――と言いたいところだけど、先にお風呂にしましょうか」

 アステリアは空になったティーカップを置いて席を立つ。

「あ、ああ、そうだねって、ちょっと待って」

 ミオはポーチからカプセル剤を取り出す。

「お薬?」

「うん。えっと、所謂内殻世界適応薬だよ。体内に取り込んでしまったエーテルを、細胞に取り込めるようにしてるんだって」

「ふーん、そうなのね。エーテルって体内に入ると悪いの?」

「えっと、内殻世界の人たちは、もとからエーテルを体内に摂り込むことができるんだけど、ボクたち外殻人はそれができないんだ。だから放っておくと、なんだっけ?忘れちゃったけどなんかの病気になっちゃうだって。ただ、そんなすぐに影響がでるわけじゃないし、それに、どちらかと言えばこの薬はアイギスとの適合率を上げるためって理由が大きいかな」

「どういうこと?」

「アイギスの動力、エーテルリアクターとの適合率は、体内のエーテル量に関係しているから、結果としてこの薬を飲むと適合率が上がるってことみたい」

「そうだったのね、教えてくれてありがとう」

「えっと、どういたしまして」

 ミオはハニカミながらそう言うと、気恥ずかしさを隠すようにカプセル剤を残っていたお茶で一気に流し込んだ。

「じゃ、お風呂に行きましょうか」

 そうして怪しく微笑むアステリアを疑うこともせず、ミオは浴場へと向かった。

 当然の事ながら様々な生活習慣が外殻と違う内殻世界であったが、少なくともここアトランティス帝国における入浴文化は日本に非常に近しいものがあった。街中には多くの公衆浴場が整備されており、温泉の文化もあったので、ミオとしてはシャワーしかない外殻寮に比べると、むしろアトランティス帝国方式の風呂の方が親近感を覚えていた。

 アステリアは脱衣所に着くと、スルスルと服を脱ぎその女神像かと見紛う裸体を自信満々に晒した。対するミオはアステリアと比べると、どうしても自身のスタイルがちんちくりんに見えて気恥ずかしかったが、そこは割り切って服を脱いだ。ミオが脱衣を済ますと、アステリアは一切恥ずかしげもなくミオに近づきその手を取る。

「さあ、ミオ、行きましょうか。この浴室、気に入ってくれるといいのだけど」

 脱衣所のドアを開けると一面大理石で、まさに豪華絢爛といったところだった。

「すごい、こんな豪華なお風呂は初めて見たよ」

「フフッ、折角だから今日は外のお風呂に行きましょう」

 そうして二人は一通り体を洗うと、露天の香草の香りのする浴槽にゆっくりと浸かった。

「あぁ~、いい湯だなぁ」

 ミオは緩み切った表情を浮かべ肩まで湯に浸かり、そんな様子のミオを見てアステリアは微笑む。

 室内の浴場は一〇人くらいは余裕で入れる大きな浴槽であったが、露天風呂の方は大きな壺型の風呂であった。それでも二人一緒に入っても十分な広さがあるのだが、アステリアは自然とミオとの肩がぎりぎり触れるかどうかの絶妙な距離に腰を下ろしていた。

「なんか、思い出しちゃうな」

「ん?」

「小さい頃、お母さんによく温泉に連れて行ってもらったんだ」

「そうだったのね。お母様は何をなされているの?」

 ミオは少し目線を落とし、寂しそうな表情をする。

「もう何年も前に死んじゃった……」

 アステリアはハッとする。

「ごめんなさい。私――」

「ううん。もう昔のことだから」

 ミオはゆっくりと顔を上げて自分のことを語りだす。

「ボクが生まれた北海道は、自然が豊かでホントにいい場所なんだ。だけど、ちょっと前まで戦争が続いてて、お母さんも軍病院にいたんだけど、戦闘に巻き込まれて……」

「そう……辛い経験をしたのね」

「お母さんが死んだときホントに辛くて、ずっと引きこもってて……でもそれじゃダメだって、前を向かなきゃって思って、そんな時に3Sの奨学生募集があって、内殻世界に行けるって知って、そこなら何か……塞ぎ込んでいた自分を変えられるんじゃないかって」

「そうだったのね。辛い経験を乗り越えるのは難しい事よ。ミオ、でも今の貴女からは力強い意志を感じるわ。自分で考えて自分で選んで生きている。お母様もきっと、あなたを誇りに思っているわよ」

「うん、そうだといいな」

 ミオはしんみりしてしまった空気を切り替えようと、ワザとらしく大きな伸びをする。

「あぁぁぁ、それにしてもホント、溶けちゃいそうなぐらい気持ちいなぁ」

「フフッ、このハーブには疲労回復の効果があるのよ、最近ミオは忙しそうだったから」

「そうなんだ、まあ、ちょっと今は忙しいけど、でもお風呂に浸かれたのなんて久しぶりで、本当にありがとうアスティ」

 ミオは肩まで湯船に浸かりつつ、露天風呂から見える風景を堪能する。荒涼とした赤い砂漠を照らす青い満月、それはまさに幽玄の世界であり、心地よい湯加減と相まってミオに神秘的な体験をしていると思わせた。

「ミオは今、フウリの……決闘の手伝いをしているのよね?」

「うん。ここ最近ずっとだよ。今日は休みだったけど、また明日から決闘尽くしだよ」

「そう……あの少し聞いていいかしら、フウリのこと」

 アステリアにしては珍しく、気まずそうに尋ねてきた。

「クジョウくんのこと?」

「その、実はマリウスとの決闘をお願いしたときに私、彼を怒らせてしまったみたいで」

「えっ⁉︎クジョウくんを……」

ミオは驚いた。基本的に他人に対して無関心を貫くフウリが、よもや初対面の相手に対して怒るなど、想像もつかなかったからだ。

「彼、ミオ達留学生とはまた違うのよね?」

「うん、まあ……」

「よかったら聞かせてくれないかしら。彼のことについて」

 ミオは、肩を湯から上げて座りなおし、少しの間考え込んだ。

「ごめんなさい、もちろん話せる範囲でいいわ。それも難しいなら――」

「ううん、そういうわけじゃなくて、クジョウくんの事について正確なことはボクも知らないんだ……だから、これから話すことはボクが感じたって言うか、予想したことだから話半分に聞いて欲しいんだけど」

「ええ、わかったわ」

 ミオはそれでも話すべきなのか迷っていたが、意を決したように語りだす。

「クジョウくんは、たぶん独立派の兵士だったんだと思う」

「独立派?」

「うん。ほらさっき私の故郷で戦争があったって言ったでしょ?I世界政府とそれに参加することに反対する独立派。日本にいた独立はグループは壊滅したけど、今でも外殻世界のいろんなところで戦争は続いているんだ」

 ミオは視線を落とし、水面に映る青い満月を見つめる。

「3S社は元独立派国家や反政府組織に所属していた元兵士を積極的にリクルートしている……と言ったら聞こえはいいというか、実際は囚人兵みたいなもので、選択肢なんて殆どないって言われてる」

「フウリも囚人兵ということ?だからあんな扱いを……」

「うん、たぶんね。フウリは内殻世界(ここ)でドラゴン狩りの最前線に投入されていたみたい。それが、どうして学校に通うようになったかはわからないけど」

「……でも、ミオは怖くはないの?敵の兵士だったのでしょう?」

「うーん、怖いっていうのは無いよ。フウリは、無口で何考えてるかわかんないけど、でも、悪い人には見えないし。それに、フウリとボクは同郷だと思うんだよね」

「そうなの?」

「うん、フウリていうのは聞き馴染みがないけど、クジョウはボクと同じ日本人の苗字なんだよ。たぶん内殻人とのハーフかクウォーターなんだと思うけど」

 ミオの言葉を聞いていたアステリアだが、何かに気付きハッとする。

「でもこれまでの話からすると、フウリは日本にいた独立派の兵士ということにならない?それって、ミオのお母様を――」

「――うん」

 ミオは深く頷く。しかし、その表情は穏やかであった。

「フウリは、お母さんを殺した人達と同じ組織にいた。たぶんそうなんだと思う。でもさ、考えてみてよ。クジョウくんってどう見てもボクたちと同い年ぐらいでしょ?北海道で戦争が終わったのは五、六年も前の事なんだ。その時はクジョウくんだってまだ子供だったんだよ」

「でも、フウリは囚人兵だって」

「うん。日本にいた独立派、北海道共和国って名乗っていたんだけど、そこでは少年兵がいたって話、公式に認められたわけじゃないけど、北海道に住んでいたボクたちの間では有名な話だったし、知り合いだった兵士の人が撃墜されたアイギスの中に子供がいたって話していたのを聞いたこともあるんだ」

 アステリアが目を伏せる。

「きっと、クジョウくんも被害者なんだと思う。だから、なんて言うのかな。かわいそうって言ったら上から目線だけど、でも、クジョウくんって時々すごく悲しそうな眼をしていて……だから、何か手助けできないかなって、そう思っちゃうんだよね。って自分のことさえままならないのに、人の心配してる場合かって話なんだけど」

 ミオは茶化して真剣に語ってしまった気恥ずかしさを誤魔化そうとするが、アステリアはそんなミオの手を取り、指を絡め、じっと目を見つめる。

「ミオ、あなたは本当に素敵な人だわ。私が力になれることがあれば何でも言ってね。協力させてもらうわ」

「あ、うん、あ、ありがとう」

 アステリアは絡めた指をほどくと、ゆっくりと立ち上がる。濡れた肌が月明かりに照らされ、艶かしく煌めく。

「色々と話してくれてありがとう。そろそろ上がりましょうか?」

「うん、そうだね」

 そうして、ミオは浴場を後にすると、今度はアステリアの私室へ招かれた。

 天蓋付きの広いベッドの上で、ミオとアステリアは他愛のない話を続ける。ミオとしても自身の胸の内を明かし、アステリアがそれを受け入れてくれたからか、初期の頃に感じていたアステリアに対しての緊張感は無くなっていた。ただ今度はアステリアの寝巻きが派手で刺激が強い物であったので、会話中もそればかり気になって違う意味で緊張はしていた。

「ねぇミオは好きな人とかいるの?」

 女子会の自然な流れとして、そう言う話題となった。

「えっと……うーん」

「もう、恥ずかしがらないで。同じ留学生の中にいい人はいないの?」

 ミオはそう言われて自分と同じ外殻人生徒の顔を思い出してみるが、仲が良い人はいても恋愛という視点で見ている人はいなかった。ただフウリに対しては、なかなか上手く言語化できない感情があったが、少なくともそれもまだ恋愛感情と言える物ではなかった。

「正直いないかな……みんないい人なんだけどね。そう言うアステリアはどうなの?」

 逆に質問をされたアステリアは魅惑的な笑みを浮かべる。

「ふふ、ねぇミオ」

 アステリアはミオにゆっくりと迫り、座っていたミオを優しくベッドに押し倒した。

「ぇ……」

 されるがままに倒されたミオであったが、見上げると頬に朱の差したアステリアがドキッとさせるような蠱惑的な表情でミオを見下ろしていた。

「ミオ、あなたって優しくて、強くて、とってもかわいい。大好きよ」

 アステリアはミオの隣に収まると、そのままミオを胸へ抱き寄せた。アステリアの甘く心地良い匂いがミオの肺を満たす。それはまるで媚薬のように危険な香りであった。だがミオはもう離れられなかった。鼓動が早くなり、体の奥の何かが疼き始めたのを感じる。

「……聞こえる?私、今すっごくドキドキしているの」

 そう言われたところで、今のミオにはそれが自分の鼓動なのか、アステリアの鼓動なのかわからないほど胸が高鳴っていた。ミオが、何も言えず何も動けずに固まっていると、アステリアの唇がミオの耳の傍にやってきてそっと囁く。

「ミオは、私に触れられるの嫌?」

「ぁ……」

 ショート寸前の脳内で、何とか冷静に思考を巡らせようとするが、まるでのぼせたかのように思考がまとまらない。

『覚悟が決まらなかったら私を呼んでくれ』

 特別寮に来る際にエオスに言われた言葉を思い出す。

(覚悟って、覚悟ってそういう事……?)

 ミオの思考は加速し、この期に待つ展開を予測するが、どれもピンク色一色となる。

(ボクって、そうだった……のかも) 

 ミオは鼻息が荒くなり、無意識にアステリアの腰に腕を回そうとしていた。

「い、嫌、じゃ……ないです」

 ミオが震える唇で何とかそう伝えると、アステリアは微かに甘い吐息をこぼす。

「嬉しい」

 そう呟き、そして、触れるだけだが、優しく甘い口づけをミオに落とした。

「ぁぁ……」

 ミオの脳内はスパークが飛び散り、最早まともな思考力は残されていなかった。今はただ、アステリアの熱を求めている。

「ミオ、今日は長い夜になりそうね」

 こうしてミオは一歩大人への道を踏み出していった。

【同刻 学園都市パレストラ 3Sパレストラ支部 格納庫 第二待機室】

 アステリアとミオが互いの熱を確かめ合っている頃、フウリが警備兵のグエルの監視の元、専属医であるイオナから検診を受けていた。

「数値は悪くはなっていますが、十分許容範囲ですね」

 ベッドに横たわるフウリは、目を閉じたまま何の反応も見せない。

「寝てるのか?珍しいな……起こしますか?」

 グエルがリモコンのような端末を手に取る。

「やめてくれ」

 普段温厚なイオナが不快感を露わにした表情で、それを制止した。

「こんなことで、それを使う必要はない。いや、そもそも彼らだって被害者だ。こんな扱い本当なら許されないよ」

「しかし、こいつらは普通じゃありません。正しく管理しなくては、これもその為に必要な装置です」

 グエルが端末を強調するように握りしめる。

「普通じゃない、か……確かに過去には精神的に不安定な者もいた。だがそれは、古い世代のもので、クジョウ君は比較的安定している」

「だとしても、こいつらは独立派時代に一度反乱を起こしている。ここでもまたそれをしないという保証はないでしょう」

「それは、仕方ない事だった。誰だってあんな環境に置かれれば、生きるためには反抗するしかなかっただろうさ」

 イオナは大きなため息を零す。

「とにかく、もう検査も終わりだし、このまま寝かせてあげよう。いいね?」

「……先生がそれでいいなら自分は何も言うことはありません」

 グエルはぶっきら棒にそう言うと、ドアの電子ロックを解錠した。

 イオナも手早く機材を片して部屋の明かりを消し――

「では良い夢を」

 そう言って部屋を後にした。しかし、その言葉は届かず、フウリは夢の中で過去の戦火の記憶に苛まれていた。

【六年前 サハリン南部 】

 まだあどけなさが残るフウリは仲間たちと、そして飼い主と呼ばれる数人の大人と共に、サハリン南部の森で迫りくる統制軍を迎え撃つ準備をしていた。

 「――これは聖戦である!」

 青年の半ば狂気じみた演説が無線機越しに流れている。

「真の自由を取り戻すため!機械の傀儡と成り果てた無能な政府を断固粉砕しなければならない!」

 青年は絶望的な状況の中、大義に酔うしかないのだろうが、対してそれをアイギスの操縦席で聞いていたフウリは、寒さを紛らわすように両手をこすり合わせるばかりで、心底興味なさそうにただ聞き流していた。

「今日で死ぬのかな……」

 フウリはそう呟く。

 北海道共和国、かつて日本政府と袂を分かったその国は、今や風前の灯であった。

 第三次世界大戦後に発足した世界政府への加盟は多くの国で国を二分する大論争となったが、日本もまた例外ではなかった。大規模なデモは日に日に暴力性を増し、ついには内戦へと発展した。一年の内戦ののち、独立派は北海道を占拠、北海道共和国を名乗り独立を宣言した。

 しかし、時が進むとともに情勢は独立派への逆風となった。多くの国が世界政府へ加盟し、共和国政府の失策も続いたことにより、その国民と領土が徐々に削られ、ついにはその本拠地である北海道からも放逐された。北海道共和国は、今では樺太に亡命政府を置き、他の独立派国家の支援によって何とか生きながらえているに過ぎなかった。

『フウリ、聞こえるか?』

 近くにいるスザクがフウリに無線で話しかける。

「スザク?無駄話をすると怒られるよ」

『馬鹿め、秘匿回線だ。飼い主どもには聞かれない』

 確かにいつもすぐに怒鳴りつけてくる飼い主は無反応だった。

「なんだよ?」

『やるぞ、自由を手に入れる』

 スザクの言葉にフウリは難色を示す。

「無茶だ。何度も言った。首輪がある、僕たちは裏切れない」

 フウリ達少年兵の頸には金属製の首輪がついていた。名目上はバイタルチェック用の端末であったが、その主な目的は逃走・反逆の防止にあった。管理者の操作により電流が流れ、それは単に痛みつけるものから、致死量の電流まで自由自在であり、それによって少年兵たちは、共和国に従う以外の選択肢を奪われていた。

『問題ない。幹部連中は俺達を捨て駒にして逃げるのに頭がいっぱいだ。それに督戦部隊も前線に送られている。飼い主を堕とせば、もう奴らは俺たちを止められはしない』

 フウリは思索する。反乱の計画は、仲間内でこれまで何度も立ち上がっては消えていた。首輪の事、薬の事、様々な理由から反乱は難しいとしてフウリは反対し、結論を先延ばしにしてきた。そのつけが、いよいよまわってきたのだ。

 決断が必要であった。このまま、命令に従い敵を迎え撃ったところで、最早勝利などありはしない。しかし、どうしても反乱が上手くいくビジョンもフウリには見えていなかった。

「……だが、そもそもどうやって政府軍の包囲を突破する?」

 フウリは否定材料を提示する。共和国建国から三〇年。世界政府軍は既に死に体の共和国に止めを刺さんと、亡命政府のあるサハリンに大規模攻勢を仕掛けようとしていた。その戦力比率は一対二〇にも膨れ上がっていた。また既に海上は封鎖されており、飼い主を排除したところで逃げ場などない絶望的な戦況であった。

『はっ、そこだけは賭けだ」』

 スザクは茶化すようにわざと明るい調子で言った。

「無茶苦茶な……」

 フウリはスザクの無鉄砲さに呆れてしまったが、ただ同時に自由のためなら、そのぐらいの無茶が必要なのかもしれないとも思った。

『恐れる事はない。俺達は戦うために作られた。いつだって戦って生き残ってきた。今回だってやれないことはないさ』

 それがどれだけ困難で、非現実的なことかスザクが分かっていないはずはなかった。

「ちなみに政府軍に投降するっていうのは?」

 スザクは大きなため息を吐く。

『……それも考えたが、向こうでだって俺たちが自由に生きられる保証はない。いや、きっと新しい飼い主の下にいくだけだろう。なんせ俺たちは世界の嫌われ者だ』

「……ああ、そうだね」

 フウリは静かに目を閉じた。

「やるしかないか……やろう、スザク」

『そうこなくてはな』

 スザクは、飼い主である隊長機に右腕に装備した一二五ミリ低圧滑腔砲を向ける。安全装置により味方へのロックオンはできないが、至近距離であれば手動照準でも確実に命中させることができる。

『……俺たちの自由の礎となれッ!』

 スザクは真後ろから隊長機に対し右腕に装備した一二五ミリ低圧滑腔砲を撃ち込んだ。放たれた砲弾は一撃でエーテルアーマーを貫通し、隊長機を爆散させる。

 その光景を見た他の飼い主たちが混乱しつつもスザクに襲い掛かろうとしたが、間髪入れず少年兵たちが隊長機を襲い、それを撃墜した。

『よくやった!これより指揮は俺が執る。カラス、俺とお前の隊で北上しサハリンスクの基地を制圧、薬を確保する。フウリとカナリアはウグレゴルクスへ向かえ、逃げ遅れた連中がいるはずだ。この忌々しい首輪の解錠パスワードを聞き出せ』

「わかった」

『俺達は薬を回収後、ウグレゴルスクに向かって合流する。その後は、海上を強行突破で大陸に渡り、中立国のモンゴルを目指す』

 スザクはそこで、いったん言葉を区切るとアイギスから少年兵たち見回す。

『……これは、奴らのための戦いじゃない。俺たち自身のための戦いだ。命を懸けるだけの価値がある。そうだろ?』

 少年兵たちが深く頷いた。

【三〇分後 サハリン西部 ウグレゴルスク 宿舎地下】

 ウグレゴルスクの港近くの宿舎のシェルター兼食糧庫に北海道共和国政府軍の将兵たちが、憔悴しきった面持ちで並んでいた。

 その中の一人に共和国軍アイギス部隊指令の《キハラ マコト》がいた。キハラはもともと、東京の医学生であった。学生時代に反世界政府運動に傾倒、共和国設立後は、その類稀な才能もあって、軍部内での地位を確立していたが、慢性的な人手不足により次第に実行部隊の指揮をも執るようになり、現在は軍の主戦力たるアイギス部隊を任されていた。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

 キハラが、落ち着きなく大きな呼吸を繰り返す。

「……だ、大丈夫ですか指令?」

 キハラの隣に座っている若い女性士官が、心配そうにその背中をさする。

「あ、ああ。大丈夫だ、大丈夫。必ずここから脱出できる」

 キハラは立ち上がり、物言わぬ通信機の前にいた気弱そうな士官に詰め寄る。

「モスクワからの返答はまだないのか⁉︎救援はいつ来るんだ⁉︎」

「そ、そういわれましても、通信環境もよくなく、まだ何も返信は……それにすでに政府軍がサハリンの主要基地が制圧されたとの情報もあります……もう手遅れかと」

「ふざけるな!何とかしろッ!何とかッ!」

 キハラは完全に冷静さを欠き、通信機を殴りつけた。

「あぁぁぁッ、こうなったのも使えんジジイ共のせいだ!先に逃げやがって!」

 北海道共和国の首脳部は、作戦開始前に秘密裏にサハリンを脱出していた。それをキハラが知ったのは、作戦開始後でありその時にはもう空海の脱出ルートは失われた後であった。

「ジジイ共め、徹底抗戦するのではなかったのか⁉︎俺を尻尾切りに使いやがって!」

 キハラは自分も現場の兵士たちを置いて逃げようとしている事を棚に上げて、上層部に対する怒りと不満を叫ぶ。

「キハラ指令、こうなってしまっては、最早降伏するしか――」

「できるものかッ!」

 キハラは意見具申をしてきた部下を殴り倒す。

「降伏だと?わかっているのか?ガキどもの事はもうバレてるんだ。お前もただでは済まないんだぞッ!」

「そ、そんな、私は別になにも」

「お前もガキどもを戦わせ、調教しただろ!死んだ奴だって沢山いたよな!」

 若い士官は青ざめた表情で、首を振る。

「わ、私はやってません」

「同じなんだよ!俺もお前も!捕まれば死刑、よくて一生豚箱だ!降伏なんて――」

 カラン、カラン。

 地下室の無機質な床に、黒い筒上のものが投げ込まれる。

「ッ――!」

 その筒の正体が、閃光弾だとキハラが気が付いた直後それは炸裂した。

 強烈な閃光と音響が、地下室に反響し、そこに居た者たちは悉く前後不覚に陥る。

 その隙に何者かが地下室に突入してきたが、完全に不意を突かれた共和国将兵たちは、反抗もままならず一瞬で制圧された。それぞれ後ろ手で拘束される中、各々が持っていた武器や首輪を操作するための遠隔端末はすべて取り上げられる。

 特にキハラは念入りに調べられた後に手錠を使いパイプ椅子に手足を拘束された。

「貴方がまだ残っていてくれて助かるよ、話が早い」

「あ、ああ、お前たちは……⁉︎」

 一時的な視力の麻痺から回復したキハラの前にいたのは、自身がガキと蔑んでいた少年兵たちであった。

「な、なんのつもりだ!作戦はどうした⁉︎どうしてここに――グゥ」

 フウリはキハラの喉元に拳銃を突きつける。

「要求は1つだ、首輪を外せ」

 フウリは自身の頸に付けられた無機質な金属製の首輪に触れる。

「解除コードを知っているのは、この場では貴方だけでしょう?」

「ふぅ、はぁ、き、貴様ら立場が分かっているのか?恩知らずめ、こんなことをして、ただで済むと思うなよ」

 フウリは近くで拘束されていた若い女性士官へ銃口を向け直す。

「な、なにを……⁉︎」

「愛人でしょ?あの人。試そうか、何発撃てば教える気になるのか」

 キハラの愛人の話は、基地内では有名であった。どこにもおしゃべり好きの者はいるもので、少年兵の前だろうとお構いなく上司の醜聞を話す将兵は一人や二人ではなかった。

 キハラは数年前に奥さんに逃げられて以降、自身の地位や権力を見せびらかし、若い愛人を何人か抱えていた。最近のお気に入りはここにいる若い女性士官であり、自身の秘書官として常に同行させていた。

「は、あ、いいいい、いやいや、待つんだ。お、落ち着くんだ。わかっている。お前たちもこんな無茶苦茶な作戦に参加させられて、怒っているんだろ?私たちもなんだ。こ、ここは仲間割れはやめて、協力して――」

 フウリが引き金を引き、放たれた銃弾は女性士官の頭部を掠めた。

「御託はいいよ。貴方は言われたことをすればいい」

 フウリは、キハラを取り押さえた時に奪った小型のタブレット型端末を突きつける。

「そ、その端末を動かすのには、お、俺の生体認証がいるぞ。お前たちに俺は殺せないって事だ。だから大人しく言うことを――」

 フウリは興味なさそうに聞き流し、再び引き金に指を掛ける。

「待てッ!わかった。わかった……首輪を外す」

 フウリはキハラの片手だけ自由にすると、端末のロックを生体認証により解除させた。

「コードを教えて、後はこっちで打ち込むから」

「だ、だめだ。ロックの解除だけでなくて、コードの実行も私の生体認証がいる」

 フウリはキハラに怪訝そうな表情を向けるが、端末の操作に本当に生体認証が必要なのを確認すると、再びキハラに端末を差し向けた。

「……それじゃあ、やってよ」

 フウリは端末をキハラの目の前に設置されていた机に置いた。

「あ、ああ」

 キハラは震える指で、ゆっくりと四桁の数字を入力する。

「これで、あとは実行ボタンを押すだけだ」

「たったこれだけ?」

 首輪を解除するコードにしては、随分簡易なコードだとフウリは感じた。

「こ、これは反乱防止とか、緊急時のためのやつだからな。咄嗟の時にすぐ使えるようじゃないと……では、実行するぞ」

 キハラが、実行ボタンに人差し指を向ける。フウリは、長年自分たちを縛ってきた呪縛が、漸く解かれようとしているのにどこか違和感を覚えていた。

 だがここで、フウリの超人的な集中力が発揮され、まるで時が止まったかのように世界の流れが遅滞する。キハラの目線、筋肉の動き、発汗の状況、そして過去にキハラがフウリの目の前で、この端末を操作したときの情景の仔細すべてがフラッシュバックする。

「……違う」

「な、なにを⁉︎」

フウリは実行ボタンを押そうとしていたキハラの手を掴み、その動きを止めた。

「このコードは違う」

「何を言ってる⁉︎首輪を外してほしいのではないのかッ!」

「このコードは殺害コードだ。覚えている。この動き」

「ば、馬鹿なことを、そんなもの、お前が、お前が知るわけがない!」

 焦るキハラと、無表情のまま動きを止めるフウリ。そんな二人の様子を心配そうに見つめる、共和国軍将兵と少年兵。数秒間の沈黙は、少年兵たちの苦悶の声で破られた。

「グッ!」

 フウリを含めた少年兵たち全員が、ビクンと体を震わせ崩れ落ちる。が、フウリは咄嗟の判断で端末を弾いて床に落とした。

「くッ!リモコンがまだ⁉︎」

 将兵たちを拘束した際に。全て取り上げていたはずの首輪操作用のリモコンをキハラの愛人の士官が隠し持っていたのだ。

「うわッ⁉︎」

 そしてこのタイミングを待っていたかのように、密かに拘束を解いていた一人の男性兵士が、近くにいた少年兵にとびかかり、自動小銃を奪おうと揉み合いになる。その拍子で自動小銃が発射され、地下室中に弾丸をばらまいた。放たれた銃弾は、地下室の床や壁、天井に当たり激しく跳弾を繰り返して、物と人を破壊する。

 ここで、少年兵たちには幸運と不運が巡ってきた。

「はぁ、はぁ、電流が、止まった?」

 まず初めに、幸運であったのは、跳弾した弾丸がキハラの愛人のが手にしていたリモコンに命中し破壊されたことだ。

「うぅッ……あぁ」

「カナリア⁉︎」

 そして不運なことは、カナリアが腹部に銃弾を受け重症を負ってしまった事であった。

「クソ、こいつッ」

 少年兵は自由に動けるようになると、襲いかかってきた男性兵士を強引に投げ飛ばし、壁へと叩きつけた。まだ年端もいかない少年が、大の大人を軽々と投げ飛ばす光景は異様であったはずだが、この場では誰も驚く者はいなかった。

「ふざけやがって」

 少年兵はそのまま昏倒する兵士に銃を向ける。

「ハイタカ!落ち着け」

「落ち着いていられるか!こんな時に!」

「とにかく今は拘束しておけばいい。スズメ、カナリアの手当てを」

 少年兵達も一時混乱していたようだが、カナリアの容態を見ると、逆に冷静さを取り戻したようで、慣れた手つきで応急処置を始めた。

 しかし、地下室内を包む緊迫感は未だ高いままであった。そんな中でも比較的冷静だったフウリは、椅子に拘束されたままのそのそと這いずっていたキハラに気がついた。

「やっぱり、そういうことか」

 フウリはキハラを簡単に追い抜き、その先にあった端末を拾い上げた。

「この後に及んで、僕たちを殺そうとしたね」

 フウリはキハラに冷徹な視線を向ける。

「ち、違う」

「違わない」

 フウリは、キハラの胸倉をつかむとまた元の位置に強引に連れ戻した。

「認めるよ。僕が甘かった。お互い時間もないしテキパキと行こうか」

 フウリは腰のベルトのポーチから手榴弾を取り出す。

「これで、少しは危機感がでるよね」

 フウリは手榴弾のピンを抜く。

「な、何を……⁉︎」

「わかるよね。ここで僕らを殺せば、貴方達も道連れだ」

 フウリは、改めて端末をキハラの前へ置く。

 キハラは、冷や汗を流し、周囲の部下に意見を求めるように視線を向けるが、誰もがこの状況に恐怖しているようで、どうにも明確な答えが出るようには思えなかった。

「僕らを解放し、自分たちの命を救うか、僕らと共に心中するか、迷う余地は無いように思うけど」

「あ、ああ。ひ、ひとつ約束してくれ」

「自分の立場を……まあいいよ。何?」

「お前たちを解放すれば、そ、その自由だ。だから俺を……俺たちを殺すことも容易い。そうするだけの理由がある。だから……」

「いいよ。言う通りにしたら殺さない。みんなもいいよね」

 少年兵たちは無言で頷く。

「わかった。首輪を外そう」

 キハラは極度の緊張感の中、震える指で八桁のコードを打ち込んだ。

 「で、では外すぞ」

 キハラがコードの実行ボタンを押す。その瞬間地下室にいた全員が息をのんだ。

 数秒後

 ピピピ、カチャ

 と少年兵たちの首輪から小さな電子音と共に、何かが外れたような音が鳴った。

 フウリが、ピンを持ったままの手で首輪に触れ、その固定パーツを外すと首輪は、するりと外れ、そのまま床に落ちた。

 フウリ達少年兵は言い知れぬ解放感に思わず表情が緩む。

 フウリは慎重に手榴弾のピンをもとに戻した。

「か、解放したぞ――な、何を⁉︎」

 フウリは怯えるキハラを椅子ごと持ち上げる。

「その端末の通信範囲じゃ、ここにいる僕らしか解除されてない」

 フウリは、地下室に持ち込まれていた大型の広域用無線機器にキハラの端末を繋げた。

「さっきのコードをもう一度やって」

「外にも仲間がいるのか」

「当たり前でしょ、貴方がこっちの言う事ちゃんと聞いてくれる保証はなかったからね」

 キハラは、今度は少し慣れた手つきでコードを打ち込んだ。

 広域無線はジャミングが酷く、通信状況が悪いため10回ほどのループ発信を行う。

「だめだ、こんな事をしていれば、統制軍に俺たちの位置がばれる」

 キハラは焦った表情を見せるが、フウリはそれを無視して無線機の周波数を秘匿回線に合わせる。

「こちら第二小隊フウリ、第一小隊で聞こえる者がいたら応答してくれ」

 三回ほど繰り返し呼びかけていると、酷く雑音交じりの音声が返ってきた。

「こちらスザク。そっちは上手くいったようだな」

 スザクの声音は首輪が外れた歓喜の色は少なく、強い緊張感を感じさせた。

「スザク、カナリアが負傷した。重傷だ。どこかで治療しないと」

「そうか、だが状況が良くない。政府軍のアイギス特務部隊に追跡されている。こっちもクイナがやられた。あと一〇分でそっちに着く、動けるやつは迎撃に出てくれ」

「了解」

 少年兵たちの表情に再び緊張感が戻る。政府軍の特務部隊は噂程度にしか聞いたことがなかったが、曰く化け物揃いだという。スザクの様子からしても、アイギス戦に特化した少年兵たちであっても簡単にいなせる相手ではないことは明白であった。

「お、俺たちは?」

 地下室を出ようとすると、キハラが縋るような眼でフウリを引き留めた。

「……悪いけど、そこまでお人よしにはなれない。あとは、自分たちでどうにかして」

 約束など反故にして殺してしまってもよかった。それが許され得るだけの理由もあった。だが、フウリも他の少年兵たちもそうすることはなく、地下室を後にした。慈悲の心があったのか、それとも調教の結果がそうさせたのか、どちらにせよ、少年兵たちは今この状況で、憂さ晴らしよりも優先すべきことがあると冷静な判断ができていた。

 フウリは地下室を出ると、建物の外で見張りをしていた少年兵たちがすでにトラックを用意していてくれていた。フウリ達がその荷台に飛び乗るとトラックは急発進して、アイギスを隠してある森へと向かった。

「カナリア」

 フウリは、荷台に横たわるカナリアを見つけると、すぐにその傍に寄り添った。カナリアは出血が酷く、意識は辛うじてあるようだが、とても会話ができる状態ではなかった。

近くにいたスズメはチューブを介して直接自身からカナリアに輸血をしている。

「普通の人間なら死んでるところだけど、何とか持ちこたえてる。でも、大動脈が切れてて止血だけじゃ厳しいわ。輸血も私だけじゃ足りないのだけど、この状況では」

「そうか……」

 フウリは揺れるトラックの上で、カナリアの少し冷たくなった手を握る。すると、僅かだがでも確かにカナリアが握り返してきた。

「……大丈夫。もう少しで本当の自由を手に入れられる。だから、持ちこたえてくれ」

 トラックはほどなくして、森に隠していたアイギスの元にたどり着こうとしていた。

「フウリ、迎撃と言ってもまともに戦闘できる機体は三機しかないぞ」

 ハイタカが焦った様子でフウリに詰め寄る。

「わかってる。ハイタカとミサゴは僕と一緒にきて。スズメはこのままカナリアを診ていてくれ。トキ、ここでの判断は君に任せる」

 フウリの指示に誰一人文句を言わず、トラックが目的地に着くや否や、荷台から飛び降りてそれぞれの機体に飛び乗る。

「リアクター出力正常。アクチュエーター、武装、弾薬よし」

 森の向こう側から複数の爆音が響く。戦闘がもうすぐそこまで迫っているのだ。

「ハイタカ、ミサゴ、準備は?」

「できてる」

「問題ない」

「了解。これより、第一小隊の援護を行う」

 フウリ達は大地を蹴り上げ、上空へと飛び出す。

「うん?沖合の船、あれ政府軍の軍艦じゃないか」

「クソッ、海からも迫ってきてるのか」

「状況は悪いが、何とかするしかない」

 フウリは、高度を取り広い範囲の状況を探索する。すると、光学センサーがすぐに複数のアイギスの動きを捕らえた。こちらにバッタのようにジャンプを繰り返しながら接近してくるアイギスが四機、これはスザク達第一小隊、その後ろを襲い掛かるタイミングを計るように一定の距離を保ちつつ追跡しているのが、特務部隊のアイギスである。

「目標を発見。数は一三、迎撃開始」

 フウリは、機体の両肩に装備されたロケット弾を全弾発射する。もちろん命中を期待したものではないが、敵の編隊を分散して乱戦に持ち込むためであった。だが、そこは流石の特務部隊、四機編隊を崩さないままロケット弾の雨を回避する。だが、それでも時間稼ぎになり第一小隊に合流する隙が生まれた。

「スザク!」

「フウリか!」

「海からも、政府軍が迫っている」

「どの道、こいつらを引きはがさなければ、活路は無い。やるぞ」

「了解。右翼の敵を叩く」

 フウリは空になったロケット弾ポッドをパージし、機体を身軽にする。

「敵の数が多いが、絶対的な差ではない」

 フウリこの時の機体は、パージしたロケット弾ポッドのほかに両手に中口径アイギス用ライフルを装備した中・遠距離用の機体構成であった。

 共和国の主戦力となっているアイギスは中国製のチャーマンと呼ばれる機体で、空中戦能力こそ統制軍の空戦型アイギスの《ワスプ》に及ばないが、兵器搭載量や防御力では勝っていた。

「特務部隊と言っても」

 右翼から回り込もうとしてきた四機の敵に、フウリは躊躇することなく突撃する。その過程で、先頭を飛んでいた一機に攻撃を集中して瞬く間に戦闘不能にする。残った三機はフウリを取り囲むように展開するが、そこをミサゴとハイタカが蹴散らし、敵の連携を断ち切り、一対一の戦いに持ち込む。

「……!」

 不意に二機のアイギスが、マシンガンで銃弾をばらまきながら、フウリに急接近してくる。フウリは即座に緊急出力を解放しエーテルアーマを強化、両椀でコックピットを守りつつ、そのうちの一機に逆に急接近していくと、すれ違いざまに膝蹴りでその頭部を破壊。頭部を蹴られた衝撃で、バランスを崩した敵機に背後からライフルによる追撃を行うが、撃墜しきる前にもう一機がカバーに入る。

「仕留めきれないか」

 このタイミングで弾切れとなり、フウリは急いでリロードするが、リロードしきった時には、損傷した機体は友軍機に援護されつつ稜線の向こう側に身を隠した。

 フウリは機体を上昇させて、ミサゴとハイタカの援護に入る。

 相手の特務部隊は、その名に恥じず各機の連携の練度が高かったが、個人の技量の面で言えば少年兵たちに分があり、徐々にではあるが形勢は少年兵たち側に傾きつつあった。 

「はぁ、はぁ、はぁ……特務と言ってもこの程度かよ」

 激戦に息も絶え絶えになりつつ、ハイタカがスラスターを損傷し機動力の落ちた敵機を、タクティカルアックスで叩き切る。

「残りは?」

 フウリがセンサーを確認すると、稼働している敵機は六機のみで、それも少しずつ距離を取って退避しているようだった。

「引いてくれるのか……いや、一機急速接近してくる機体が」

 その瞬間だった。暗い森の向こうが青白く瞬いたかと思った瞬間、フウリの近くにいたハイタカの機体を光が貫いた。

「な⁉︎ビームなのか!」

 フウリは驚愕しつつも、機体の高度を下げる。

「あの機体、データがない」

 新たに敵の増援できた一機は、政府軍が広く使っているワスプではなかった。機体構成こそワスプとよく似てはいたが、より洗練された姿をしている。ただ、軍用とは思えないトリコロールカラーで塗装されていた。

「試作中の新型……実践テストってことか。各機、新型に注意しろ。あのビーム、当たれば一撃で堕とされる」

 スザクの声で、怯んでいた少年兵たちが落ち着きを取り戻す。

「攻撃を集中しろ、好き勝手にやらせるな」

 全機が新型に対して、攻撃を開始する。だが、新型は神がかり的な機動でその弾幕をすり抜け、ミサゴ機に接近する。

「こいつ、機動性が――」

「ミサゴ!」

 ミサゴは咄嗟に前蹴りを繰り出すが新型はそれを難なく躱し、エーテルで形成された輝く剣を抜くと、すれ違いざまに易々とミサゴ機を真っ二つに切り裂いた。

「ミサゴ!」

 新型はそれにとどまらず、そのまま間髪入れずに二機を中破、一機が撃墜する。

最早戦える機体は、フウリとスザクの二機だけとなる。

「くッ!機体性能だけじゃない。敵はエースだ」

「スザク!僕が囮になる、その隙に!」

 フウリは、放たれたビームを躱し、ライフルで弾幕を張り敵の機動を誘導する。

「沈めぇぇぇッ!」

 新型が山間で回避が制限される絶好のタイミングで、スザクがキャノン砲を放つ。その一撃がついに新型を捕らえ、ビーム砲を破壊した。しかし、致命的ではない。新型は光剣を展開し急速上昇、スザクに迫る。

「舐めるなぁッ!」

 スザクはキャノンをパージし、オリハルコン製バトルアックスを上昇してくる新型目掛けて振り下ろす。刃が交わり光の粒子が飛び散った。

「押し負ける⁉︎上昇中なんだぞ奴は!」

 刀を振り下ろした勢いのまま、大地に叩き落そうとしたスザクの目論見は、新型の圧倒的性能に破られた。新型は高度的不利をものともせずに、スラスターのパワーのみでスザク機を軽々と上空に押し上げていく。

「スザク!」

 二機が鍔迫り合いのままの状態のせいで、フウリはライフルを撃つわけにもいかず、右腕のライフルを副腕に預けると、背部に懸架していたバトルアックスに持ち替え、新型の背後に迫った。

「やれッ!フウリ!」

「――ッ⁉︎」

 急接近したフウリを、突如として新型の副腕がマシンガンをばら撒き迎撃する。

「くッ⁉︎」

 フウリは回避しつつ接近しようとしたが、動きを完全に読まれていた。

 数発の直撃を受け、左腕のライフルと頭部に被弾し、大きくその戦闘能力を削がれる。

「ここでやられるわけには……!」

 スザクは何とか敵の剣を弾き、スラスターを全開にして一気にバトルアックスで押し切らんとする。しかし、新型は既に次の動きに入っていた。

「踏み込むなッ!」

 フウリのその叫びは間に合わなかった。

 新型は突き出されたバトルアックスを難なく躱すと、すれ違うその背中に銃弾の雨を降らした。

「おのれぇぇぇッ!」

 スザクは大破し落下しつつもまだ動いた右腕で、予備のハンドガンを乱射するも新型に傷をつけることはかなわず、眼下の森へと墜落した。

「やったなッ!」

 フウリは照準の効かない状態で、残ったライフルを連射しつつ、新型に迫る。新型はふわりとした緩慢な動きで射撃を回避しながら、ゆっくりと剣を構える。フウリは弾切れになったライフルを投げ捨て、バトルアックス一本で強敵の間合いに踏み込んだ。

「――ッ!」

 最初は突っ込んだ勢いそのまま振り下ろす。だが、これは簡単に避けられる。このまま、通り過ぎればスザクの二の舞だ。フウリは、急制動を掛ける。もちろんこれでは、動きが止まり、どの道ハチの巣にされる。フウリの見る世界がスローモーションになる。マシンガンの銃口がフウリを捉えようと持ち上がる。

「させるかッ!」

 フウリはバトルアックスを投擲した。新型は咄嗟に剣で防ごうとしたが、僅かに間に合わずマシンガンを破壊した。しかし、新型はそれで怯むことなく、剣を構えて追撃をかける。だが、フウリの反応が早い。剣が振り下ろされるよりも早く、フウリの繰り出した回し蹴りが新型の剣を蹴り飛ばした。ここまでくれば、あとは互いにアイギスによる肉弾戦しかなくなる。フウリは振り向きざまに、右腕の拳を放つがこれは新型に拳を掴まれ阻まれる。次は新型が貫手を放つが、フウリが胴体を貫かれるギリギリの所で、その手首を捉える。

一瞬同等の戦いに見えたが、その拮抗はすぐに崩壊した。新型は掴んでいた拳ごと右腕を引きちぎる。

「なッ⁉︎パワーが違いすぎる……⁉︎」

 新型は引きちぎった右腕を放り捨てると、今度は手刀で左腕を切断する。

 フウリは悪あがきのように回し蹴りを放つが、容易に躱され、逆に大地へと蹴り堕とされた。

「くはッ!」

 森の木々がある程度のクッションになったとはいえ、落下の衝撃でフウリは一時呼吸ができなくなる。

「……ここ……までか」

 フウリの目の前にゆっくりと新型が降下してくる。その後ろには一度退いていた特務の機体もいる。時を同じくして、広域無線の周波数で壮年の男性の声が流れる。

「降伏勧告か……」

 壮年の男性は、武装解除し投降しろと呼びかけていた。そして抵抗すれば命は無いとも。軍の広域無線から敵の声が聞こえている以上、少なくとも周辺の共和国軍はすべて制圧されたのだろう。

 フウリは、秘匿チャンネルで呼びかける。

「こちらフウリ。誰か、応答してくれ」

『……生きていたか』

「スザク、それはこっちのセリフだよ……それで、どうする?」

『戦うさ。今更聞くまでもない』

「……僕は、ここで終わりにしてもいい」

 フウリは地下室で脅しに使った手榴弾を手に取った。

『敗北主義者め、お前はいつも諦めが早すぎる』

「今回は遅すぎるぐらいだよ。それに戦うって言っても、生身じゃアイギスには勝てない……ここまでだよ」

 数秒の沈黙の後、スザクからではなくカナリアからの通信が入った。

 その声は、浮ついていてあまり意識がしっかりしていないようであった。

『こちらカナリア……こっちは完全に囲まれたみたい。みんなも、負傷してもうこれ以上戦えない……どうしよっか?』

 フウリはカナリアたちがまだ生きている事に安堵する。自分自身が死ぬのは構わないが、彼女たちまでそれに付き合わすことはどうしても気が憚られた。

「スザク、賭けてみないか?」

『何に?』

「降伏すれば、取り敢えず皆は生き残れる。その後のことだ。全部賭けるしかない」

 フウリの提案をスザクは一笑に付す。

『はッ。良くて一生矯正施設だぞ』

「それでも、生きていればまたチャンスは……ある、かもしれない」

『……本気で言っているのか?』

「カナリアはどう思う」

「……はぁ、どっちでも……いいかな……でも、正直、痛くて、辛くて……もう、戦えないよ」

『わかったよ、カナリア……スザク』

「……進むも引くも地獄か。これまで通りだな」

 フウリは、スザクの皮肉を聞き流し結論を出す。

「カナリア、そっちは投降してくれていい。スザク、君が戦うなら僕は付き合うよ」

『……馬鹿言うな、ここで戦えば他の連中まで危険に晒すだろうが』

「……そうだね」

 フウリは手にしていた手榴弾をコックピットに置くと、ゆっくりとハッチから出て両手を挙げた。

 斯くして、共和国軍アイギス大隊所属の少年兵の生き残り一六名は統制軍に投降し捕虜となった。

 彼らはその後、半年間の検査入院という名の監禁の後に、世界政府の統括AIの判断により民間軍事会社である3S社へと引き渡された。かつて彼ら少年兵を縛っていた首輪は形を変え腕輪となり、結局は捨て駒として酷

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