第1話 春休みの始まりは波乱から


「あざしたー」


 アニメグッズや同人誌を販売する店舗でのアルバイト、春休みは結構学生が多い。個人的には夏休みよりもマシだけれど。


 俺、日向夢斗ひなたゆめとは平凡な高校生である。近所にある帝都東第一高校ていとひがしだいいちこうこうの生徒だ。母子家庭というのもあって、できるだけ母さんに負担をかけないようにアルバイトをしているのだ。


「おっ、日向くんじゃないか〜」

「あ、どうもっす」

「いや〜、今月のラノベは不作ですなぁ」


 常連の恩田さんはそういいつつも今月の新刊をどっさりとレジに持ってきた。恩田さんは薄くなった頭を掻いてゴソゴソと鞄を漁った。


「確かに、最近ファンタジーものは減りましたねぇ。自分が中学生くらいの時のブームは何だったんでしょうねぇ」

「そうそう、異世界女子に癒されたいというのに……。昨今は男性向けが減った上、清楚系が多いですな」


 レジでバーコードを読み込みながら俺は頷いた。異世界ブームは素晴らしかった。多種多様なヒロインたちが輝いていた。表紙に描かれたいろんな髪色、種族、見た目年齢。今度はどんなヒロインと恋ができるのだろう? そんな期待で胸がいっぱいになったのを覚えている。


「まぁ、こういう現代世界ものの方がドラマ化しやすいですしね。あぁ、エルフ幼女BBAとかそういうの恋しいなぁ」

「日向くん、いや同志よ。ファンタジー冷遇時代を共に乗り切ろうじゃないか」


 せっせと十冊以上のライトノベルを袋に詰めてトレーに置かれた現金をレジに突っ込んだ。


「やっぱり時代は清楚系っすね」

「清楚系アイドル戦国時代ですからな。まぁ、素敵ではあるものの我々異世界好きにはどこか物足りない……くっ。日向くん、また15日に会おう」

「あざしたー」


 15日はいくつかの出版レーベルの新刊発売日ある。彼は見た目的に社会人だろうが、一体どこからそんなお金が湧いてくるんだろうか? いや、ヲタクだからと言って低収入とは限らないからな。


 今月は、可愛い人外ヒロインが出てくる新刊はなし……か。どんなものにも流行り廃りはあるのは理解しているものの、こうも供給が少なくなってしまうともの悲しいな。もちろん、歴代の「推し」たちは俺のもとで元気にはしているもののやっぱり新しい世界を堪能したい気持ちもある。

 エルフ・獣人・妖・モンスター娘……俺の愛する人外美少女たちはもう創り出されないというのか?!



***


「お先に失礼します」

「お疲れ〜」


 春休みシフトで夕方あがりだった俺はさっさとエプロンをバッグに詰め込んで店を出た。給料日前なので新刊あさりはまた今度。大きな商業施設の従業員出口の外に見知った姿があった。


「夢斗!」

「母さん?」

「ちょうど、更衣室に夢斗が入っていくのが見えたから待ってたの。さ、車で帰っちゃいましょ」


 俺の母親は同じ商業施設のお惣菜屋さんで長く働いている。父親が俺が幼い頃になくなってからだからもう10年近くか。彼女は車のキーといつも通りお惣菜が入ったレジ袋を持っていた。

 母さんの荷物を受け取って中を確認すると、俺の好きなカニクリームコロッケやマカロニサラダなんかが入っている。この惣菜屋さんの料理は小さい頃から食べているが飽きないほど美味しい。


「シートベルトした?」

「うん」

「あのね、母さん再婚しようと思うの」

「へっ? 再婚ってこの前話してた彼氏と?」

「そう。それでね、この春休みから夏までの間一緒に今の家で住んでみようって話になったの。白夢さん、何度か夢斗もあったよね」


 白夢さんは、母の彼氏である。彼もバツ1で穏やかでめちゃくちゃいい人だ。俺も何度か食事に連れて行ってもらったことがあるが、モテ男というよりも誠実で真面目で母さんが大好きなんだなと思った。俺に対しても金で釣るようなこともなく印象が良い。

 ちなみに俺は母さんの再婚にかんして反対するつもりは全くなかった。


「そっか、母さんが決めたなら俺は何も言わないよ」

「ありがとう。それでね、今日の夜に来るんだけど」

「急だな!」

「えへへ、言ってなかったっけ」

「教えてもらってないですよ、母さん……」

わたるさんの家の更新が今月だって話になってじゃあぜひってなったのよねぇ」

「そっか。わかった」


 春休みだから、新しい父親になる渉さんと話す時間も持てるだろうか。いや、ここは母さんの新婚ライフを邪魔せずにいるべきか。

 車で少し走って住宅街に入る。家が見えてくると玄関前には引っ越しのトラックが止まっていた。

 その側には渉さんが何度も作業員に頭を下げながら搬出を手伝っている姿が見えた。いい人なんだよなあ、まじで。


「夢斗、渉さんのお手伝いお願いしてもいい? 母さん、車止めてきちゃうから」

「うぃっす」


 先に車を降りて、家の方へと向かう。


「どうも」

「あぁ、夢斗くん。こんにちは」

「手伝うっす」

「バイト帰りだよね? こっちは俺と業者さんに任せて……じゃなくてその凪子さんは?」


 渉さんはなんだか言い出しにくそうにもごもごとしながら言った。何かトラブルだろうか?


「今、車庫だと思います。どうしました?」

「それが……ちょっとごたついてて。二人に話さないといけないことがあるんだ」


 しばらくして車庫から母さんが出てくると、深刻そうな顔をした渉さんに連れられて俺たちはリビングへと向かった。俺はその時点で玄関に一つ多く靴が置いてあることが気がついた。女の子の派手な厚底のスニーカーだった。


 リビングのソファーに座っていたのは、派手な金髪に派手なメイク、おへそが出たクロップス丈のTシャツにジーンズ生地のワイドパンツ。キラキラのメイクにネイル。


「エマ、こっちにきなさい」

「はーい」


 エマと呼ばれた少女はリビングからダイニングに移動してくると渉さんの隣に立って俺たちの方を向いた。


「娘のエマです。元々は前妻と暮らしていたのですが……今朝になって俺の再婚をしった前妻がエマを追い出したそうで……」

「だ、大丈夫なの? 嫌なことされてない? すみません、前妻さんのことは伺っていたけれどそんな急に出ていけだなんてひどすぎるわ。とりあえず、エマちゃんの希望も聞くとしてしばらくはここに泊まっていいからね。私は日向凪子、こちらは息子の夢斗です」

「どうも……」


 母さんの言葉に、緊張がほぐれたのかエマさんが少し涙ぐんだのが見えた。多分、すごく嫌な思いをしたんだろうなと思った。渉さんと前妻の間に何があったのか俺は知らないが突然家を出ていけ、再婚する父親と住めなんて言われたら……。


——あれ、しばらく家に泊まれって言った?


 母さんはエマさんに「荷物は?」「すぐに部屋を準備するから安心してね」と声をかけている。

 俺はもう一度彼女を見た。今時珍しいギャル、年齢は同じくらいか俺より年下だろうか? 不安そうな表情が母さんの優しさで少しずつほぐれていた。


 え? 俺このギャルと一緒に住むの……か?


「夢斗君、迷惑をかけてすまないね」

「いえ、なんか俺もすみません(?)」


 渉さんに急に謝られて俺はなぜかペコペコして、混乱していた頭がさらに混乱する。


「よし、エマちゃん。お腹減ってる? お惣菜だけど美味しいから一緒に食べよっか。夢斗〜、カニクリームコロッケ温め直してくれる?」

「あ、うん」


 キッチンに向かう時、エマさんと少しだけ目があった。女の子と話したことなんてほとんどない俺はすっと目を逸らす。徒党を組んでいなくてもやっぱりギャルは怖い。基本、俺たちヲタクは目の敵にされているからだ。


 まさか、自分にもこんなことが起こるなんて。でも、まぁ現代世界ラブコメみたいなことは実際には起こらない。俺はさっさと手伝いを済ませて自室に戻ろうと心に決めたのだった。



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