第2話 関東大学サッカーリーグ

 30分後。


 練習が一段落ついたところで、監督の坂石聡がグラウンド内に一年を招き入れる。


「……21、22、23人。一年だけで23人もいるのか」


 幸浦が人数を数え、「多いなぁ」という顔をする。周囲からは笑い声が漏れた。


「あっちの5人は選手じゃなくてマネージャーなどのスタッフだね。選手登録は君を入れて18人だ」

「あ、そうなんですか。それでも多いなぁ」


 幸浦が頭をかいたところで、坂石が手を叩いて「集合!」と声をあげた。



 練習をしていた上級生達が集まってきて、一年達と正対した。


「1人を除いて皆も知っていると思うが、今日から大稲田サッカー部に入る1年生達だ。このメンバーで今年1年間を戦っていくことになる。頑張っていこう」


 坂石の紹介に、上級生達が拍手を送る。


「……この1年の世代は2年前までは谷間の世代と言われていたが、どっこいU17ワールドカップで世界の頂点に立つなどして今では“奇跡の世代”とも呼ばれている。この中にもその優勝メンバーが5人いる」


 チラッと陸平達の方に視線を向けて、再度上級生に視線を向ける。


「……下級生とはいえ、滅多にない経験をしている者達だし、ワールドカップメンバー以外も高校サッカーで国立常連だった者達も多い。ウカウカしているとレギュラーを総取りという事態になるかもしれない。気を抜かないように」


 この言葉に上級生の顔色が変わった。


 高校と比べると、大学サッカーは比較的上下関係は薄いと言われている。しかし、当然、上級生には上級生としてのプライドがある。安易に一年にポジションを渡したいと思う者は1人もいない。


「よし、では、上級生は練習再開だ」


 上級生の気合に点火したと判断したのだろう。坂石は練習再開を指示し、選手達が再びグラウンドに散っていった。



 坂石は1年メンバーの前に残った。


「さて、君達はまだ入学早々ではあるが、関東大学リーグのスケジュールはそうしたことには配慮してくれない。週末にはリーグ戦が開幕する」


 そこから、年間スケジュールの説明が始まった。


 大学サッカーにおいては、4月から11月までリーグ戦があり、これがメインとなる。


 更には夏に総理大臣杯、冬には大学選手権という二つのカップ戦が行われる。この三つのタイトルが俗に大学三冠と言われるものだ。


 それ以外にも6月には総理大臣杯の予選となるアミダバイタルカップが開催され、更に夏から秋のどこかのタイミングで大慶戦がある。今年は7月の下旬だ。


 特に大慶戦は等々力陸上競技場で開催され、毎年1万人以上の観衆を集めるのではあるが。



「……観客という点では多くの者にとっては寂しいものになるかもしれない」



 この世代の多くの選手は、高校時代に国立競技場に立ち、数万人以上の観衆の前でプレーしているし、ワールドカップに参加していた者達はもっと緊張感の高い経験もしている。


 そうした経験をしている者にとっては、1万数千人の観客が上限という環境は寂しいと言えるかもしれない。


「だが、そうした環境にあるからこそ、地に足をつけて育っていけるとも言える。また、グラウンド数が1面であるなど、練習環境がずば抜けて良いともいえないが、だからこそ自分達で工夫・考えたりして練習、強化をしていくことができる」

「自分達で考えた練習と強化か……。考えたこともないなぁ」


 幸浦が不安そうな声を漏らすと、坂石が問いかける。



「幸浦、おまえは今日いきなり入部してきたから情報が全くないのだが、高校はどこでやっていた?」

「あ、はい。福島の沢ノ町高校です」

「……沢ノ町高校」


 坂石が名前をつぶやいて、首を傾げる。


 隣の宮城県の強豪・北日本短大付属からやってきている選手2人に「知っているか?」と確認したが。


「沢ノ町という駅は知っていますが、高校は初耳です」


 強さのことを聞かれていると思ったのだろう、幸浦が勢いよく答える。


「……県予選の3回戦が定位置でした!」

「県予選の3回戦か……」


 たちまち坂石の表情が渋くなった。


 福島県大会は3回戦からシード校が登場する。3回戦常連ということは、シード校と対戦して負ける。完全な中堅どころだ。


 ここに集まっているメンバーは高校サッカー界で実績を残してきた選手達や、ユース出身者がほとんど。彼らと比べるとかなり見劣りする実績である。


「……今年は少数精鋭で人数がやや少ないから門前払いにはしない。ただ、あまりにもまずいようだと、チームへの帯同も制限を加えるかもしれん。そこは覚悟しておくように」


 そう言ってから、マネージャー達の方に視線を向ける。


「後田、岩里」

「はい」


 中央にいる、やや小太りの眼鏡姿の後田雄大と、小柄な岩里太一が同時に答えた。


「当面、幸浦の練習をサポートしてやってくれ」

「分かりました」



 そのうえで、坂石は次のスケジュールを説明する。


「君達1年にもすぐに戦力となってもらいたいが、上級生は合宿も組んでいたし、コンディションという点では上のはずだ。今週と来週に関しては別メニューで調整を行う。リーグ戦にも起用しない。ただし」

「ただし?」

「OBの君達に対する注目度は高いので、来週の水曜日に上級生チームと紅白戦をするように言われている。まずそこに向けて調整を行ってほしい」

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