概ね善良でそれなりに有能な反逆貴族の日記より

風楼

第一章 反逆の始まり

第1話 転生反逆領主



「あー……王族ぶっ殺してぇなぁ」


 この世界に転生して何度目になるのか分からない朝を迎えて、嫌な夢のことを思い出しながら目覚めて、第一声……いつか叶えたい夢を口にする。


 そうしたならベッドから抜け出し、まずは革靴を脱ぎ、新品同様の汚れ一つないパジャマと下着と靴下を脱ぎ、新しい下着と靴下を履いたなら、シャツとズボンを着用していく。


 ヨーロッパ風異世界らしいこの世界の貴族の定番服はどういう訳だかスーツだった。


 胸元のひらひらとか、白タイツに短いズボンとか、よく分からない派手な柄とか、いかにもな貴族服ではなくスーツ、前世でよく着ていたそれとは少し違うが、大体の部分は似ていて……ラウンジスーツと言うんだったか?


 ズボンを履いたら靴を履き直し、ズボンをサスペンダーで吊り上げ、それから一般的な流行りでは蝶ネクタイになるのだけども、なんだか芸人っぽく見えて嫌だからと特注で作らせた普通のネクタイをし、ウェストコートでそれらを隠し、懐中時計をポケットに忍ばせ、チェーンを繋ぐ。


 それから丈の長いジャケットを羽織ったなら着替えは完了、貴族だけども自分で着替えるのがこの世界の常識となっていた。


 貴族と言えば使用人とかに着替えさせるものじゃないのか? と、物心ついた頃には疑問符を浮かべたものだが、こちらの世界の貴族は軍人として出兵することが多いようで、戦地に軍人として赴くなら着替えだけでなく、ありとあらゆることを自分で出来ないと困る、ということのようだ。


 着替えが終わったなら、寝室……やたらと豪華な装飾つきの鏡やら、何枚もの絵画、花が活けられていることを見たことない花瓶などが置かれた棚が並ぶ、隙間なく絨毯の敷かれた部屋の隅にあるテーブルに座って執事を待つ。


 すると若い……今年で19歳だったか、そのくらいの年の、くすんだ茶髪、茶色の目、いかにも西洋人でございますといった顔立ちの、執事……いや、バトラーか。それが水差しとコップと……大量の新聞を手触りの良い布で包んだものを持ってきてくれる。


 蝶ネクタイに燕尾服に似たスーツ、俺のものとそう変わらない値段の質の良いものを身にまとって、姿勢も仕草も洗練されたものとなっている。


 そんなバトラーに礼を言い、テーブルに置かれたコップを手にし、水で軽く口と喉を潤したなら、これまたテーブルに置かれた新聞全てを読むのが最初の仕事だ。


 バトラーがアイロンをかけてくれた新聞は、ほのかに温かくパリッとしているが……アイロンをかける主な理由は、インクを定着させるため、らしい。


 インクの質も紙の質も悪いため、そうしないとインクが手につくとかで……そんな新聞の隅から隅まで、一字たりとも見逃さないようにしっかりと読んでいく。


 読んでいて気になった記事はその内容を手帳にメモをする。


 インク壺とガラスペンを取り出し、しっかりとメモ……最初は新聞を切り抜いてのスクラップ記事を作っていたのだが、貴族として綺麗な字がかけることは最低条件となるので、そのための練習もかねてしっかりと文字を書いていく。


 テレビもラジオもないこの世界では、新聞は貴重な情報源だ……もちろん捏造記事なんかもザラで、世界情勢とかを理解しきれていない記者が世界情勢を論じていたりするので、真に受けることは出来ないが、どうしてこの記事が書かれることになったのか、どういった事件、情報からこの記者はこの記事を書こうとしたのか、などなど、裏を読むことは可能で……この国で発行されている、全新聞を読むことは貴族としての最低限の、欠いた瞬間に失脚するレベルの仕事となっている。


 国内中から新聞を取り寄せているので、到着までのタイムラグがあり、日付からしてバラバラだったりするが、それを日付順に並べて整理し、頭の中で組み立てながら読むのが『当たり前』で……前世の受験でもここまで頭使わなかっただろうってくらいの必死さで読みふけっていく。


 ……だってそうしなければ失脚することになるから、失脚したなら死が待っているかもしれないから、だから文字通りに必死だ。

 

 死にたくないから殺されたくないから、奪われたくないからとにかく読んで読んで読みまくる。


 読み終えたなら新聞全てを綺麗に畳み直し、インク壺とガラスペンを綺麗に拭き上げてから片付け……それから洗面所へ。


 バトラーが汲んでくれた水やら、新品の石鹸、粉石鹸から泡立ててくれた髭剃り用の泡なんかも用意されているので、それらを使って顔を整えていく。


 両親に太陽のように輝くと評された金髪をオールバックに整え、やたらと出来の良い、赤い目の目立つ顔を丁寧に……洗いのがしがないように洗い、まだまだ14歳でうっすらとしか生えてこない髭を綺麗に剃る。


 それらが終わったなら改めて水で顔を洗って引き締め……化粧水で肌のケアもしてしまう。


 ……そうなんだよなぁ、化粧水あるんだよなぁ、この世界。


 あちこちにある時計にも驚かされたが、吸い上げポンプのついた瓶に封入された化粧水が市販されているとか、どういう時代のどういう文明なんだと突っ込みたくなる。


 ……元の世界で化粧水が発明された時代とか全然知らないけど、そこまで古いものではないと思うし、本当に時代感が行方不明だ。


 魔法はなく、モンスターとかもない、レベルとかもない、32歳で死んでこの世界にやってきた時、異世界ではなく過去の外国に転生したのかと驚いたものだが……洗面所の窓から外を見れば、朝の便なのだろう、飛空艇が飛んでいる姿が視界に入るので、ここが異世界であることを確信出来る。


 形はほぼ船、そこからマストが何本も生えていて、マストにヘリコプターのようなプロペラが上中下と、3個ついていて凄い速度で回転している。


 飛空艇のサイズにもよって本数は変わるが、今見えている飛空艇には3本のマストが生えていて……更に船体の左右にも柱のようなものが伸びていて、そこにもプロペラ。


 ……それだけでその飛空艇は空を飛んでいる、ジェットエンジンとか、反重力装置とか、そういった物一切なしで飛んでしまっている。


 前世の世界だったら、絶対に飛ぶはずがない仕組みで飛んでしまっていて……物理法則とかが多分、全然違っている。


 あちらの航空工学とか一切通用しない世界になっている……何がどう違うせいでそうなっているのかは分からないけども、とにかくここはそういう世界だった。


 そんな世界に生まれて14年……現在はウィルバートフォース伯爵、これが俺の仕事。


 貴族で西方大領地の主……大の王族嫌いで、王家全滅を夢として抱く青春真っ盛りの青年。


 ……異世界に転生したら知識チートしたくなるもので、実際したのだけども全部失敗した、王族の妨害のせいで。


 妨害しただけでなく全ての成果を奪われて、わずかな成功も王族の成果とされて……王族の名だけが上がった。


 父親と本来伯爵を受け継ぐはずだった兄は、王族の思いつきのせいで戦地に行くことになり、死を覚悟した父から強制的にウィルバートフォース伯の名を継がされてそろそろ2年……。


 成果と父と兄と、自分の未来を奪われて……ついでに何人かの領民の命も奪われて、謝罪も補償も一切なしのクソ王族をどうにか殺せないかと策を練ることが唯一の趣味の、俺ブライト・ウィルバートフォースの一日が、こうして始まろうとしていた。


 


――――


お読みいただきありがとうございました。


不定期更新新作です


ラスト……反逆がどうなるかまでのプロットがある状態ですが、他作品を優先する関係で不定期となります


まだ説明していない王の詳細や、主人公、世界観の詳細は追々に

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