きらびやかなシャンデリアが、夜だというのに真昼のような光を降り注いでいる。

　​王宮のホールを満たすのは、流行のドレスに身を包んだ貴族たちの楽しげな喧騒と、優雅なワルツの音色。

​　その華やかな輪の中心で、私、伯爵令嬢のエリアーナ・ハワードは、そっと息を殺していた。

​「……」

　​隣に立つ婚約者、この国の第一王子であるアルフォンス殿下の視線が、私に注がれることはない。

​　彼の瞳は、いつも私の向かい側にいる侯爵令嬢イザベラ様に向けられていた。燃えるような赤いドレスをまとった彼女は、殿下の言葉に鈴を転がすような笑い声を上げている。

　​私と、イザベラ様。

　​銀色の髪に空色の瞳を持つ私は、よく「雪の結晶のよう」と控えめに評される。

　今日のドレスも、殿下の隣に立つにふさわしいようにと選んだ、落ち着いたネイビーブルーのものだ。

​　一方、金色の髪にエメラルドの瞳を持つイザベラ様は、誰が見ても「咲き誇る大輪の薔薇」だった。

　​どちらが次代の王妃にふさわしいか。

​　答えは、誰の目にも明らかだったのかもしれない。

　​音楽が一区切りつき、会話の輪が途切れたその瞬間だった。

​「エリアーナ」

　​不意に名前を呼ばれ、私は弾かれたように顔を上げた。

　初めて真っ直ぐに向けられたアルフォンス殿下の紫色の瞳。その中に、氷のような冷たさを見つけて、私は知らずに身を固くした。

​「本日をもって、貴様との婚約を破棄する！」

　​殿下の声がホールに響き渡った。

　​音楽が止まる。人々のざわめきが、ぴたりと消えた。

　全ての視線が、針のように私に突き刺さる。

​「……え？」

​「聞こえなかったのか？ 地味で、気の利かない貴様のような女は、私の隣にふさわしくない！ この国の王妃には、もっと華やかで、聡明な女性こそが立つべきだ！」

　​アルフォンス殿下はそう言い放つと、愛おしげにイザベラ様の腰を引き寄せた。イザベラ様は、勝ち誇ったような笑みを私に向ける。

​「私の真実の相手は、イザベラだ！ エリアーナ、貴様は潔く身を引け！」

　​周りの貴族たちが、ヒソヒソと囁き始めるのが聞こえる。

​（ああ、やっぱり……）

　​頭が真っ白になるほどの衝撃の中で、私の心は不思議と冷静だった。

​　悲しい。悔しい。みっともない。

​　けれど、それと同時に、どこか「これでやっと解放される」と感じている自分もいた。

　​殿下の隣で、いつも息を潜めて、地味だ、つまらないと蔑まれ続ける日々から。

　​私は、震える膝にぐっと力を込める。ここで泣き崩れたら、彼らの思う壺だ。

　​背筋を伸ばし、できる限りの優雅さで、私はスカートの裾をつまんで一礼した。

​「……承知、いたしました。アルフォンス殿下、イザベラ様。末永く、お幸せに」

　​絞り出した声は幸いにも震えていなかった。

　​もうここに、私の居場所はない。

　​私は誰にも目を合わせず、ゆっくりと踵を返した。​人々の憐れみと嘲笑が渦巻くホールを、私はたった一人で後にする。

　​バルコニーに出て、ひやりとした夜風に当たると、今まで張り詰めていた涙が、ぽろりと頬を伝った。

　​見上げた夜空には、数えきれないほどの星が瞬いている。

​「これから、どうしよう……」

　​婚約者のいない伯爵令嬢など、次の社交界では笑いものだ。家に帰っても、きっと父や母をがっかりさせてしまうだろう。

　​涙を拭い、空っぽになった心で夜空を見つめていた、その時だった。

​「――そこで何をしている」

　​不意に、低く静かな声が背後から聞こえた。

　​驚いて振り返ると、そこには、月の光を背にして一人の男性が立っていた。

　​闇色の髪に、凍てつくような冬の夜空を思わせる深い青の瞳。

　この国の誰とも違う、硬質な美貌。　

　​その姿を見て、私は息を呑んだ。

　​隣国から来賓として招かれていた、武勇の誉れ高き辺境の支配者。

​　『氷の悪魔』とさえ呼ばれる、冷徹無比の公爵様――ヴィンセント・アシュフォードその人だった。

―――

私史上、初の婚約破棄から始まる異世界恋愛作品です。今まで、あまり書ける自信もなく手を出さずにいたのですが、一度試してみようと思い、挑戦させていただきました！

初の恋愛作品だけあって、今まで書いていたスローライフとも、ハーレム作品ともまた違った作品なのは、明らかです。

いや〜難しかったです。めちゃむずでした！

最後に皆様の応援がすんごく力になります。

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