第32話 残響
はらりと舞い上がった街路樹の葉が落ちる。
ハルとホノカは双子に向かって駆け出した。
同じスピードで縮まる距離。同じ軌道をえがく切っ先が、同じタイミングで同じ箇所を狙う。
反撃の隙は与えないとばかりに、ハルとホノカは一気にたたみかけた。
「「これで!」」
高く跳び上がったハルとホノカは、体の上下を反転させて空気を蹴る。
重力を味方につけて振りかざした刃が、防御しようとした双子の長い爪を打ち砕く。
「終わりよ!!」
「終わりだ!!」
二人の声が重なる。
バランスを崩した二人に向かって、ハルとホノカは着地と同時に力のかぎり刃を振り抜いた。
「「アッハハハハッ♪」」
「「よくできましたぁ♪」」
血しぶきとともに舞い上がった頭部が、鈍い音を響かせて地面に落下する。
ひらいたままの瞳孔が、じっ、とスペランツァの姿を映していた。
光を失っていく視線。
頚部から噴出する鮮血。
ひどく耳ざわりな笑い声が、いつまでも耳の奥にこびりついていた。
「敵の、殲滅に成功……! スペランツァ、
オペレーターの報告に返事をする者はいない。
固く口を閉ざすユキノリの横で、マリアはモニターから顔をそむけ喉をつまらせた。
みな必死に、なにかに耐えるように歯を食いしばっていた。
「くそっ……!」
キョウヤはぶつけようのない憤りに、こぶしを壁に叩きつける。
室内に反響した無機質な音が、余計にむなしさを
「え、それってぇ、死んだってことぉ? スペランツァのくせに弱くない?」
室内後方。見学者の最前列で、エリカが肩をすくめながら言った。
居合わせた誰もが彼女に対して軽蔑のまなざしを向け、嫌悪感をあらわにする。
「エリカ、やめろ……」
隣に立つシュウも小声でたしなめるがエリカには通じなかったようで、彼女は小馬鹿にするように短く鼻を鳴らした。
「だってさぁ、スペランツァって特別なんでしょ? それなのにこんなに簡単に負けちゃうなんて、話になんないじゃん」
「ってめぇ……!」
キョウヤが一歩、エリカに向かってきびすを返す。
腕に血管のすじが浮かび上がるほどに、彼はこぶしを固く握っていた。
「キョウヤ」
「っ、チッ……!」
アキトの声に、キョウヤはかろうじて足を止めた。エリカを視界から遠ざけるように背を向ける。
憤りの矛先をどこに向ければいいかわからぬまま、彼の肩が小刻みに震えていた。
一方で、キョウヤを制したアキトの表情はモニターの明かりを反射するメガネのレンズのせいで知ることはできない。
沈黙に支配される室内で、ただ誰かのすすり泣く声だけが空気を揺らしていた。
「ねぇシュウ」
「エリカ、お前出てろ」
「えー、なんでよぉ。エリカ意味わかんなぁい」
「いいから出ろ!」
エリカを
「いたぁい!」と文句を言うエリカの声を無視して、シュウはなかば引きずるように彼女を司令室の外へと連れ出した。
メインモニターの中で黒い塊を押しのけながら何度も何度もツカサの名を呼ぶハルとホノカの声が、スピーカー越しにただただむなしく響いていた。
◇◇◇◇◇
「結局、なにも見つからず、か……」
自然浄化された戦場でおこなわれたツカサの捜索。
駆り出されたシュウも懸命に手がかりを探したが、出てくるのは荒廃した町の残骸ばかり。
ツカサに関するものはなにひとつ見つからなかった。
瓦礫の山を撤去しながらの作業は陽が暮れるまで続けられ、今は現場に規制線が張られている状況である。
(明日も朝から捜索だって言ってたけど……期待はできねぇな……)
「……はぁ~」
帰還したシュウはそのまま事後処理や報告書などの雑務に追われ、気づけばすでに日付は変わろうとしている。
「……どうなっちまうんだろうな、これから……」
ひんやりと肌寒い廊下に、重たいため息が沈む。
スペランツァの一人を失ったことは、組織にとって、否、人類にとって大きな影響をおよぼすことになるだろう。それでなくともスペランツァは貴重な存在なのだ。戦況の悪化はまぬがれない。
「……はぁ~」
再び疲労をため息にして吐き出すと、シュウは気だるそうに自室のドアノブに手をかけた。
だが一瞬の躊躇が、彼に再びため息をつかせる。
(いるわけない、よな……)
真っ暗な室内が、否応なしに彼に現実を突きつける。
(ばっかみてぇ……)
淡い期待を胸にいだいていた自分に、シュウはおもわず嘲笑を漏らした。
(ケガしてたみたいだし、医務室か……それとも……)
ハルは今夜もキョウヤの部屋に行っているのかもしれない。
きっと今頃、捜索隊に加わっていたキョウヤの帰りを彼の部屋で待っているのだろう。
(……あー、やめやめ)
浮かんだ想像を消し去るように頭を振って、シュウはドア横にある電気のスイッチを探った。
蛍光灯が、室内を明るく照らし出す。
「っ!?」
追い求めた姿が、そこにあった。
「いるなら電気くらいつければ? ハル……」
自分のベッドの上で膝をかかえてうずくまるハルが、シュウの発した声にピクリと反応した。
「……ケガ、大丈夫か?」
手足に巻かれた白い包帯がなんとも言えず痛々しくて、シュウは無意識にそう口にしていた。
(スペランツァにとっちゃ、大したことないんだろうけど……)
明日になれば跡形もなく治っているとしても、やはりこうして負傷した姿を見せられるとその身を案じずにはいられない。
だがシュウの問いかけに答えるでもなく、ハルはひどく緩慢とした動作でベッドを降りた。
裸足のまま、彼女はふらふらとシュウの横を通りすぎる。
「…………」
「……っ」
長い髪で隠れた表情が、一瞬だけシュウの目にとまった。
泣き腫らしたまぶたに濡れたまつげ。
潤んだ瞳が、今にもこぼれ落ちそうだった。
「っハル……!」
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