第21話 逃げるが勝ち

◇◇◇◇◇



「はぁ!? ルームメートぉ!?」

「ちょっ、ホノカ……! 声が大きいっ」


 人もまばらな食堂内で、ホノカの驚愕に満ちた声が響いた。

 慌てるハルが首をすくめて抗議の声を上げる。

 だがホノカは構うことなく、ぬるくなった食後のコーヒーを一気に飲み干した。


 先ほど廊下の角から挙動不審に顔を覗かせては、こそこそと人目を気にしながら移動していたハルを捕まえて理由をたずねれば、とんでもない事態になっているではないか。


(あの新人がハルに執着してるのには気づいてたけど……)

「なんだってそんなことになってんのよ」

「さあ? わたしにもよく……」


 ハルはさっぱりわからないとばかりに首をかしげた。

 予想外の事態に困惑しているのはハルも同様である。

 医務室での療養を終え一日ぶりに部屋に戻ってみれば、無人であるはずの自分の部屋に他人がいたのだ。

 それが三年前に別れたはずの男となれば、ハルでなくとも逃げて当然である。


「マリアってばなに考えてんのよ」

「所長の独断らしいよ?」


 頭をかかえるホノカの横で、アキトが涼しい顔で言った。

 とたんにホノカの表情が引きつる。


「マリアも直前まで知らなかったみたいでさ」


 今にも憤慨しそうなホノカの冷たい視線に、アキトは自分には非はないと言いたげである。

 たしかに、マリアが知らなかったのであれば予防する手立てはない。


「だからって、このままってわけにはいかないでしょ。どうすんのよ?」


 眉間にしわを寄せたホノカが、目を細めて横目でアキトを一瞥する。

 そのまなざしは、なにか知っているなら吐けと言わんばかりである。


「あーほら、トレーニングルームの横の、物置にしてるとこ。あそこを仕切って個室にするんだって。今頃キョウヤたちが片づけに駆り出されてると思うけど?」


 メガネのレンズをハンカチで拭きながらそう言うアキトに、ハルは一人で納得したように「ああ……」と声を漏らした。


「あそこ、たしか整備部と管理分析部が占拠してたよね?」

「そう」

「で? あんたは行かなくていいわけ? ?」


 悠長に隣でモーニングコーヒーを堪能するアキトに向かって、ホノカはわざとらしく肩書きで呼んでやった。


「僕はほら、頭脳派だから」

「どうせめんどくさいだけでしょ」


 ため息をつくホノカに、アキトは「バレた?」と小さく笑った。


「ところでハル、そんなことになってるなら、あんた昨日どこで寝たの? まさか同じ部屋で寝てないわよね?」

「それはない。断じてない」

「じゃあどこ行ったのよ。あんた映画見たあと普通に帰ったわよね?」

「そ、れは……」

「ほら、白状しなさいよ」

「…………キョウヤのとこ」


 ホノカの問いに声をひそめて答えれば、彼女はどういうわけかハルを見て爽快に微笑んだ。


「なら問題ないわね!」

「へ?」

「新しい部屋ができるまで、あんたしばらくキョウヤのとこにいなさい」

「あえ!? け、けど、キョウヤに迷惑が……!」


 突拍子もないホノカの発案に、ハルはおもわず口に含んだミルクティーを吹き出しそうになる。

 いくらなんでもキョウヤに迷惑をかけるわけにはいかない。

 だがうろたえるハルをよそに、ホノカは「大丈夫よ」とあっけらかんに言ってみせた。


「だいたい、あんたちょいちょいキョウヤんとこ遊びに行ってんでしょ?」

「うっ……」

「いまさらぶるんじゃないわよ」


 そう言われてしまうと反論の余地がない。

 とはいえたまに遊びに行くのと一緒に生活するのとではわけが違うと思うのだが、もうこの際なにを言っても無駄だろう。


「アキト、このあと片づけしに行くんでしょ?」

「どうかな?」

「行きなさいよ、補佐官」


 ホノカが冷めたまなざしでアキトを見遣る。


「まあいいわ。とりあえずキョウヤに聞いといてくれない?」

「オッケー。検査が終わってからでよければ」

「え、でもホノカっ」

「い、い、わ、ね?」


 当人たちを無視して着々と手筈てはずを整えるホノカとアキトの間に、ハルは慌てて割って入る。

 ところが、有無を言わせぬホノカの笑顔が、ハルがそれ以上なにかを言うのを抑え込んでしまった。


(これは逆らっちゃいけない笑顔だ……)

「さてと。じゃあとりあえず、ハルはあたしの部屋に行きましょ。観たい映画があるのよ」

「さっきも言ったけど、ホノカはこれから検査だよ」


 すかさず告げられたアキトの言葉に、ホノカは「……忘れてたわ」と言って頭をかかえた。


「あ、わたし、お散歩してるから大丈夫」


 どうしたものかと思案をめぐらせているホノカにそう言えば、疑うようなまなざしが向けられる。

 おおかた、ハルが部屋に戻る、もしくはシュウに見つかることを心配しているのだろう。

 再度「大丈夫だよ」と伝えれば、ホノカはしぶしぶ納得してくれたようである。


「じゃあ終わったら連絡するわ。ちゃんと逃げきるのよ?」

「ははは……」


 釘を刺すホノカに苦笑しつつ、ハルはそろって立ち上がった二人の背中を見送った。


(ああは言ったものの……)


 どうやら新人研修が休みであるらしいシュウから、どうやって見つからないようにするかが問題である。

 今朝の彼の様子を見れば、自分を捜しているだろうことは明白。当然のことながら、自分の部屋には戻れない。


(とりあえず、どっか別のところに移動しよう)


 人の集まりやすい食堂にいるよりかは、どこか別の場所にいたほうが見つかりにくいだろう。

 ハルはからっぽになったマグカップを返却口に返して、そそくさと食堂をあとにした。



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