第16話 絶望の悲鳴

「ここからはわたしたちに任せてください! みなさんは、自分の身の安全だけ確保してくださいね!」


 体の向きを変えぬまま、ツカサの声が風に乗ってシュウたちに届く。

 前に突き出した彼女の両手のひらから光の粒子が無数に生まれていた。

 それは瞬く間に巨大な弓へと形を変えていく。


「いっけぇー!!」


 自分の背丈ほどもある弓を構え、ツカサは勢いよく腕を引いて矢を放った。

 一本の矢が空中で数多に分裂し、軌道を無視して四方八方へと向かっていく。

 そのすべてを目で追うことはかなわず、それらは鋭利な風の刃となってペッカートの肉体を貫いていった。

 耳をふさぎたくなるほどの不愉快な雄叫びとともに、黒い群れの一部が崩れるようにして地面へとひれ伏していく。


「なにが、起きてんだよ……」


 常識では考えられない光景に、誰もが口を閉じることすら忘れていた。

 若者たちはただ呆然と、目の前で繰り広げられる非日常的な光景から目が離せなくなっていた。


「こんなの、人間わざじゃねぇよ……」


 戦場を無数に飛び交う風の矢を援護に、ハルとホノカが黒い群れの中を駆け抜ける。尾を引く炎と氷の軌跡が、彼女たちの動きを追う。

 ペッカートのすばやい攻撃を巧みによけながら、ハルとホノカは互いの背後に迫る敵を斬り伏せた。

 凍てついた氷が動きを封じたまま砕け散り、火柱が次々と燃え上がる。


 敵の体から噴き出した鮮血が二人を赤く染め上げていくのに比例して、黒い塊は次々に地に沈んでいった。

 すべては並外れた身体能力がなせるわざ

 二人は軽快に空中高くへ跳び上がり、黒い群れの頭上めがけて大きく武器を振りかぶった。

 衝撃で四散した紫色の霧とともに、ペッカートがシュウたちのいるほうへ弧をえがいて落下してくる。


「もう! ハルさんもホノカさんもめちゃくちゃなんだから!」


 ツカサの声を遮って、地響きが各所でこだました。

 舞い上がる砂ぼこりの向こうで黒い影がゆっくりと体を起こす。

 とたんに、若者たちの中で忘れかけていた恐怖が一気によみがえる。


「うわあああああああっ!?」

「くそっ! クソクソクソッ!!」


 辺りに反響する銃声に交じって、若者たちの叫びが随所から聞こえていた。

 とめどなくあふれる負の感情を声にして吐き出さなければ精神がもたない。


 なにがどうなっているのかわからなかった。

 理解する間もなく、目の前の状況は刻々と変わっていく。

 己の身を守るために、ただ無心で銃の引き金を引いているだけだった。


『全員後方へ退避! 走れっ!!』


 どこからか聞こえた鬼気迫る太い声に、シュウは反射的に瓦礫の陰へと背を預けた。


「後方ってどっちだよ!」


 拡声器越しの的を射ぬ指示に、シュウはいらつきながら悪態をついた。

 からっぽになった弾倉を捨て、手早く予備と交換する。

 無我夢中で応戦していたせいで方向がわからない。

 状況を確認しようにも、混乱する戦場ではその余裕もない。


「きゃああああああっ!!」


 耳をつんざくような悲鳴が戦場に響く。

 ハッ、と息を飲んで顔を上げたシュウの視線の先で、エリカが大木を背にして青ざめた表情で立ちすくんでいた。

 迫るペッカートに対して銃を構えることもままならず、彼女はただただ泣き叫ぶばかり。


「っやだ……いやっ……! こっちに来ないでよ……! 誰か……誰か早く! 助けてよっ!!」


 恐怖のあまり、エリカは敵から目をそらすことができない。

 流れ落ちていく涙で気合いの入ったアイメイクが崩れていくが、今の彼女はそんなことが気にならないほどに切羽詰まっていた。

 硬直したエリカの腕から、アサルトライフルがむなしく地面に落下する。

 金属音とともに、いくつかのパーツがはずれて周囲に散らばった。


「っエリカ!!」


 シュウは衝動のままに瓦礫の脇から飛び出した。

 ところが、頭上から覆いかぶさるように、巨大な影が彼のゆく手を阻む。

 見上げた漆黒の壁のはるか上部から、無機質な白い仮面がシュウを見下ろしていた。


「っ……!?」

「そこのあんた! 邪魔よ!」


 声が響くと同時に、冷気の中で敵の頭部が宙を舞う。

 真っ赤な体液が、切断面から勢いよく噴き出した。


(これって、やべぇんじゃねぇのかよ!?)


 頭上から降り注ぐ真っ赤な液体。

 ツカサに告げられたモルテの危険性。

 シュウは反射的に身をかがめて固く目をつむった。

 しかし、液状のなにかが降ってくる感覚はない。

 そのかわり、風がシュウの肌をふわりとなでた。

 シュウはおそるおそる視界をひらく。


「どう、なってんだ……?」


 やはり目の前は赤く染まっていた。

 否、正確にはシュウの体を避けるようにして、モルテの流れが変わっているのである。

 まるで透明な球体に守られているかのように、モルテは曲線をえがきながら地面へと流れ落ちていく。


「なんだこれ…………風……?」


 モルテを防ぐ透明な壁の正体。それは風だった。

 周囲を旋回する風が、シュウを中心に球体を形成している。


「まさか、あの子の……?」


 自然現象ではありえない風の動きに、シュウは咄嗟にツカサの姿を探した。


「たしか、のスペランツァ、とか言ってたよな?」


 司令室で聞いた彼女の自己紹介を思い出し、シュウは納得したように「そういうことかよ」とつぶやく。


「いやあああああっ!!」


 次の瞬間、再び戦場に響き渡るエリカの悲鳴。


「っそうだ、エリカは……!」


 風の盾のおかげですっかりひらけた視界の先で、ペッカートが長い腕を掲げていた。

 大木の根元で身を縮ませるエリカめがけて、鞭のようにしなる腕が振り下ろされた。



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