第2話 十七の成人の日に


「トキ!!」




「え?あぁ、みなも!!」



振り返ったら、その突き刺さるような声の主はなんて事はない、幼なじみのみなもだった。珍しく慌てて、いや青ざめたような顔をしていて、俺は少し目を丸く見開いてみなもを見た。どうしたんだよ、まったく。




「お、お、お前……なにしてるんだよ?」



みなもは、その青ざめたような顔のまま、俺を指さして問いかけた。



ほぇ?なにって?

えーと、天気もいいし、夏の猛暑もすぎて秋の気配で絶好の散歩日和、加えて本日は学校も休み。

そう、つまり俺は…………




「散歩だけど」




そう答えたらみなもは「はぁ?」と声を上げて

ワナワナと小刻みに震え出した。そうかと思えば

力を溜めに溜めて、一気に放出するかのように

みなもは俺に怒鳴る。




「バァカ!!今日お前成人の日だろ!星詠みの八百様の所に行けよ!バカ!!」




……え?え?あ!ああっ!!

しまった!!俺、やらかしてる!?完全にやらかしてるよな?みなもの顔を見ながら静止。思考回路も停止。さらに状況を嫌でも飲み込んだ俺は、みなもの顔を半泣きで見上げる。俺はこうやって度々幼なじみのみなもを幾度となく呆れさせてきている。情けない……。みなもは腰に両手をやって深い深いため息をついた。うぅぅ……そんな顔しないでくれよぉ……



「はぁ~……さっさと行け。今からなら間に合うだろ」



「うん、行ってくる……」



俺はみなもにそう言うと、沢を駆け上がり、森をぬけてこのわいずの指針とも言える“星詠みの八百”様の所へ駆け出した。



このわいずでは17の歳に成人となる。

そこでは、一生に一度の大切な儀がある。

まじでこの儀と呼ばれるものはすんごく大事……。

昨夜、母さんからも父さんからもあれほど!!

遅れるなと言われてたのに!!ハァハァ……

あぁ、俺なんでいつもこうなんだろ。

って見えた!!八百様のいらっしゃる星庵!!!




「八百様!!申し訳ございません!トキです!遅れました!」




八百様のお部屋に掛かる繊細な御簾を、乱暴に手で退けて勢いに任せて入ってきたけど……お付の星守(ほしもり)の筆頭がめちゃくちゃ睨んでる………すごい怒ってるよこれ、ヤバいヤバいヤバい、冷や汗が吹き出してきた!!




「ふふふ……大丈夫だよ、トキ。よく来たね、座って」




八百様はいつ見ても、7歳とは思えぬほど落ち着いていて……なんとも優しい顔で微笑んでくれた。よかったぁぁ……怒られなくて!!星守の皆さんは滅茶苦茶睨んでいらっしゃるけど……



「は、はい」



「では、他の者達は外へ」



八百様は穏やかに人払いをするとお付の人達は皆、軽く一礼をしその場を後にした。その所作は音一つない。いつもながらすごいな……。

さて。い、いよいよ始まるのか!!俺の、成人の儀が。




星詠みの八百様は、白く美しいお召し物で

両手を空へと突き上げた。衣擦れの音が

しゅあ……しゅあ………と小気味よく聞こえる。

そして、俺にはさっぱり分からないけれど

なんらかの祝の言葉のようなものを読み上げる。

リーン……リーン……と澄んだ鈴の音が、この部屋中に響き渡った。その時、俺は気づいたんだ。ここに来るまで外は穏やかな秋晴れで、風ひとつ吹いてはなかったのに、今は、外からバサバサと風の音が聞こえ始めた事に。代々、このわいずの“星詠み”には不思議な力があるという。そして八百という名を受け継いでいる。




━━俺がまだ10歳だった時、先代の八百様は

もうおじいちゃんだったけれど、とても優しくしてくれた。




「トキよ、お前が生まれた日のことを儂は今でも覚えている。儂の指を強く握りしめてな、笑っておった」



優しい目で、よくその日の話をしてくれたっけ。懐かしいな。そんな事をあれこれと思い出していると、いつしか祝の言葉は終わり、気づけば外の風もピタリと止んでいた。



八百様は、音もなくこちらに向きかえる。



「さぁ、トキ。僕の後ろの刀を手に取るといい」




スっと立ち上がり、左に身をよけた八百様の奥に

一本の刀がかけてある。このわいずでは、成人の日に一本だけ刀を託される。あそこにあるのが俺の……俺の刀。このわいずで育った者ならば誰しも自分だけの刀に憧れる。もちろん、俺もそうだった。



ドキドキと胸が高鳴る。



「トキ、これの名は留紺(とめこん)。紺の中でももうこれ以上は染まらない紺の名だよ。お前には、おそらく一生この色が付いて回るだろう。でもね、暗い色に見える留紺も決して悪い色じゃない。手に取り、抜いてごらんよ」




八百様に促され俺は、その刀に近寄った。




「俺の……刀…………」

思わず息を呑んだ。



紺の鞘に、金色の鐺、あ、鍔は透かし鍔だ……

なんて、なんて綺麗なんだろう。

この世界でひとつしかない俺の愛刀。




それを手に取るまでは、それはただの美しい刀でしかなかった。でも、ひとたび手に握りしめた瞬間、ああ、これは間違いなく俺のだ。こいつとずっと一緒に居る…そう心にストンと落ちる感じがした。そのくらい、不思議と手に馴染んだ。



鞘から、刀身を抜くと、鈍く光る銀色の刃がヌラリと光を反射して、俺は少しゾッとした。ほんの少し反り返りのある姿、言葉では表せないほどの美しい線……こんな繊細なものでなにが出来るのだろう、いいやこんなに薄くて鋭いものならば、どれほどの切れ味なのだろう……その両方の気持ちが浮かんでいた。



「わいずに伝わるこの刀たちはみな、古くに存在した国をルーツに持つ。その技法を、我らわいずがずっと守り続けて今がある。これを手にしたからにはトキ……決して恥ずる生き方をすることのないようその命に刻み込め」




そう言う八百様の目は、代々受け継がれる星読みの

重みを感じさせた。




俺は、八百様の前に跪き、頭を下げる。




「承知」




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