第4話 天使な後輩と三重契約(トリプルブッキング)

 教室に戻ると、次の授業が始まろうとしていた。

 授業中も頭は鳳城レイナの提案でいっぱいだった。


(「彼氏」なんて経験ゼロのオレがどう演技すればいいんだ?)


 でも、もう引き受けてしまった。断れない自分を呪いながら、オレはスケジュール管理アプリに新しい予定を入力した。


「次のページを見てください。この方程式を……」


 教師の声が遠くに聞こえる。そんな中、スマホが静かに震えた。LINEの通知だ。

 授業中にスマホを見るのは校則違反だけど、今は我慢できない。こっそり確認すると、見知らぬアイコンからのメッセージだった。


『こんにちは、時任先輩。一年A組の花園みことです。突然すみません。今日放課後、少しお話できますか?』


(花園みこと?)


 一年A組の花園みこと(はなぞの みこと)といえば、噂の転校生じゃないか。新学期に転校してきて、校内ですぐに人気者になった子だ。「天使のような笑顔」とか「アイドル級の可愛さ」とか言われている。


(そんな子からメッセージがなぜ?)


 また断れない予感がする。でも、断れない。断ったら……。


『大丈夫だけど。何時頃?』

『五時半頃、図書室の前でお願いします。本当にありがとうございます!』


 すぐに返信が来た。


(またしても図書室か。そういえば、白雪さんも図書室で待ち合わせのはずだ)


 オレは慌ててスケジュールを確認した。


・一六時三〇分~一七時三〇分 白雪さんと図書室

・一七時三〇分~一八時三〇分 花園さんと図書室前


(時間的には問題ないな。でも、一日で二人の女の子から連絡とか、これ以上増えたらパンクする……)


 放課後のチャイムが鳴った。オレは深呼吸をして立ち上がった。


(よし、行くぞ)


 これから始まる「断れない男」の新たな戦いに、オレは一人で立ち向かう。誰も知らない恐怖を抱えながら。


     ◇


 放課後、時計は午後四時二五分を指していた。

 約束通り図書室に向かうと、白雪ほのかは既に待っていた。


「お待たせしました」

「いいえ、私が早く来すぎたんです」


 ほのかは小さく微笑んだ。

 図書室の奥、他の生徒から少し離れた個人学習スペースへ案内される。


「時任くん、実は……私、恋愛について相談があるんです」

「恋愛……ですか?」


 今日二度目の驚きだ。


(白雪ほのかが恋愛相談? それもオレに?)


「はい。私、好きな人に告白したいんです。でも、どうしていいか分からなくて……」

「えっと……でも、なぜ僕に? 白雪さんには女友達もいるでしょうに」

「それが……私、実は恋愛経験がまったくなくて。女友達に相談しても『完璧人間の白雪さんらしくないね』とか言われるだけで」


 学校で「完璧」と言われる白雪ほのかにも、こんな悩みがあるなんて。


「それで、時任くんなら親身になって聞いてくれると思って……お願いできますか?」

「もちろんですけど、僕も恋愛のプロではないので……」

「いえ、それが……アドバイスではなく、実地訓練をお願いしたいんです」

「実地訓練……?」

「はい」

 ほのかは小さく頷いた。

「時任くんに、私の彼氏役をしてほしいんです。仮想的な彼氏……ですけど」


 今日三度目の衝撃だ。目の前が一瞬暗くなる。


「彼氏……ですか?」

「はい。私、人前でうまく感情表現ができないんです。特に好きな人の前だと緊張して……。だから、事前に練習ができればと思って……」


 ほのかは少し恥ずかしそうに言った。


「時任くんに模擬彼氏になってもらって、デートの仕方とか、会話とか、実践的に学びたいんです」

「でも、僕でいいんですか?」

「はい。時任くんのことは前から知ってて話しやすいですし、何より……秘密を守ってくれると思うので」

「期間はどのくらいを……?」

「一ヶ月くらいでしょうか? 来月末には告白したいと思っているので」


(一ヶ月?)


 鳳城先輩の依頼は一週間だった。時期が重なるが……でも断る理由はない。これも頼まれごとだし、ほのかの役に立てるなら……。


「分かりました。お引き受けします」


 オレは決意を固めた。


「本当ですか? ありがとうございます!」

 ほのかの顔が明るくなった。

「あの、これは絶対に秘密にしてほしいんです。特に、告白する相手に伝わると……」

「もちろんです。誰にも言いません」


 時計を見ると午後五時二五分。そろそろ花園みこととの約束の時間だ。

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