第1話 断れない僕の、壊れ始めた日常
月曜日、朝のホームルーム中。
担当の松本先生が話をしている間、オレはスマホの中のアプリを見つめていた。松本先生は五〇代半ばの男性で、常に完璧に整えられた短髪と厳格な表情が特徴的に見える。生徒からは「鉄仮面」というあだ名で恐れられているけど、オレ的には実は面倒見がいい人だと思う。
「では、来週の学年集会は五時間目に変更となる。それと、文化祭に関しての連絡だが……」
そろそろだ。午前八時三五分。あと一〇秒もすると……。
「あ、すみません先生!」
クラスの中央列、一番後ろから立ち上がったのは沖田美咲だ。長い黒髪をポニーテールにまとめた活発な女子でクラスでも人気者だ。
「頼まれてた文化祭のプリント、生徒会室に取りに行ってくるの忘れてました! ちょっと取ってきてもいいですか?」
「まったく……。仕方ない、行ってきなさい」
「ありがとうございます!」
そう言うと、美咲はオレの方を向いて手招きをした。
「時任くん! 一緒に来てくれない?」
彼女の甘えるような声に、クラスの視線が一斉にオレに向かってくるのを感じた。
(やっぱりきたか……)
「はいはい」
そう言いながら、オレは立ち上がってすでに教室を出る準備をしていた。断るという選択肢は、少なくともオレの脳内辞書にはない。
「時任、お前もか」
松本先生は呆れた顔をしたが、もう慣れている様子だった。
「早く行って来い」
「はーい」
廊下に出るなり、美咲が軽いステップでオレの隣に並び、制服のリボンを直しながら微笑んだ。
「時任くん、マジ感謝! で、さっそくなんだけど古文の宿題がさぁ……」
「ああ、それならこれ。付箋の箇所だけ写せば間に合うと思うよ」
息を飲む美咲。
「は!? なんで分かるの、エスパーなん!?」
彼女は片手を腰に当て、もう片方の手で長いポニーテールを弄りながら驚いた表情を見せた。
『二〇時四九分、タレコミLINE。「明日の古文、沖田→時任に依頼あり」――対応済み』
スマホのスケジュール画面を見せると、美咲が「うわっ、怖っ……」と引きつった笑みを浮かべる。
「そう言うなよ」
オレの名前は時任悠真(ときとう ゆうま)、私立桜丘学園二年B組。
自他ともに認める【段取り魔】にして【断れない男】。あらゆる依頼を予測し、秒単位でスケジュールを組み、完璧にこなす。それがオレの日常であり――やっかいな体質でもある。
なぜなら、中学時代のあの苦い経験以来、オレは頼みを断ることができなくなってしまったのだから。
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