第36話 【こぼれ話】 出雲大社 5
「こうして神々がいろんな審議を行い、来年に向けての打ち合わせも行い、『今どきの若者は……』と嘆き……。」
「いや、最後のは嘘っぱちでしょう。」
「まあ神謀りではやらないですね。話を戻しますと、審議が終了すると一旦解散します。いわゆる『神等去出(からさで)』ですね。分かりにくい言葉ですが、文字通り神様が出雲をお発ちになる、という意味です。」
「そうして神々は故郷に帰る、ですか。」
「いいえ?」
「え、でも解散ってさっき……。」
「あくまで『一旦』ですよ。会議の後は宴会です。これは日本古来からの原理原則。鉄の掟なんですよ?」
「なんすか、その昭和のサラリーマン的発想。」
「なにしろ原理原則ですから。神々は一度解散しますが、ここ出雲大社から少し南側にある万九千神社に移動します。せっかくですので我々も移動しましょう。」
「というわけで、ここが次の集合場所、万九千神社です。」
「一気に何にもない社になりましたね……。」
「ぶっちゃけただの宴会場とも言いますね。」
「でもどうしてここでやるんですか?そのまま大社でやったらいいでしょうに。」
「いい質問ですね。実はそこが重要なポイントなんですよ。」
「え?」
「ここ斐川平野は、現在でこそ平坦な農地が連なっている真っ平らな土地ですが、昔は斐伊川が大暴れした痕跡ばかりの沼沢地でした。後年少しずつ干拓が進み、農地として整備が行われましたが、斐伊川が東へと急カーブするこの周辺は、川を鎮めることが何より重要視されたんですね。」
「ああ、川の神さまを鎮める社が必要だったと。」
「はい。そしてもう一つ。古代の出雲では、結構重要な神社が宍道湖の北側にあります。出雲大社、佐太神社、美保神社、日御碕神社などですね。」
「そういわれると、結構ありますね。」
「つまり、宍道湖南岸の人にとっては、当時の斐川平野は神と人との境界線だったんですよ。宍道湖北岸には神様がいて、宍道湖南岸には人が住む。そうして自然な住みわけを行っていたと想定されます。」
「ああ、つまりここはちょうど境界線に建てられた社ってことですか。」
「そうです。かつては佐太神社が、神々が立ち寄る境界線の社とされていましたが、斐川平野の干拓でちょうどいい接点ができた。ここなら神も人も集合しやすい便利な場所ですからね。」
「え?神も人も?」
「そうです。人は神さまに奉納して今年の実りに感謝し、神さまはその奉納に感謝して次の年をうまく回すように図る。それが秋祭りの基本です。それの超巨大バージョンがここ万九千神社で行われる直会(なおらい)です。」
「超巨大……。」
「そして神々の側も普段は各地の社にいるわけで、各地の神さまに会えるのはこの直会の時だけです。たまにはみんなではじけたいわけですよ。」
「はじける……。」
「かくして神と人とが交わり、奉納と感謝を込めてお互いを称えあいどんちゃん騒ぎをする、万九千神社の直会が生まれたわけですよ。」
「昭和のサラリーマン……。」
「まあ完全に村の寄り合いと宴会の拡大版ですが。これも神話の時代からの伝統と考えれば、日本の宴会も由緒正しいものだと見えませんか?」
「いやまったく。」
「はあ、これもジェネレーションギャップなんでしょうか。」
「まあ神さまサイドで考えれば、ここで年に1度、数日にわたる大宴会を開いて親睦を深めたり、愚痴を言いあったりするわけです。そうして来年に備えるわけですね。」
「年に1度と考えると忘年会みたいに見えるっすね。」
「まあ感覚としては似たような感じです。神さまも普段は村の人たちの願いごとを聞く立場ですから、いろいろストレスもたまるでしょう。」
「なんか哀愁漂う中間管理職に見えてきたっす。」
「現代ならカスハラ対応のカスタマーセンターかもしれませんね。まあブラックな話はここまでにしておきましょう。いまはこの万九千神社で宴会を楽しんでおられるのです。そっと感謝の意を伝えるのがマナーというものでしょう。」
「そうっすね。……日々の平穏無事を感謝するっす。来年もよろしくお願いします……。」
『あらあら、これはご丁寧にありがとうございます。あなた方に平穏がありますように。』
「え?今誰か……?」
「どうしました?」
「えっと……いや、なんでもないっす。」
「ん?風に花の香りが……?」
「……やっぱり、クシナダヒメ、っすかね?」
「ふふ、きっと宴の最中にこちらまで顔を出してくださったんですね。宴の邪魔をしてはいけません。そろそろ引き上げましょう。」
「そうっすね。……それでは失礼するっす。」
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