第24話 【こぼれ話】 天叢雲剣 3
「そもそも、八岐大蛇という存在自体が非常に特異なんですよ。なにしろ記紀に登場する異形の怪物は、八岐大蛇ただ一体だけなんです。」
「え、そうなんですか?妖怪とか、魑魅魍魎とか、もっと出てくるイメージありましたけど。」
「それは平安時代以降の話です。いわゆる妖怪文化や鬼・物の怪の概念は、『今昔物語集』や『日本霊異記』のような仏教説話の中で形作られていきます。『古事記』や『日本書紀』では、基本的に神と人しか出てきません。」
「へえー……。じゃあ、素戔嗚尊って、日本神話におけるモンスターハンターの始祖ってことっすか?」
「ある意味、そう言ってもいいでしょう。神が逃げ隠れするような異形の怪物を単独で討伐した存在ですからね。日本神話最大の英雄と称しても過言ではありません。」
「でも、なんか……マイナーっすよね。アーサー王みたいな知名度は無いし。」
「確かに現代の認知度では地味かもしれませんね。でも、日本神話では神と怪物の直接対決はこの一度きりなんです。それだけに八岐大蛇と素戔嗚尊の物語は、極めて重要な意味を持っています。」
「そんな八岐大蛇の体内に『天叢雲剣』は取り込まれていたわけですが、神話的な解釈としては、もともと『天叢雲剣』によって、八岐大蛇は封印されていたのではないか、とされています。」
「封印っすか?」
「はい。現代でも呪符や結界によって穢れを封じるといった話はあるでしょう?八岐大蛇と称される巨大な穢れは『天叢雲剣』でしか封じられなかったということですね。しかし、油断したのか巧妙だったのか、八岐大蛇は封印を破り、封印の要だった『天叢雲剣』を呑み込んでしまった。そうなると、もはや神も人もどうしようもありません。」
「そんな異形の怪物を、素戔嗚尊が討伐した、と。」
「そうです。そして彼はその後出雲で暮らし始めました。出雲が気に入ったとも考えられますが、封印器としての『天叢雲剣』の役割を仮定すると、彼は八岐大蛇討伐後も大蛇の残滓を討ち払いつづけ、大蛇の再封印を果たした、そしてそのまま封印の監視者となったと考えれば、神話の流れにも説明がつきます。」
「なるほど、ファンタジーと歴史がうまくまとまった感じっすね。」
「そこで、先ほどの話に戻ります。この神話的解釈を考えれば、出雲が『天叢雲剣』を献上できるはずがありません。」
「そりゃ八岐大蛇を封印している封印器ですからね。下手に動かしたら今度こそこの世の終わりになると考えるでしょう。」
「はい、しかし帰順した姿勢を示す必要もあった。だから当時の出雲に存在した最先端技術となる冶金、研磨、鍛造などのありとあらゆる技術を用いて『三種の神器』を作り上げて献上した。これによって神話における国家守護も、歴史における平穏な帰順も成立します。」
「はあ~……。そう考えると、だいぶ神話にも筋が通るようになりますね。」
「神話は単なる伝承の羅列ではなく、信仰・政治・文化のレイヤーが複雑に折り重なっているものです。だからこそ、矛盾に見える箇所も、当時の状況や解釈を加えると見えてくるものがあるんですよ。」
「いや~……ちょっと『草薙剣』を見直しました。衝撃波は出ないけど、地味にすごいやつかも。」
「そう。地味だけど、実は超重要な封印の鍵――そういう見方も、ありだと思いますよ。」
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