第15話 【こぼれ話】神様の正倉 3
「まあ、別の伝説では、八岐大蛇は無類の酒好きと書かれておってな。大きな甕に酒をたっぷり用意して、それを飲ませて酔いつぶした、なんて話もある。」
「なるほど。方法はともかく、神話の時代の民衆も、八岐大蛇の油断を誘うために知恵を絞ったということですね。」
「そういうことじゃ。まあつまり、この湯村の地も末端とはいえ、八岐大蛇の物語に繋がっておる、ということじゃな。」
「ふむふむ。」
「その後、八岐大蛇は討たれて出雲の地には平穏が戻ったが、クシナダヒメの姉君たちが建てた倉は、姉妹の遺産として湯村の郷でそのまま大切に使われ続け、倉の傍には慰霊碑も建てられた。やがて時代が進み、郡役所がこの地の位置と残された倉に目をつけて、正倉として再利用された、とされておる。」
「つまり、「ちょうどいいところに使える倉があったから」ってことっすね。」
「うむ。郡役所側からすれば都合が良かったんじゃろうな。じゃが、村の人たちにとっては、その倉は姉君たちが命をかけてご両親と妹君を守り抜いた行いの証なのじゃ。神さまからの授かり物とも言える存在じゃった。」
「では、正倉として使われはじめたあとは?」
「うむ。『姉妹の倉』として慰霊碑とともに村人が大切に守り続けた。慰霊碑はやがて祠となって、温泉神社とともに祀り続けたのじゃ。」
「でも今は何も残ってないっすよね?」
「まあのう。斐伊川は昔から暴れ川で有名な川じゃ。数年前も、このあたり一帯が洪水で浸かったことがあるんじゃぞ。」
「えっ、この高台のあたりもですか?」
「川幅が狭いぶん、水かさが一気に増えると、すぐにあふれる。そんなことが何度も繰り返されれば、倉も、碑も、祠も、少しずつ失われてしまうのも仕方のないことじゃ。」
「ふーむ……。そうやって、度重なる洪水や自然災害で遺構は少しずつ失われ、伝説も薄れていって……。現代では、温泉神社だけが残っていると。」
「そうじゃ。いまは小さな社になってしまったがのう。それでも、神話の時代からの記憶が、かすかに残っとる。ここに限らず、出雲とはそういう地なんじゃよ。」
「結局、遺構は消えてファンタジーな話だけ残ったって事っすねえ……。」
「何か言いましたか?」
「いえ、別に。」
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