魔法使いと監禁男

志草ねな

前編 アリケと監禁男

 ケサカート、どうしたの、どこへ行ったの。

 いけない、あの子一人で悲しんでいるかもしれない。

 早く、早く見つけてあげなくちゃあ。

 それにしても、どうしてここは真っ暗なんだろう。夜の闇より深い闇が、何もかもを飲み込んでいた。


 そこで目を覚ました。さっきまでの出来事はただの夢だったとわかって、ほっとする。


 僕はアリケ。この辺りでは結構名の知られた魔法使いだ。とは言っても、代々続く魔力の強い血筋だから、僕が凄いんじゃなくて僕の血が凄いっていうだけなんだけどね。

 

 仕事は杖とか腕輪みたいな魔法補助道具の製作、販売、修理。王家から依頼が来ることもあるんだよ、ちょっと自慢。

 でもまあ、地位や名誉なんかより、お客様に喜んでもらえることが大事だよね。


 ところで、なんだか今日は起きるのが辛いな。ひょっとして具合でも悪いのかな?


 よくよく見たら、僕の体がひもでベッドに縛り付けられているじゃないか。

 昔からぼんやりしているとはいえ、そんな事態になっていることにようやく気づくとは、我ながらびっくりだ。

 しかもこの紐、ほどけないように魔法がかけられている。これは、拘束されてるってことか。わぁ怖い。


 いやいや、僕一人なら「わぁ怖い」で済むけど、ケサカートを放っておけないじゃないか。

 ケサカートっていうのは、一緒に暮らしている小さな男の子。


 以前は僕もケサカートもトソルの街で暮らしていたけれど、火山の噴火でトソルは死の街になり、ケサカートのご家族も亡くなった。

 一人暮らしでそこそこお金もある僕ぐらいしか、彼を助けられる余裕のある人はいなかった。

 

 というわけで、ここウォンの村に移って、一緒に暮らし始めて数年。最初は口もきいてもらえなかったけど、今はよく喋るし、笑うようになってくれたなぁ。


 ……思い出に浸っている場合じゃないや。とりあえず、この紐をほどくとしよう。紐にかかっている魔法より強い魔力で解除の魔法を使えば、魔法を解くことができる。

 幸い、紐の魔法はそれほど強いものではなかったから、すぐに解けた。

 

ベッドから起き上がると、体のあちこちが痛い。たぶん、拘束されていたせいだろう。

 でも、文句なんて言っている暇はない。ケサカートが怖い目に遭っているかもしれないっていうのに。


 とりあえずケサカートの寝室へと向かおうと、部屋のドアを開けた時。

 そこに、一人の青年がいた。

 短い茶髪がとげとげしい感じで、鋭い灰色の眼が人を射るようで、僕より頭一つ分くらい大きい身長が……まあ全体的に、怖そうな人だ。


「勝手に部屋から出るなって言っただろ!」

 怖そうな人の怒声に、思わず「ごめんなさい!」と言ってしまった。そんなこと言われてないし、そもそもここは僕の家なんだけどね。

「部屋に入ってろ!」

 怖そうな人が怖すぎて、出たばかりの部屋に入った、その時。


「あ、あの、ケ……」

 ケサカートはどうしているのか聞こうとして、言いよどんだ。

「何だよ!」

「なんでもないです!」


 自分の部屋に戻った僕は、この奇妙な出来事について考えた。

 怖い人は、どうやってこの家に入ってきたのだろう。夜はいつも施錠の魔法をかけているから、侵入できるとしたら僕より魔力の強い人だけだ。でも、あの人の魔力はそこまで強くないように感じた。だったらどういうこと?


 可能性その一。施錠の魔法をかけ忘れた。その可能性が一割、いや二割三分くらい。これだったら洒落しゃれにならないや。

 可能性その二。他に、もっとずっと強い魔力を持った共犯者がいる。おそらく、これだろう。


 家に侵入したのが怖い人一人だったら、魔法で動けなくしてしまえばいい。でも、どこかに共犯者、しかも僕より魔力の強い人がいるとなったら話は別だ。下手に抵抗したら、逆上されて身の危険があるかもしれない。

 それにしても、ケサカートは今どうしているんだろう?


 可能性その一。既に家から逃げ出して、助けを求めた。これだったら一番安全で嬉しい。

 でも、あの子は今でもよその人とは挨拶もしないし、ちょっと難しいかもしれない。


 可能性その二。家のどこかに隠れている。

 この可能性があることに気づいて、さっきケサカートはどうしているのか聞くのをやめたんだ。せっかく隠れているのに、わざわざそのことを言ってしまうなんて台無しだから。

 どうにかしてケサカートを見つけ出して、一緒に逃げ出すのがベスト。


 可能性その三。もう既に……。

 考えない。考えたくない。そんなこと、もう百回火山が噴火したって、あっちゃいけないことだから。


 突然、ドアが開けられた。ケサカートが来たのかと期待したけれど、そこにいたのはさっきの怖い人だった。

「朝飯だぞ」

 侵入者が家主に朝ご飯を作るという、不思議なイベントが起こってしまった。


「わぁ、おいしそう」

 出てきたのはこの辺りでは一般的な家庭料理、エシルグーゲだった。怖い人が作るというから怖い料理が出てくるのかと身構えていたけれど、そんなことはなさそうだ。


「いただきまーす」

 食卓に着いているのは、僕と怖い人だけ。僕に食事が与えられるんだから、ケサカートだけ別の部屋に監禁されているっていうことはないだろう。お腹空かせてるだろうな、と思うと僕だけ食べるのは忍びないけれど、怖い人に怪しまれてもいけない。ごめんね、逃げ出したらお腹いっぱい食べさせてあげるからね。


「おいしい!」

 僕好みの甘じょっぱい味付けに、思わず声に出して絶賛していた。怖い人は「そうかよ」と言っただけだったけど、微かに笑っていた。

 侵入者でも、家主に褒められるのは嬉しいものなんだ。


 そういえば、共犯者の人はどうしているんだろう。まだ一回も顔を見ていない。

「あのー、他の人はいないんですか」

「は? 他に誰がいるってんだよ」

 なんだろう。共犯者の人は外で食事しているんだろうか。だったら今が怖い人を捕まえるチャンスなんだけど、すごく恥ずかしがりやで別の部屋にいる可能性もなくはないので、今はまだ動かないことにした。


「いいか。俺が来るまで、絶対に部屋から出るんじゃねえぞ」

 朝食の後、怖い人はそう言い残すと、どこかへ行ってしまった。

 家の外に出て行ったことを確認した。今が、ケサカートを探す絶好のチャンスだ。


 でも難しいのは、魔法で探せないこと。共犯者の人に魔力を感知されたら、隠れているケサカートのことまで気づかれてしまう。

 トイレにでも行くフリをしながら、直接ケサカートを探すしかない。

 そっと部屋のドアを開ける。共犯者の人と鉢合わせ、とはならなかった。一安心しつつ、そっと歩き出す。


 家の中が、異様に広い。あちこち気を付けながらそっと歩いているせいだろうけれど、自分の家じゃないみたいで恐ろしい。

 ケサカートの部屋も、風呂場も、トイレも、台所も……みんな探した。でも、どこにも、誰もいない。

 

 魔法を使ったわけでもないのに、ものすごく疲れた。体中から悲鳴が上がっている。心からも。


 ねえ、ケサカート。君は侵入者に見つからずに、うまく家を出て、今は村の人に保護されているんだよね?

 あとは、僕が脱出すれば、万事解決なんだよね?

 

 答えが返ってこないことがこんなに苦しかったのは、たぶん生まれて初めてじゃないだろうか。


 急いでこの家から逃げ出して、村の人たちに助けを求める。それがおそらく一番の得策。

 わかってるよ。わかってるんだけどさ。


 あの子が怯えているかもしれない、っていうのは、一人で逃げちゃいけない十分すぎる理由なんだ。


 そんなことを考えている間に、玄関のドアが開いて怖い人が入ってきた。

「……部屋から出るなって言っただろ!」

「ごめんなさい!」

 怒られて、また部屋に戻された。

 それにしてもこの人、何が目的なんだろう? 金銭の要求とか、一回もされてないんだけどなぁ……。


 しばらくしたら、怖い人の声がした。

「昼飯だぞ」

 またもや侵入者にご飯を作ってもらってしまった。いいのかなこれ。


 朝食の時と同様に、僕と怖い人の二人きり。

 ケサカートのこと、不法侵入の目的、共犯者のこと。気になることは山ほどある。でも、とりあえず聞いておきたいことは……。

「あ、あのさ、ちょっと教えてほしいんだけど……」


 ◆◆◆


「あれ?」

 ここは、僕の部屋。手にはなぜか料理の本。本なんか読んでたっけ?

 おかしいな。何か大切なことを忘れている気がするんだけど。


「……ケサカート!」

 何やってるんだ僕は! 今朝からずっと、ケサカートがどこに行ったかわかっていないのに、のんきに本なんか読んでいるなんて!

 

 部屋を飛び出した途端、また怖い人に怒られるかも、と思ったけれど、そんなことはなかった。

 家の中が静かだ。こっそり歩き回ったけれど、誰もいないみたいだ。


 ふと、窓の外の仕事場が目に入った。今日は本来なら仕事している日なんだけど、仕事場に誰もいないからって不審に思われることはたぶん無い。お客様が一人も来ない日だってよくあるからね。


 ひょっとして、ケサカートは仕事場に隠れているんじゃないかな?

 急にそんな考えが浮かんだ。あの子には、何かあったときに備えて施錠の魔法を無効化する鍵を持たせているから、僕がいなくても仕事場に入ることはできる。

 

 家からは逃げ出したものの、僕のことが気になって遠くへは行けずに、仕事場からこちらの様子を伺っている……そんなケサカートの様子が目に浮かぶ。


 周囲を警戒しつつ、そっと家を出て、仕事場へ向かう。

 足が、うまく動かない。家から仕事場までは、こんなに遠かったっけ。

 きっと、僕は今怖がっているんだ。仕事場にもケサカートがいなかったらどうしようって。怖いから、足が進まないんだ。


 ようやくたどり着いた仕事場の入り口で、施錠の魔法がかかっていないことに気づいた。

 中に、誰かいる。

 高鳴る鼓動、めまい、震える体。あの子はここにいるって直感を信じて、ドアを開けた。


「「……あ」」

 目が合って、ほぼ同時に声が出た。中にいた、怖い人と。

「何勝手に出歩いてんだ!」

 勝手に侵入している人に怒鳴られて、家主の僕がとっさに取った行動、それは。


「ひゃあっ!」

 逃げることだった。


 素早くきびすを返し、全速力で遥か彼方へと駆け抜ける──はずだった。

 後ろを向いて駆けだそうとした瞬間、足に強い衝撃を感じて、その次に体全体に衝撃が加わった。

 要するに、転んだんだ。

 そこから起き上がる間もなく、僕は捕まった。


 捕まってどうなったかというと……抱きかかえられて家まで運ばれて、包帯を巻いてもらっているところだ。

「よく転ぶんだから、走るんじゃねえよ」

「ごめん……ありがとう」

 

 確かに僕は昔っからついボケーっとしていてよく転ぶ。怖い人そんなことまで知っているのか、というかこの「怖い人」っていうのはやめた方がいいのかな。

 たぶんこの人、そんなに悪い人じゃない。不法侵入したのは、きっと何かのっぴきならない事情というやつがあるんだろう。


 いい加減にケサカートを見つけないといけない。ちゃんとこの人と話をしてみよう。たぶんだけど、話したせいでケサカートが捕まってひどい目に遭う、なんてことはないはずだ。もちろん万が一の場合は、命がけで何とかするけど。

 えっと、どこから話そうか……やっぱり、これだよね。


「あ、あの……僕、アリケっていうんだ。よかったら、君の名前教えてくれない?」

 やっぱり、名前がわからなかったらうまく話せないと思うんだよね。


 でも、それを聞いた彼は、とても悲しそうな顔をして、ぽつりと言った。

「昼飯の時も、言っただろ」

 え、もう聞いてた⁈ いやいや、そんな聞いたばっかりのこと忘れるはずないんだけど!


「い、いや聞いてない、と思う……ねえ、なんて名前?」

 怒られるかもしれない、と思った。でも、いっそ怒ってくれた方がマシだってくらい切なそうに、彼が答えた。


「ケサカート」

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