FILE 19: 監査官の切り札
廃墟と化した城の、崩れかけた石垣の陰に車を隠し、渚とクロウ、そして二人のSAD隊員は、息を潜めていた。眼下には、サーチライトと銃声が交錯する、戦場と化したトリトン・コンプレックスが見える。
「さて、市長。説明してもらおうか。こんな場所で、我々に何ができる?」
クロウは、銃の安全装置を外しながら、詰問した。
渚は、答えなかった。彼女は、監査官からの次の指示を待っていた。やがて、端末が短く振動した。
『足元を見ろ』
渚が足元を見ると、苔むした石畳に、不自然なほど新しい、長方形の切り込み線が入っているのが見えた。
『その石を動かせ。江戸時代、この城の城主が、幕府の追っ手から逃れるために作った、秘密の地下通路だ。トリトン・コンプレックスの地下二階、メンテナンス用通路に繋がっている』
渚とSAD隊員が、数人がかりで石を動かすと、湿った空気と共に、暗い階段が姿を現した。
クロウは、信じられないという顔で、その闇を見つめていた。
「……あんたの裏にいる奴は、何者だ?」
「私にも、分からないわ」
監査官からの最後のメッセージが届いた。
『中国軍の目的は、コアユニットの奪取。そして、それが叶わない場合は、自爆装置を作動させ、施設ごと全てを破壊することだ』
『自爆装置…!?』
『天野博士が、極秘裏に設置したフェイルセーフだ。だが、不完全な状態で起動すれば、トリチウムが飛散し、半径5キロ以内は、今後100年は人の住めない土地になる。……市長、あなたの故郷が、地図から消えることになる』
『どうすれば、止められるの…』
『止められるのは、二人だけだ。設計者である天野博士。そして、施設の全権限を持つ、あなただ』
メッセージと共に、施設の詳細な内部図と、渚の虹彩認証でしか開かない、
『クロウ。あんたたちCIAにとっても、悪い話じゃないはずよ』
渚は、立ち上がった。その目には、もはや恐怖の色はなかった。
『中国に全てを奪われるか。それとも、私と組んで、全てを取り戻すか。選びなさい』
クロウは、数秒間、渚の顔を睨みつけた。そして、不敵に笑った。
「……面白い。その喧嘩、買ってやろうじゃないか、マダム・メイヤー」
呉越同舟の、あり得ない共同戦線が、結ばれた瞬間だった。
「行くわよ」
渚は、先に立って、暗い地下通路へと、その一歩を踏み出した。
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