FILE 04: デジタル・ゴースト

監査官との会合から数時間後、渚は、彼の指示通り、極秘裏に入手した天野のPCとスマホの完全ミラーデータを、暗号化通信で送信した。市役所の監視カメラ映像も同様に。渚自身、自分がとてつもなく危険な橋を渡っている自覚はあった。だが、もはや引き返すことはできなかった。


銀座の画廊の地下。監査官は、漆黒の背景に緑色の文字が滝のように流れるモニターを、無感情に見つめていた。彼が数時間かけて復元した、天野博士のデジタル・ゴースト(消去された電子記録)が、少しずつその輪郭を現し始めていた。


「……見つけた」


監査官が呟いた。彼が見つけたのは、研究データではない。天野が、失踪する三ヶ月前から、ある特定の人物と、極めて高度に暗号化されたチャットツールを使って、頻繁に連絡を取り合っていた痕跡だった。そのチャットツールは、諜報機関やハッカー集団が使う、市販されていない特殊なものだ。


相手のアカウント名は、『イカロス』。


監査官は、イカロスの痕跡を追って、ダークウェブの深層へと潜っていく。いくつかの偽装サーバーを経由したその先で、彼はイカロスの正体を示す、一つの取引記録に辿り着いた。

モサド――イスラエル諜報特務庁。


「イスラエルか……。なるほど、最もあり得て、最も厄介な駒だ」

核保有を公には認めないが、世界有数の核戦力を持つ国。周辺を敵国に囲まれ、国家存亡のためなら、どんな手段も厭わない。彼らにとって、安価なトリチウム製造技術は、まさに喉から手が出るほど欲しい切り札だった。


天野博士は、自らの意思で、イスラエルに情報を渡そうとしていたのか? それとも、脅迫されていたのか?


その時、もう一方のモニターが、別の警告を発した。市役所の監視カメラ映像をAIで解析していたシステムが、異常を検知したのだ。

クロウが渚と面会した日、彼の部下と思われる数名の男たちが、市役所の周囲に、米軍規格の高性能な指向性集音マイクや、監視カメラを設置している様子が映っていた。


監査官は、即座に渚の端末にメッセージを送った。

『監査報告:拉致の実行犯は、モサドの可能性が極めて高い。だが、あなたは今、別の脅威に晒されている。CIAは、あなたを社会的に無力化する準備を整えた。48時間以内に、あなたの公人としての人格を破壊する、大規模な情報攻撃が開始される。警戒せよ』

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