第44話 『時間遡行』

 『空芯』とは、はるか昔に誰かが作った武術である。


 魔術や科学が進歩する前、人間の序列は強さで決定づけられ、上に立てるか否かという指標において、『天命』の有無は非常に大きな意味を持っていた。


 『天命』無き者に、権利は無い。そんな時代があったのだ。


 そこで日の目を浴びたのが、『空芯』という武術である。体内のエネルギーを知覚し、その流れを最適化させることで、流動的な力の移動を自らの体を媒体に行う。


 『空芯』は誰しもが努力によって手に入れられる武術で、世界に大きく広めたのは『根無し草』の異名を持つ、イチという人物とされている。


 そんな『空芯』、現代では非常にありふれた戦闘術とされるほど普及し、騎士ならほとんどの者が会得している。


 『空芯』があれば、体力と魔力の消費効率を大幅に上昇させることができ、肉体の強度を何倍にも高めることができる。


 エネルギーの流れを知覚できるようになれば、打撃だろうが魔術だろうが、そのダメージを最小限に抑えることができるようになる。


 これを、人類で一番極めた人物が、『流転騎士』ルークである。


 彼は『空芯』を誰も到達しえなかった領域にまで鍛え上げ、今では全ての攻撃を、触れている物体へと流し出すことが出来る。


 彼には体術も魔術も全くのノーダメージ。『天命』無しで唯一『六星』に名を連ねる彼は、ルグイス王国の最強とまで呼ばれている。


 そんな彼の弟子であるフォランもまた、『空芯』を会得した騎士である。


 故に──


「──間に、合った」


 振り下ろされた『暗繭』がギリギリと音を立て、フォランの腕に押し付けられていた。圧倒的な破壊力は、フォランの体の中を通り抜けて地面へ流れ出た。そのせいで地面は大きくひび割れて、至る所で陥没と隆起を繰り返している。


 ここで恐るるべきは、力を受け流したフォランではなく、これほどまでの天変地異を引き起こす、『暗繭』の持ち主である。


「あなたは……何者なんだ!」


 空いた手に持つ『光剣』を振り下ろし、敵を自分の頭上から無理やり退かす。


 飛び退く敵の着地点を見据え、『光剣』を手の中でクルクルと回して方向を整え、切っ先に光をあつめて突き出した。


「『ディーテ』!」


 まっすぐと飛ぶ閃光が放たれ、それは地面に足を伸ばしたメロの腹部へと迫り、しかし『暗繭』にて叩き潰される。


 まるで手応えのない戦いに、フォランは歯を食いしばった。周りに配慮して力を抑えていたし、敵もこちらを殺す気はないようだが、ここで出会えたという好機を逃したくはない。


「少し、本気を出させてもらいます!」


 輝く魔力が溢れ出し、それは天高くへと魔力だけの柱を作るほどに膨大であった。


「うわー、流石は『勇者』だね。光の魔力が段違いだ」


 その天からの梯子を見上げるメロの隣に、そう呑気に呟くナナメがやってきた。メロが首を傾けてナナメを見ると、ナナメは背後を顎で指し示して、


「全員殺したけど、文句ある?」

「──分かった」


 あっけらかんと言うナナメに、メロはまた別の方へ振り返る。


「ライラ!」


 声を張り上げ、今まさに獣人と刃を交わす仲間の名を呼んだ。その当人は、その声色だけでメロが何を求めているのかを瞬時に理解した。


「ふふ、そうだね。このままでは面倒な場面が連続するだけだ」

「あァ?何言ッてやがる?」

「君には関係の無いことだよ」

「はッ、舐めッてんじゃねェぞ!」


 戦いへの欲の一切を捨てきったライラへ、対峙するクレアが吠えた。しかし、ライラは飛びついてくる狼獣人へ刃を向けるどころか、武器を手放して、


「やり直すならせめて、少し情報を集めてからにしようか」


 仮面の下で嫣然と微笑むライラ。その余裕こいた雰囲気に歯噛みして、クレアは渾身の爪撃を繰り出した。


「あァ!?」


 しかしその刃が肉を捉えることはなかった。


 細く透き通った指を鳴らされたその時、ライラの体はその場から消え去った。


~~~


「───」


 そこは、砂が吹き荒れ、空気は淀み、内臓が一挙に不快感を示す凶所のど真ん中であった。


「久しいね。この場所は何度来ても慣れない」


 舞う砂から口と鼻を守りながら、ライラはそう呟いた。突如としてこの場に彼女が降り立ったのは、時空魔術の転移という魔術によるためだ。


 ライラはライラの魔力の在処を頼りに転移をした。砂と瘴気に塗れた凶所に思いを馳せる彼女が振り返った先には、


「あぇ?ライラさん……何してるんですか?」

「……それは、こっちの台詞だね、ミト君」


 延々と続くように思える砂地の中に生えた、葉のない背の低い木。そのてっぺんに下半身を、根元に上半身をほっぽり投げて死にかけているミトがいた。


「ちょうど、いいぁ……下を、とぉく、へ……」

「仕方ないね」


 ミトの下半身を木の枝から引っこ抜き、見えなくなるほど遠くへぶん投げる。風に乗って砂に飲み込まれた下半身を見届け、ライラがミトへ向き直ると、ミトは死んでいた。


「うーん、やっぱり」

「さて、何をしているのか説明してもらおうか」


 すぐ側に復活したミトに、ライラは死体から拾い上げたウルールを手渡しながらそう問い詰める。


「いやぁ、死んだ時に死体がバラバラだと、どの部位に湧くのかなって」

「あぁ、なるほど。それで、結果はどうだったんだい?」


 砂嵐の中、風にかき消されないようにミトから答えとその過程を聞き、ライラはその狂気的な実験に大笑いした。


「そうかいそうかい、それはっ、また面白い実験だ」

「でしょう?……ていうか、今更ですけどなんで転移を?まだ外には着いてないのに」

「それはね……と、説明しようと思ったが、時間もそこまでないからね」


 ライラは細長い指をミトの唇へと押し当てて、


「今回はお預け、かな?」

「はぁ、なるほど……?──今回はっていうのは?」

「それも、また今度話すとしよう。瘴気に負ける前に、ね」


 ライラは砂だらけの世界を見回した。恐らく閻谷の3分の1程度の地点。別れてからはそこまで時間が経っていないが、ここまで正気を保って進めたのなら上々。


 その指標も、ミトが何をして何を得たのかも、全て把握した。必要な情報は、これくらいだろうか。


「じゃあねミト君。次は閻谷を避けてみることにしよう」

「え?」


 分からずじまいのミトを置いてけぼりに、ライラは左目の瞼に中指と人差し指を置く。


 魔力を集中させ、大きく息を吸って目をかっぴらいた。


 その瞳には、逆走する長針と短針を持つ、金色の時計が浮かびあがっていた。


「戻るとしよう。そうだね、宴会の次の日でいいかな」


 ライラの視界に移る世界が、逆走する。


 飛んでいた砂は地面に戻り、吹き出す風は空へ吸い込まれ、沈んでいた太陽は天高くへ引っ張り挙げられていく。


 やがて太陽は逆側へ沈み、月が本来とは反対方向から浮かぶ。


 その景色を眺めることなく、ライラもミトもメロさえも、世界の全てが、辿った道順をなぞって戻っていく。


 このありえない光景を知覚できるのは、世界に異変を引き起こした張本人だけ。かの『時間遡行』の使い手は、全ての記憶を引き継いで、時間を巻き戻した。


 全ては、メロと自分との未来を、より良くするため。


「試行回数、二回目」


 ライラの、ライラだけの世界の幕が降りる。


~~~


「うー……んん……」


 静謐なる夜の部屋。月明かりと夜風が差し込む窓と揺れるカーテンを眺めながら、すぐ隣に気持ちよさそうに寝ている恋人を確認する。


 酒に酔って、未だ赤らんだ頬が愛おしくて、頬を擦り寄せ、体を抱きしめる。


 自分より少し大きな背丈を持つ恋人は、酒のせいで今夜は何をしても起きない。もう、知っていることだ。


「……メロ、君……」


 再び戻ってきた至福の時間を噛み締めて、ライラは今後の展望を考えながら眠りについたのだった。

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