第41話 逆襲撃

「ねぇ、メロ」

 

 馬車の中、ミトがいなくて静かになったその空間で、ナナメからの呼びかけに腕組みしながら寝ていたメロが片目だけを開いた。


 馬車を運転するナナメは振り返っておらず、見えるのは彼女の小さめの背中と揺れるポニーテールだけ。だが言葉は憂いと怒りを孕んでおり、心做しかその背中は拒絶を示しているように思えた。


「ミトちゃんをさ、あんまり死なせないで欲しいんだけど」

「……何故だ」

「ボク、ミトちゃんが死ぬ度に苦しくなるんだ。ミトちゃん、ボクと一緒にアルゲータの屋敷にいた頃に命の価値を教えてくれたんだよ」

「それで、それに感化されたのか」

「違う。目を覚ましてもらっただけ」


 ミトの教えは、日本という安全で命の価値を重んじる国で育った若人だからこそのもので、平和ボケといえば聞こえが悪いが、少なくともナナメにはこうして響いたのだ。


 殺戮マシーンではなく、きちんと人として生きるために必要な考え方というものを、ナナメはミトから学んだのだ。


 それを、ミトは自ら否定してしまっている。ナナメには今のミトが、自分の言葉の矛盾すら忘れて殺される傀儡にみえてならないのだ。


「珍しいな。『斜陽』がそこまで言うのも」

「嘘だね。ボクが助けてっていうのを分かってたみたいに、すぐ子母剣を投げてきたじゃないか」

「任務の褒美をたまたま持ってただけだ。渡すべき機会がいい時に来てくれた。ただそれだけのこと」

「ふーん……」


 ガラガラと馬車のタイヤが地面を踏む音がうるさく感じるほど、二人の会話は静謐で、緊張を帯びていた。


 ライラは会話に参加せず、ただ成り行きを見守るばかり。この場においては中立の立場を貫くつもりのライラは、次の展開を楽しそうに頬杖をついて待っている。


 その気配を背中越しに感じ、ナナメは小さな苛立ちを手綱を握る力に変換して隠し通し、メロへ質問を投げかける。


「メロはミトちゃんが死んで、何も思わないわけ?あんなに素直で優しかったのに、今じゃキミにぞっこんで、死ぬことだって躊躇しやしない……羨ましいと、ボクが思うほどにね」

「……何も思わない、わけないだろう」


 メロは遠い目をして、足を組み直した。居心地悪そうに。


「俺は、仲間が死ぬのは見たくない」

「ッ……じゃあ、なんでミトちゃんに……あんな酷いことを言ったわけ……!?」


 手綱がはちきれそうなほど握られる。ナナメが言及したのは、ナナメとミトが二人になった時に話してくれたことだ。


 ミトが今のように死を怖がらず、呪いの源として命を利用するようになったのは、考え方を一新したらからで、そのきっかけはワルフ越しのメロの言葉にあるという。


 『俺のために死んでくれ』。それがミトにはどうしようもなく、甘美な誘いに聞こえたらしかった。


 悩殺、完全に落とされたとミトは言っていた。ナナメには理解できないそれを、死という最骨頂の精神への刺激に苛まれた彼の精神は受け入れてしまったのだ。


 だからミトは死ぬし、全てはメロのためと言って聞かない。それをメロは止めようとしないのが、理解も納得もできない。


「俺は──」


 湧き上がる激情を鎮めるメロからの答えを、ナナメは今か今かと待ち望んで───


「──変だな」


 その沸騰した感情を一旦無視して、ナナメは馬車を止めた。今いる場所は閻谷を覗ける観光業を主とした財源とする街、ペルカナルの目前だ。


 あと数分進めば、ペルカナルの中へそのまま入れるだろう。しかし、ナナメは馬車を止めた。そして、その行為に同乗者は誰も文句を言わなかった。


「──上だ」


 三人とも即座に仮面を取り付け、ナナメは手綱を手放して外へ、メロは裏拳で馬車を殴って破壊し、その穴からライラ、メロの順で外へ飛び出した。


 僅かなる刹那の時間、その判断が命を守る。


「しィィねェェえええ!!!」


 頭上からの雄叫びとほぼ同時に、超火力の炎が馬車を押し潰した。大きな音を立ててバラバラに砕けた馬車。驚いた馬達は大暴れしながらどこかへと走り去ってしまった。


 地面に散らばる馬車の破片は全て、桃色の炎に呑まれて塵と化す。その圧倒的な火力は、アルゲータの炎とはまた違う。


 消えないことを目的とせず、敵を焼き尽くすことを狙う刹那的な炎だ。


「随分ッと、臆病な逃げ方しやがる」


 燃ゆる桃炎の山を踏みつけ、そう乱暴な口調で唸ったのは、炎と同じ色の毛を持つ、狼獣人の青年であった。


 胸には王国騎士団を示す徽章をつけ、両手の指先には金属の鉤爪が取り付けられている。鋭く細められた眼光は、真っ直ぐメロとライラを撃ち抜いていた。


「困るな、借りた馬車なんだ。弁償請求は君でいいかな?」

「ほざくな『へレディック』。次ィ無駄口叩きやがッたらぶッ殺す」


 桃炎を纏う鉤爪でライラを指差し、殺意を剥き出しにした獣人の青年はメロとライラを睨みつける。


「てめェら、村を襲った連中だな?」

「村……殺り損ねた奴がいたのか」


 向けられただけで死んでしまいそうなほどの言外の憎悪を向けられ、メロはそう察する。ミトを手に入れるために用意した、魔獣襲撃事件の現場。


 ヒルルクの群れを誘導し、村人をライラに殺害させ、あたかもヒルルクによる被害のように仕立てあげた。傷跡も、死体の痕跡も、全てヒルルクのやり方に合わせたのだが、生き残りがいたのならそれも無意味だった。


 後悔、が過ぎったのは一瞬で、メロは考えを切り替える。


「『魅惑』君」

「いや、いい。奴は活かす」


 ライラからの申し出を断り、メロは眼前の敵をじっと見据える。鍛え抜かれた魔術の腕に、獣人特有の強靭な肉体。狼獣人の持つ大きな尻尾と耳を過去の知り合いに重ね合わせて、メロは目を閉じてすぐに開いた。


「お前だけじゃないだろ?出せよ、お前らの手札を」

「ちィッ、言われなくとも、出してやるッてんだよォォ!!」


 青年が地面を強く踏み、全身を折りたたむようにしゃがみ込むと同時に、桃炎と青年の肉体が軋んで膨張する。


 魔力の反応が大きくなり、それを合図としたのか、周りの森や草むらから何人もの騎士が飛び出してきた。


「待ち伏せか。ご大層に、こんな数の騎士を」

「はぁ……それだけじゃないな」


 メロは天を仰ぐように空を見上げて、そう呟いた。


「『斜陽』、雑魚を殺せ。『勇魔』、獣人を蹴散らせ。俺は、あれを抑える」

「……分かった」

「了解」


 短い応答を交わし、それぞれがそれぞれの敵へ向き直った。


 一息を着いて、小手に通した指に電撃を走らせる。


 直後、空から落ちてきた極光と紫電がぶつかりあった。

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