第30話 もう一人の『勇者』
「『聖剣』アーデルハイト」
光が天へと伸びて、その再来を祝福する。
圧倒的な力を持ち、絶大なる希望を与える『勇者』。その『天命』の所持者は一人しかいない。それが常識だ。
だが、シュガーの瞳は、『真実』は、ありのままの事実をシュガーへ伝えてくるのだ。目の前にいる敵は『勇者』なのだと。
「な、何故だ!?『勇者』は、フォランのはずだ!」
「『天命』が一つしか存在しない。その固定観念が良くないのさ。例外は何事にも存在する。私は『勇者』、ライラ・アラスター。そのことは紛れもない事実であり、君達が否定しようと肯定しようと変わらない」
『聖剣』が、輝いた。
「死にたまえ」
「避けろ!!お前ら!!」
迫り来る死の気配に、三者三葉の動きを見せた。
メダルは屋根を撃ち抜き下へ、シュガーは横へ逸れ、アルゲータは真上へと高く跳んだ。
直後、三人が立っていた場所が消し飛んだ。
「『番犬』、『真実』、『武器庫』。君達には類い稀なる才能と積み上げた努力がある。その全てを私へぶつけておくれ。叩き潰してみせるから」
まずい。まずいまずいまずい。シュガーの思考がようやく回るようになり、絶望からの脱却を成す。
冷静になる必要がある。増援はそれこそ世界最強と名だたる王国の強者達だ。ここまで王都からそう遠くない。直ぐに駆けつけてくれる。
それまで、ここで三人逃げ続ければいい。
「でやぁぁああ!!!」
自分の中で落とし所をつけ、シュガーは攻めから一転、逃げへと動きを移行した。だのに、親友は相も変わらず困難へと突っ込んで行った。
「あんの、馬鹿……!!」
アルゲータとメダルが揃えば、それなりの耐久は出来るはずだが、それでも増援が来るまで生きれるかは分からない。
それほどに相手は化け物で───
「あの、仮面の、女も……」
『勇者』ライラの背後にて戦況を眺めるだけの女。あれも間違いなく強者だ。『勇者』が与するほどの存在とあらば、それこそ化け物だ。
アプルーラには、あの化け物らに匹敵する同じ仮面の者達が訪れている。そして、屋敷からはやがて、死なない呪術が走ってくる。
「──なんだ、これは」
冷静になった途端、再び思考は闇に呑まれる。どう頑張っても生き残れる未来が描けない。
それは目の前の、渾身の一撃を弾かれるアルゲータという絵面とリンクしていた。
「くっっっそ!!」
「火力が下がっているようだね、もうお疲れかな?」
剣術も魔術も何もかも、アルゲータはライラに及ばない。メダルと一緒でも、シュガーの助けがあっても、ライラ・アラスターただ一人には到底届かない。
それが、アルゲータの諦める理由にはならない。
諦めるというのは、敵へ刃を向けることを生涯辞めること。戦略的撤退という言葉があるように、死んで切り刻まれるか、恐怖で塞ぎ込むまでは敗北じゃない。
「シュガー!!」
「っ」
「作戦変更!!逃げるぞ!!」
大声での一方的な作戦会議にシュガーは呆気にとられ、だが直ぐに切り替えて頷いた。
「何があっても、僕達は生き残らなければならない」
呪術の核心に至るまで、生き残ると決めた。
「さぁ、世界よ。僕の望みを聞いておくれ」
王国を守る剣になると誓った、親友を支えると決めた。
「ほんの一瞬でいい。僕の手を、取ってくれ」
シュガーの残った片腕が、綺麗さっぱり亡くなった。
「『お繋ぎ』」
半透明の鎖が浮かび上がり、ライラの体を強く締め付ける。しかしそれは、ライラに縛りつくや否や直ぐに消えてしまった。
「おや、不発かな?」
「ライラ、アラスタァァァアアア!!!!」
呪術の消滅にライラが首を傾げたその時、夜空に炎の華が咲く。
街全体を照らすほど大きな炎の魔術。アルゲータすら燃え尽きかけるほどの高火力。死ぬ気で放つ最後の技。
「神技」
全魔力を捧げ、この一撃に全てを賭けた。
「『必殺』」
剣が振り下ろされ、超強大な火炎が渦を巻きながら落ちてきた。
その魔術を見上げ、メロは少し遠くを眺めた後にその場から飛びず去る。
ライラもその後に続いてその場から離れようとした、その時、
「うん?」
ライラの体が転移。元いた場所へと連れ戻された。
耳のそばで鎖が弾ける音が響き、それがシュガーの放った最後の呪いであると気付いた。だがもう逃げるには遅い。
それに、狙っているのは真上からの攻撃だけではない。
「真下か」
時計塔の内側から、膨大な魔力の増幅を感じ取った。
「へぇ、面白いじゃないか」
そう呟くライラの真下、屋根を挟んで一つ下の部屋では、『武器庫』の中でも最大の破壊力を誇る武器が、ライラへ銃口を向けていた。
大きな口にて大量の魔力を凝縮し、素早く回転する巨大な砲弾が装填される。
「『
長く重たい引き金が引かれ、超至近距離での砲撃と炎の一撃に挟まれる。
世界でこの技に無傷でいられる者などほとんどいない。それほどまでに洗練され、鍛え上げられた至高の一撃は、ライラを消し炭にせんと迫る。
───そんな、全てを出し切ってくれる彼らへ、最大の感謝を。
「『聖剣』アーデルハイト」
今一度その名を呼び、ライラは宙へと飛び上がる。屋根をぶち破って砲弾が姿を表し、落ちてくる隕石のような炎と砲弾に同時に着弾される距離に落ち着く。
そしてライラは軽く回転し、その二つの攻撃に同時に刃を振るう。
「切り裂きたまえ」
極光に包まれたアーデルハイトに、その全てが吹き飛ばされた。
音も衝撃波もなく、ただその場から光に掻き消された魔術達は、現世に何も爪痕を残せずに魔力の残滓となった。
キラキラと振り落ちる魔力の欠片の中、白金の鎧で屋根上へと降り立ったライラは、髪を掻き分けながら顔を上げた。
「さて、それではそろそろ君達を───て、あれ?」
時計塔に降り立ち、敵を見据えようとしたライラ。しかし顔を上げたその先に、アルゲータの姿はなかった。
「逃げるぞぉぉおお!!」
「もっと速く走って!ヒバリほらほら!!」
「ちょっと、あんまり強く刺激してはなりませんよ!!!」
夜空に嘶くヒバリに乗った三人が王都に向かって走っていくのが見えた。
「ライラ」
「ごめんね、メロ君。すぐに殺しに」
「いや、いい。それより、『勇者』を解いて仮面をつけろ」
「──あぁ、なるほどね」
ライラは『勇者』の『天命』の躍動を辞め、髪留めを解き、再び仮面をつけた。隣のメロと共に、オレンジ色の流星が遥と奥へと消えていくのを見送った。
「メロさーん!!」
「来たか」
耳に良い美声に呼ばれ、メロが振り返った先には、必死に走ってくる白髪の少年、ミトの姿があった。
傍にまで来て、時計塔の上に登る手段をどうしようかと悩む様子を見せたミトを、一緒に居たナナメがミトを抱えて飛び上がってくれた。
「メロ、メロさん!!あいた、会いたかった!!」
「あぁ、おいで」
屋根上に着くや否や、ミトはすぐに駆け出して、メロへと勢いよく飛びついた。突進に近いそれを真正面から受け止めて、メロはミトの頭を撫でてやる。
「メロさん……僕、メロさんのために」
「分かってる。言わなくてもいい」
ミトが言葉に詰まりかけるほどに想いが先行していると、メロは長い人差し指をミトの唇へ押し当ててそう言ってくれた。
ミトは恍惚とした表情を浮かべ、「はい」とだけ返事をした。そのピンクの瞳には、真っ黒なハートが刻まれていた。
「め、メロ……ねぇ、これわかってて今回のこと……」
「『斜陽』、任務御苦労だ。ミトも生きて帰ってきたことだし、シュガーを引き出せた。作戦は成功だ」
何かを言おうとしたナナメへ振り返り、メロはそう言葉を先に並べ立てて盾のようにナナメの言葉を防いだ。
その一瞬の重圧に、ナナメは何も言えずに黙りこくってしまった。
「ところでメロさん。シュガーさんはどこに?僕、シュガーさんを殺し損ねちゃったんですよ」
「あぁ、それはいい。お前が追い詰めてくれたおかげで、俺の思いどおりの展開に運んだ。お手柄だ」
「えへへ……それなら、よかった……」
メロからの感謝を受け取り、ミトは照れたようにメロが乗せている手に頭を擦り付けた。
その様子を見ていて、ナナメは複雑な引っ掛かりを覚えた。
「さて、メロ君。真蛇を呼び寄せなくて大丈夫かい?」
「どうせ放っておいてもあいつらは集まる。今だってもう一人いるようだしな」
「あ、バレた?」
聞き慣れない声が割り込み、全員の視線が声の方へ集中する。一気に注目されるとは思っていなかったようで、声の主は困り果てた様子で頭を掻いた。
その人物は、時計塔の針の上に腰掛けている男だった。
「何をしてるんだ」
「いやー、ライラさんの戦いが見れるって聞いて。久しぶりに見ましたよ、『勇者』やってるライラさん」
針からゆっくりと飛び降り、屋根上に降り立った男は仮面の位置を直しながら飄々とやってきた。
血の匂いに塗れているというのに、本人ののほほんとした雰囲気の方が強すぎて、ミトは近所の気のいいおじさんが話しかけてきたような感覚だった。
「それで?なんだっけあの……マルゲリータ、あーだこーだみたいな名前のやつ……」
「アルゲータ?」
「あーそれそれ。逃がしてよかったんすか?」
皆にその事を聞かれ、少々疲れたらしいメロは手をヒラヒラと振って、
「問題ない。逃がしたのは意図的だ。もう目的は済んだも同然だからな。これからは、別の問題だ」
メロは首を傾けてライラへ振り返る。ミトも釣られてライラを見ると、ライラは何やら怪しげな魔法陣を空中に描きながら何かを唱えている。
「ちょっと大掛かりな魔術を使う。それまで、私を守ってくれたまえ」
「守る?何から?」
「──あの、光からだ」
そうメロが呟いた直後、その場の全員の目付きが変わる。
起因しているのはそう、アルゲータ達が逃げ去った方向から果てしない速度でやってくる光だ。
急いで視線を向けたときには、空を支配する光がすぐ側にまで到達し、街全体を照らす。
「さ、さっきのライラさんレベルじゃ、ないですか?」
「そうだな。だが当然な話だ。なんたってあれは──」
光が差し込み、メロ達の目の前へ何かが勢いよく落ちてきた。あまりの勢いに爆風が巻き起こり、時計塔が半壊して衝撃波が町中を駆け巡る。
飛び散る瓦礫の中、確かにそこにいる光の戦士に、ミトは目を見張った。
「──そこまでだ、『へレディック』」
美しく、苛烈で、冷たい印象なのに、見ているだけで安堵できる、不思議な戦士。
目が合う直前、ミトの顔に何かが取り付けられた。それが仮面であると気づいた瞬間、ミトは素早く仮面を自らの顔に取り付け、仮面越しに乱入者の顔を見た。
全身を白金の鎧で固め、クリーム色の髪の毛を長く伸ばして一つに纏め、エメラルド色に光る前髪と瞳が特徴の、美青年がそこに立っていた。
「あれは……」
「待ってれば、勝手に名乗る」
メロがそう呟くと、目の前の青年はムッとした表情をする。顔が小綺麗で可愛らしいからか、遠目で見ると女性にも見える。同種の匂いがして、ミトは少しだけその青年に興味が湧いた。
青年は「ごほん!」とわざとらしく咳払いをすると、辺りを見回した。瓦礫が散乱した街並み。そこらかしこにある死体と血の池。地獄のように燃え盛る一角。
その全てを見回して、青年は拳を強く握りしめたあと、腰に携えた剣を引き抜いた。
「こんな酷いことをして、ただじゃおかない」
光の魔力が膨大に膨らむ。他のことに集中できないほどに強まる輝きに、ミトは思わず目を逸らした。
だが、ミト以外の全員は、その青年から目を離すことは出来なかった。それは、この王国で一位二位を争うほどの強者であるからだ。
「私は、『勇者』フォラン。悪さを働くあなた達を叩きのめすため、馳せ参じた!」
そしてその強者は最悪なことに、こちらへ攻撃をする気満々だった。
「もしかして、これからの別の問題って」
「あぁ」
メロは背後にいる部下達へ次の司令を下した。
「必ず生きて帰るぞ。ライラの魔術が完成するまで耐え切れ。それが、今のお前達の任務だ」
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