第27話 名も無き戦士

「ばいばい」


 何十人と兵士を斬り殺し、ようやく刀の扱いにも慣れてきた頃、斬りかかってきた最後の兵士を両断し、ナナメは刀から血を拭き取った。


 普段は二刀流だったからか、久しぶりの一刀流には苦戦したが、真蛇の仮面を受け取ったからには、この程度の苦難など乗り越えられなくてはならない。


「──やっぱり、何かおかしいな」


 刀を軽く振るって、ナナメは目を細めた。内側に靄がかかったような、欲しいものが手が少し届かない場所にあるような、もどかしい感覚。


 『天命』が、うまく発動しない。


「何が原因か分からないけど……キミ達の仲間の仕業だってことは分かるよ」


 振り返らず、背面越しに出会った強者へナナメはそう言い放った。音もなく忍び寄ったその敵は、以外にも大柄な大男であった。


「最高階級の『へレディック』。ここに処す」

「はぁ……ボクが『天命』ありきだと思ってる?……結構間違いじゃないんだよね、それが」


 刀を両手で持ち、敵へと切っ先を向ける。敵は甲冑で顔が見えず、しかし明らかに周りの兵士とは一線を画す実力を持っている。


 手に持った特殊な刃の形の槍を回転させ、ナナメへと強い殺意を向ける。


「名を、名乗るか?」

「ボクは『へレディック』だぞ?名乗るわけないだろ」

「そうか、ならば墓は作ってやれんな」


 踏み込んだ兵士、大きく振るわれる槍の軌道を見極め、最小の動きでナナメは懐へと飛び込む。刃渡りの長い刀ではあるが、小柄なナナメが回転しても大男の懐では問題ない。


 『天命』を扱うため、鍛えに鍛えた剣術が唸る。


「お疲れ」


 甲高い金属音が一回──否、重なって聞こえたのは約二十回の斬鉄音である。


 懐から飛び上がるその一瞬で、ナナメは兵士の甲冑ごと肉体を二十回以上切り刻んだのだ。


 確実な手応え。しかし直ぐにそれは驕りであったと気付く。


「……やはり、鉄の甲冑は邪魔でしかないな」


 斬撃によって崩壊した甲冑。それを脱ぎ捨て、大男は傷の着いた兜を外した。


 大男は目をバンダナのような布で隠しており、視覚という五感を捨てているらしかった。


「キミ、目もなしでボクと戦う気?」

「なに、問題は無い。存分にかかってくるがいい」


 動きを制限していた甲冑を捨てた男は首を鳴らし、再び槍を構えた。ナナメはその馬鹿馬鹿しい姿に呆れた様子を見せつつ、内心で敵を細かく分析する。


 ナナメの、決して手加減を加えなかった斬撃をあれほど受けながら、男には軽い切り傷しか追わせられなかった。


 相当な硬さ。刀で切り裂くには少し手間取りそうだ。


「『天命』に靄がかかってる感じがして気持ち悪いし……キミ、『天命』なしの戦士だよね?なんか狙ってやってる?」

「当然。敵の土俵に立って勝負をする必要はなかろう」


 再び丸太ほどありそうな脚で踏み込んだ男の槍が回る。轟々と風を巻き起こし、剛腕から振るわれる槍は超速でとんでもない破壊力を持っている。


 駆けるナナメの場所を正確に捉え、斬撃は気合いで耐えて、周りを巻き込みながら竜巻のように回る。


「ほんと、どうなってんの?」


 攻撃を全て躱して、ナナメは森の中へと駆け出す。男は目が見えないというのに、ナナメの動きを完璧に捉えているらしく、直ぐに追いかけてきた。


 あらゆる場所に小石や木の枝を投げつけて音を拡散しても、服を脱ぎ捨てて匂いを分散しても、男はナナメ本体だけについてきた。


「なんで分かるの?」

「長年の、勘だ」

「そっか。そういう奴には──」


 背後から放たれる槍の突きを、宙へ飛ぶことで回避し、男を飛び越えるついでにそこら中の木を切って男へ叩き落とす。


 男は俊敏に身を引いて全ての木を躱し、大木を踏みつけた。


「小細工は通用しないよねー……」


 無惨に踏み潰された木々を見て、ナナメは深く息を継いだ。これから、仲間を助けにいかなくてはならないというのに、こんな壁に阻まれている暇はない。


「───」


 ナナメは仮面越しに敵を睨めつける。その視線は、男の喉へと向いていた。人間の体の中でも、首を鍛えるのは難しい。これまでの斬撃で刻まれた傷の中で、首が一番大きかった。


 この男の耐久力を突破するには、人類の弱点を突く他ない。


「ぐだぐだやってらんない。早々にカタをつける」

「それはこちらも同意見だ。来い、『へレディック』」


 槍を構える男へ、ナナメは本気の踏み込みを見せた。


 風よりも速く走ったナナメは、即座に百に迫る斬撃を叩きつけた。男は槍にて大半を凌ぎ、雪崩のように降りかかる斬撃を槍の横薙ぎで打ち払った。


 横に通り過ぎる刃を足場にナナメが飛び上がり、空中で回転しながら木々を切り裂く。即席の足場を作り出し、一瞬のうちに男に認識できない位置へと移動する。


 完全に背後を取り、その太い首を狙って飛びかかったが、


「ぬん!」

「うわちょ!危ないって!」


 返し拳が眼前に迫り、咄嗟の判断で身体を捻じって回避。その剛腕にしがみつき、回転の勢いそのままに男の顔面に踵をぶち込んだ。


 大木がへし折れる威力。しかし痛みを感じたのはナナメの踵の方だった。


「強者よ、血に沈め!」


 しがみついたままのナナメごと腕を振り上げ、地面へと勢いよく叩きつける。ナナメを中心に地面が陥没し、凄まじい衝撃にナナメが血を吐いた。


 背骨が悲鳴をあげ、内臓がかき乱される感触に歯を食いしばり、ナナメは懐から取り出した小さな果物ナイフを振るった。


 その瞬間、男の喉が見えない斬撃に切り裂かれ、血が流れ出た。


「なる、ほど……?『天命』は全く使えないわけじゃ、ないのか……」


 ナナメの『天命』を封じているのは、ミトを犠牲にしてシュガーが発動した『神封じ』という呪いだ。


 アプルーラの街を中心に広範囲に展開された呪術は、範囲内の『天命』の発動を阻害する。


 完全に無力化出来る訳では無いが、普段『天命』に頼りきった半端な兵士はこれで脱落する。


「そう、思ったんだがな」

「ボクが、半端だと、思った?」


 男の腕を掴んだまま、押し付けられる圧力をナナメが強引に押し返す。地面がさらに砕けて、何かが軋む音が鳴り響く。


 男とナナメは、互いに引くことなく、三倍以上の体格差での押し合いをしばらく続けて、


「そこ、発動して」


 ナナメは目を見開き、世界へと命ずる。そうしなければ許さないとばかりに殺意を高めて、その一言を口から零した。


 その瞬間、男の肘、その内側に斬撃が放たれ、肘関節が切り離された。


「くぉ……!?」

「隙、あり!」


 腕を支点とし、ナナメが体を回して男の顎を蹴り上げた。衝撃波に木々が揺れ、男の頭蓋に守られた脳までも揺るがした。


 刹那の時、男は気を失った。その隙を見逃さず、ナナメは男の腕から逃れて刀を握りしめる。


「死ね」


 強く踏み込み、ナナメが渾身の斬撃を叩き込んだ。大きな的を外れることはなく、刀の軌道は男の右肩から左脇腹へと抜けた。


 一息遅れて、男の胴体が斜めに切り裂かれ、大量の返り血がナナメを彩った。


「み、ごとだ」

「そりゃどうも」


 致命傷を負った男は膝を着きそうになる、が、最後の最後で踏ん張って地面を蹴り飛ばし、槍を大きく振り下ろす。


 遠心力も乗った一撃を刀で受け止め、柄越しに伝わってくる衝撃に体の芯が穿たれた。内臓と骨が痺れ、耐えきれなかったどれかの臓器がナナメに血を吐かせる。


 口端から漏れる血を乱暴に吐いて、ナナメは槍をあえて地面へと流して滑り込むように男の間合いへ飛び込み、たった今刻んだ切り傷を蹴り飛ばした。


 傷を抉られる痛みに男が歯を食いしばり、くの字に折れ曲がったまま宙へ飛ぶ。


 槍はナナメが地面へ固定していたために、宙へ舞う男は手ぶら。武器持ちのナナメが勝負をすれば傷を負わせられる。


「んがっ!?」


 そう見込んで跳んだナナメの横っ面を、男が飛ぶ合間に引っこ抜いた大木がぶっ叩いた。


 沢山の木々を巻き込んで転がり、土に汚れて岩に激突。再び背中からの衝撃を代償に動きを止めた。


「ぬぅぉぉぁあッ!!」


 大きな雄叫びが響いて、大木が次々と投げつけられる。それを刀で切り伏せ、背後に大木の落ちる音を聞きながら駆け出す。


 真正面からの死合に、男も槍を構えて突っ込んでくる。


 走る勢いと体重を乗せた槍が降ってきて、しかしそれをそれ以上の力でナナメが跳ね返す。跳ね返された槍は男の手の中で回り、更なる威力を持って別方向から振るわれる。


「ぢぁぁあああ!!」

「ん、ぁぁああ!!」


 互いに猛々しく吠えて、刃を百、千、万と重ねる。


 火花が散り続け、両者一歩も引かずに打ち合う。全く代わり映えのない高度な刃の駆け引きに、先に音を上げたのはナナメだった。


「お、も……」


 刀を振るう力が弱まり、弾かれる力が段々と減衰するのを槍越しに感じながら、男は最後の詰めにかかる。


「その首頂くぞ!強者よ!」


 最後に振り上げた槍が、甲高い音を立ててナナメの刀を打ち上げた。手からは離れなかったものの、刀に引っ張られてナナメが浮かび上がる。


 地に足がついていないなら、踏み込めもしないし叩けもしない。ここが、致命的な隙だった。


「終わりだぁああ!!」


 大振りの槍が、ナナメの右半身に頭から直撃して───そのまま、何の手応えもなく刃はナナメをすり抜けた。


「なっ!?」

「あ、ぶないなぁ……!」


 男は槍が肉ではなく地面を叩いたことに驚愕し、そしてナナメはその隙を見逃さない。


「終わったのは、キミだったね」


 ぶっきらぼうにそう告げて、ナナメが刀を振り下ろしたその瞬間、男は急いで顔を上げ、右手で刀身を直に掴んで止めた。


「やられ、るものか!」

「だよね。キミはしぶとそうだ。だから───」


 ナナメが柄のとある位置へ親指を置いたその時、小さな音がしてナナメの手に新たな刃が出現する。


 それは、今までナナメが振るっていた刀を更に鞘とする小刀だった。


 左手は槍、右手は刀。それぞれの獲物を掴んでいる男に、もはや攻撃手段などなかった。


「──最後に、小細工をしかけて正解だったよ」


 振り抜かれた小刀が、男の喉を切り裂いた。

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