第24話 『滅びの歌』
「また死んだか」
鎖に繋がれた、ミトの上半身と下半身を振り子のようにして遊びながら、シュガーは次のミトを待つ。
大分集まった呪いの資料。次は何を試そうか。それか、そろそろアルゲータの援護に回った方がいいだろうか、そう悩むシュガーは「うーん」と声を上げて、
「そうだね、そろそろこれも終わりに──」
そんなシュガーの目の前に、白髪になったミトがいつの間にか現れていた。
『済し崩れ』によって鎖がミトに巻き付いていく。ミトの死亡による鎖からの脱出は抵抗と見なされ、鎖の強度は最骨頂に到達している。
これは術者であるシュガー以外、ほとんどの人間が解けない代物だろう。
だからミトは先程までと同じく、大人しく捕まっているしかない。そう思ったシュガーがミトから目を逸らした瞬間、
「シュガーさん」
「………おっと?」
掛けられたミトからの言葉。そのテンションが明らかに先程とは違うことに、シュガーは危機感を覚えた。
何かが、変わった。
振り返るとそこには、メイドとして活躍していた頃のミトがする、天真爛漫な笑顔があって。
「シュガーさん、もし、他人によく暴力を振るう問題児がいたとして、シュガーさんならどうやって躾ますか?」
「……まず怒鳴って動きを止めたあと、こっぴどく叱るかな。昔、アルゲータが喧嘩した時は、あいつの母親にそんな感じで怒られていたから」
「へぇ……でも、それじゃあその人は反省しないと思うんですよね」
「……何?」
「暴力なら暴力で、暴言なら暴言で、剣なら剣で、魔術なら魔術で、呪いなら呪いで。そうやって、自分がしたことと同じ苦しみを味合わないと、本当の反省ってのはできない」
言い終えた瞬間、『済し崩れ』が瓦解した。
「何ッ──!?」
「あーぁ……気に入ってたのにな、ピンクの髪。」
崩れ落ちる鎖と共に地面に降り立ち、ミトが自分の白くなった髪に触れる。色を失ったとはいえ、未だ若々しい髪の艶は残っているのは有難い。
メロの隣を歩くなら、自分もそれなりに綺麗でいたいから。
「どうやって、『済し崩れ』を?」
「ん?あー」
突如として雰囲気が変わったミト。『済し崩れ』の崩壊でようやく警戒を表に出したシュガーへ、ミトは足元の鎖の破片を拾い上げて、
「シュガーさんが僕に沢山教えてくれたじゃないですか───呪いを」
「──まさか」
ミトが笑った瞬間、野球ボールほどの鎖が粉々に砕け散った。
それは、力技による破壊、ではない。呪術使いにとって、最も手強く、最も屈辱的なやり口。
呪い返しだ。
「だが、何故……仮に君が呪い返しをできたとして……その代償は何がある?君が僕の呪術を破壊するには、君が健在したままでいられるようなものじゃ……」
「えー?シュガーさん、忘れたんですか?散々さっきまでつかってたじゃないですか」
ミトは嗤いながら、自らの薄い胸板に手を添えて言った。
「僕の、命」
その瞬間、シュガーの全身が危険信号を発した。
「命の……蓄積、だと……?」
「そう。僕が使えるのは、これだけ。そして、
命を代償にした呪いは基本通る。どんなに呪術の対策をしていても、術者が自分の命をかけてしまったなら、その呪いの効果は絶大だ。だってそうじゃなきゃおかしい。人生で一回しか使えないのだから。
そう、ミト以外ならば。
「~~~♪~~~♪~~~♪~~♪」
燃え盛る地下室の中に響く美しい歌声。ミトの喉から発せられる祝詞に意識が強制的に引き込まれ、聴覚が他の五感を飲み込む。
直後、シュガーが目、鼻、口から血を吹き出して膝を着いた。
「げほ、げほ……『呪歌』……」
『呪歌』。それは歌によって呪いを届ける呪術の一つ。歌声が人の心を惹くものであるほど、呪術の発動率は高まり、防御が難しい。
呪いに精通したシュガーでさえ、その効能に耐えきれずに地面に平れ伏した。
シュガーは血に満ちた眼を見開いて、乾いた笑いを吐き出した。
とんだ化け物が生まれてしまった。
今のミトは、最高代償である命を無限に使えて、最高峰の喉を持つ『呪歌』使いだ。
「届けましょう、崩壊を。伝えましょう、苦しみを。晒しましょう、痛みを。嘆きましょう、絶望を」
ミトの口から並べたてられる言葉全てが、『呪歌』だ。シュガーの五感のうち、耳だけを狙わないのはそれが理由。
耳がある限り、ミトの声が聞こえるのであればそれすなわち、ミトに命を握られているようなもの。
だが、シュガーもこんなところでは引かない。
「僕も、呪術師なんだよ、ミト君」
先に相手の手札を封じる。それが呪術師の攻略法なのだ。
シュガーは懐から小さなナイフを取りだしてミトへ投げつける。クルクルと回転するナイフはミトの喉に深く突き刺さり、吹き出す血と痛みがミトの喉を塞ぐ。
これで『呪歌』はもう使えない。ここから反撃に転じ、この吟遊詩人を沈めなくてはならない。
油断は許されない状況を自ら作りあげてしまった自覚のあるシュガーは歯噛みし、更なる武器を手に取ってミトを縛りつけようとした。
しかし、もう手遅れな段階にまで来てしまっていた。
「ガリっ」
「───は?」
聞こえてきたのは、肉をちぎるような、鈍い音。困惑したシュガーの目の前に、ミトが口から何かを吐き出した。
それは、ミトの舌だった。
「だばー」
大量の血を吐き出し、されど笑顔のままのミトが、出血量によって命を維持できずに倒れた。
そして、『呪歌』は継続される。
「~~~♪~~~♪~~♪~~」
「ッ───」
反響して脳へと染み込む呪いの歌。それはたった今出来たミトの死体を踏みつける次のミトが歌い続けていた。
「まずい、これはまずいな───!」
すぐさま呪いを発動させる。呪術の名は『口封じ』。その名の通り、相手の声を封じ込める呪い。代償は左手の薬指だ。
『呪歌』を使うミトに対して、指一本を使わないと『口封じ』は発動しなかった。
「──、───!!」
途端に声が出なくなり、『呪歌』が止まる。『呪歌』の本当の完成は初めから終わりまでを聞かせる必要があるため、一旦止めてしまえば発動には辿り着かない。
が、ミトが先程の死体からナイフを取りだし、自分の喉を掻っ切ったのを見て、シュガーは本気で頭を抱えた。
「~~~♪~~~♪~~♪」
命をみだりに捨てて、次のミトが『呪歌』を引き継いだ。そうして『呪歌』の完成が近づくにつれて、シュガーの体に変化が訪れる。
所々が痛い。視界もぼやけて、味もしなくなって、息もしずらくなり、心臓が動く度に全身が焼けるような感触に包まれて、腕と足の感覚が切り離された。
しかし聴覚だけはご丁寧に残されていて。
「だ、まれ!」
近くの器具を咄嗟に掴み、ミトの頭蓋を叩き割った。
次のミトが、『呪歌』を引き継いだ。
下顎を掴んで引きちぎり、顔が凹むまで殴り潰した。
次のミトが、『呪歌』を引き継いだ。
短剣を持って心臓を一突き、そのまま腹を切り裂き、零れた内臓を踏みつけた。
次のミトが、『呪歌』を引き継いだ。
───まずい。どうしようもない終わりの予感に、シュガーは焦りを感じていた。
ミトが、死んでくれない。
「それは、終わりなき地獄。果てしなき恐怖。隣接する死の感覚に、あなたは綻び、結われ、潰れて、酔って、浮かんで、千切られ、そして、生きる」
「───ぁ」
「盛者必衰の理を表すは言い訳。全てはあなたの実力努力運不足。自ら積上げ壊した自業自得」
「──か、はぁ───」
「さぁ、目を閉じて、味を拒んで、感覚を捨てて、力を抜いて、全て手放して、全部諦めて、この世から自分を見送って」
膝を着き、それでも直立したミトと同じくらいの高さのシュガー。血涙と鼻血と吐血で汚れた頬を、ミトの両手がゆっくりと、両側から包み込んで、
「──さぁ、死んでしまえ、しまえ。悪い子は苦しんで、死んでしまいなさい。醜悪な呪いの登壇に合わせて響くはこの祝詞────『滅びの歌』」
地下室が崩落し、現実と異空間の狭間が曖昧になって、その後押しをするかのように、ミトの呪いが発動する。
白炎が辺り一帯を包み込んだ。
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