第22話 後悔

 『死に狂ひ』は、死んでから全く同じ状態でその場に復活する能力。残機は無限。本人が死を認めるまで生き返りは続き、記憶も思想も年齢も、何もかもを完全に引き継ぐ。


 言わば、完璧なクローンを生み出す力だ。


 しかし、確実に一つの命を失われ、その証拠に、死体はその場に残り続ける。


 抜け殻となった器の数が、失った残機の数だ。


 ミトは、既に十二回目の死を迎えていた。


「だ、はぁ……!!はぁ……はぁ……」


 奈落へ落ちていくような、体が自分以外の物になっていく感覚が、地獄からの解放でないと分かった時から、ミトは死を恐怖した。


 痛みを乗り越えて、乗り越えたら死があって、鮮烈なる恐怖の記憶を引き継いだまま、再び痛みに呑み込まれる。


 鎖で締めあげられるミトは体に力が入らず、目はかっぴらいて、歯は恐怖に震えて不細工な音を奏でていた。


 生き返るタイミングで参照されるのは、直近の完璧に健康で最高潮の肉体。だが精神はその限りではなく、死というありえないストレスに苛まれるミトは、鮮やかなピンクの髪から一転。色の抜け落ちた真っ白な髪の毛になってしまっていた。


 そして、参照され続ける肉体は更新され、彼の髪色はもう、あのピンク色に戻りはしない。


「可哀想に……でも仕方ないさ。君が、人類の敵になったんだから」


 ミトが底なしの実験資料だと気づいてから、シュガーは歯止めが効いていない。ミトの命に尊さを感じず、内臓も片っ端から代償として支払った。


 ミトの心臓を代償に次のミトへ呪いをかけたこともあった。ミトは呪いによって悶え苦しみ、衰弱死に近い死に様を晒し、そして呪いから完全に回復して復活した。


「これも失敗か……騎士団長は一体どれ程の才能を持って生まれたんだ?僕がこんなに命をかけてようやくこの水準……まさか、自分にも呪いをかけていたり……」


 顎に長い指を這わせ、深く思案するシュガーは自分の呪いを書き記したノートを眺めていた。


 更なる呪術の高みに到達するためには、一から百ではなく、零から一でなければ、騎士団長との距離を埋められない。


 それも、騎士団長までの道のりには一枚や二枚ではなく、何百枚もの壁があるように感じてならない。


「一体、どれほどの才能を……」


 持って生まれてきたのか、そう考えかけた自分を、シュガーは律した。己の不利益は運ではなく、努力実力不足であるというのがシュガーの考え方だ。


 生まれながらの才能ではなく、騎士団長は騎士団長なりに、シュガーや周りの知らない努力を重ねてきたはずなのだ。


 努力の天才を親友に持つ男は、ミトを見下ろす。


 鎖で四肢を縛られ、完全な状態のままのミト。

脱力し、生きる気が感じられない彼の細い首を、シュガーは見つめた。


 呪いは、失った場合の損失が多いものほど効果が大きい。誰しもが支払える最も高い代償は命だが、たまにそれに限らない人もいる。


 大抵、命という印象に最も近い心臓が最高級の代償ではあるのだが、ミトの場合は違った。


 ミトの代償としての価値が一番高いのは、喉だった。吟遊詩人を夢として生きていた彼にとって、その喉は商売道具であり、武器でもある。


 その喉が潰れたその時、彼は人生の道筋を辿るめの命綱を失うに等しい。故に、次にシュガーが手にかけるのは喉からだ。


 それでは次の実験を始めよう。そう決意めいたシュガーが手を伸ばしたその時、俯いていたミトが口を開いた。


「どう、して……」

「ん?」

「どう、して、こんな……こと、を……するの……?」


 この地下室に閉じ込められてから、ミトは喉を失っている時の方が長かった。そのせいか、その声は掠れて汚くて、聞き取るのもやっとな声量であった。


 ミトはゆっくりと顔を上げ、先程枯らしたはずの涙を、新たな体から零して問いかける。


「シュガーさんは……あの、アルゲータ様の、親友で……なのに、なんで……?」

「んー……僕が、あのお人好しの友達だから、優しくないはずないって?それは、ご都合解釈というものだよ、ミト君」


 大きな手でミトの喉を優しく掴み、喉仏を親指で撫でる。


「僕は、アルゲータの右腕、『真実』のシュガー。アルゲータは『番犬』なんて呼ばれているけれど、それはあいつと、あいつが大事に思う人を侵す敵に対してそう接するからってだけだ。あいつは誰にだって優しくて明るいし、敵にだって更生を願う馬鹿なのさ。そんな馬鹿でも、度胸と根性だけはあったから、ここまで来れた」


 シュガーがまた遠い目をする。何歳なのかはミトは知らないが、幼馴染というだけあって付き合いは長く、共に乗り越えた苦難も多いはず。


 しかし、同じ苦難でも学べることは人によって違う。


 きっと、アルゲータは持ち前の度胸と根性を身につけたのだろう。なら、シュガーは何を身につけたのか。


「僕は……アルゲータの尻拭いが上手くなった。もっと言えば、バレないで人を殺す方法を覚えた。人を殺めるときでも、冷酷で、機械的で、事務的に。再現性のある功績を残せるように、僕も努力したのさ」

「……それじゃあ、あなたは人間じゃない……」

「人間だよ。アルゲータとか、周りの人間と触れ合う時は、普通の人間として振舞ってるんだよ。こうして傷を抉るのは、君のような敵だけ」


 ミトの首を掴む手の力が強まっていく。喉仏が押し込まれ、器官の閉塞感にミトが嗚咽を漏らす。


「やめ、て……」

「無理だね。君は敵だから」

 

 首を絞め、持ち上げる。鎖よりも高く、自分よりも高くミトを持ち上げる。ミトはジタバタともがき、細い足でシュガーを蹴るが、そんなものではダメージを負わせられない。


 込み上げてくる苦しさに目を閉じるミトに、シュガーは冷徹に告げる。


「君さ、このトラップにかかった本人じゃないんだろ?ナナメさんがかかったのを、自分が庇ったんじゃないか?」


 揺らして問いただしてくるシュガー。だが、ミトに答える余裕は無い。


「殊勝な事をしたものだね。でも、後悔してるだろう?人からこの地獄を譲り受けたことを」


 果てしない苦痛と、最悪な『天命』の発現。全部偶然で、避けられない運命だった。ミトはそう、考えている。


 ───嘘、だ。


「あ、ぁが……っ」


 本当は、少し後悔した──嘘、物凄く後悔した。


「か、ぁ……」


 其の場しのぎのような良心を見せて、友達になったつもりの人を助け出して、逃がして、その結果がこれだ。


 なら、助けないで見捨てれば良かった。


 こんな苦しさを味わうなんて聞いてない。死んでも解放されないなんて知らない。死が終わりじゃなく継続だなんて、想像だにしていなかった。


「そうやって中途半端な心持ちだから、君は呪いに向いているのさ。そのどっちつかずの無様な姿が、人を人たらしめる悪癖だ」


 パッとシュガーが手を離し、重力に引かれるミトがそのまま落ちて鎖に腕が引かれる。全体重が両手首にのしかかり、手首が赤く腫れて骨が軋んだ。


「ナナメさんは、君のために来るかな。それとも、見捨てて帰ってこないかな。君が永遠の地獄に閉じ込められているとも知らない彼女は……まぁなんにせよ、ここは僕の呪術によって展開された空間だ。外側からこちらに干渉はできない」

 

 小さな切れ味の良いナイフを取り出し、その切っ先がミトの喉へ突き立てられる。肌を裂いて、血が一本道を喉に描いた。


「さぁ、続きだ。ミト君、君の命の価値を、僕に示しておくれ」


 また、死へと落ちていく───

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