第7話 正義かぶれ

 白滅した視界と鳴り響く耳鳴り。それが晴れる頃に、耳元では鈴のように綺麗な声が何かを話していた。


「……ト君、ミト君、起きて」

「んぁ……ライラさん?」


 ライラに比べると小さなミトの体を、ライラはお姫様抱っこで支えていた。ライラの笑顔とは裏腹に、ミトの直前までの記憶はとても暴力的だった。


 人生で体験したこともないような爆音と衝撃に呑まれ、意識を失ってしまったのだ。あれが爆発だと、今ようやく気がついた。


 ハッとして周りを見回したミトは、そのあまりの変わりように仰天した。


 先程までの暖かな光と空気に満ちていた過ごしやすいリビングは崩壊し、更に広く冷たい石造りの地下室に変化していた。


 そして、ミトを抱えるライラと、悠然と佇むメロを取り囲んでいるのは、ミトの知らない組織だった。


 全身を黒い服装で包み、手には同じ形のナイフを持っている。顔まで隠されたその者共は、三人へ敵意と殺気をこれでもかと叩きつけていた。


 ミトは再びトラウマを思い返した。魔獣に囲まれたあの時に似ている。


「やってくれたな、ベア」


 その者共に怯まず、メロは一歩遠くで見守っているベアへ悪態をついた。

 

「ごめんね、メロち、ライラち、そしてご新規さん。でもね、ベアは気づいたんだ。君達とはやっていけないってね」

「だからって毒殺目論見に爆発からの『黒薔薇』かい?本気も本気だね」

「毒殺?爆発?『黒薔薇』?」


 心当たりのない単語と知らない単語に挟まれたミトが困惑している間に、事態は動く。


「貴様が、『魅惑』か」

「はッ、どうだかな」


 一人、『黒薔薇』という組織の一員らしい男が、長い剣を構えてメロへ問いかけてきた。メロは素っ気なく返したが、男の、『黒薔薇』の殺気は増していくばかりだ。


「貴様らの悪行もここまで。迅速に処す」

「一つ聞きたいが、ベア。こいつらに何をもちかけられたんだ?」

「勘違いも甚だしい。もちかけたのはベアですよメロち。メロち達の首を引き換えに、ベアの罪をチャラにしてくれっていう!」


 ベアの回答にメロは顔を顰め、ライラは「だろうね」と独り言つ。罪やら処すやら悪行やら、先程からまるでメロ達を悪者のような扱いをする周りの空気に、ミトは混乱したままだ。


「な、なんで悪行?メロさん達は、いい人ですよ?」

「──ご新規さん。本気の本気でご新規さんなので?」


 ただ一人だけ取り残されたミトに、ベアが本気の哀れみの目を向けてくる。その視線の意味は理解できずとも、ミトは何かを察した。


 もしかしたら自分がついてきたこの人達は──


「聞くが、貴様らの仲間の居所は?」

「この王国のどこか、としか」

「屁理屈を」

「正直に話したんだがな」


 男とメロのやり取りが終わるなり、構えられた刃が閃いた。光の届かぬ地下の中、微弱な光を反射する刃は、極められた剣術によって最強の殺傷道具としてメロの首を──


「──な」

「遅いな、それでも『黒薔薇』か?」


 くだらないと一蹴するメロは、男が振りぬいた刃を指で挟んで受け止めていた。やがて軋んだ音を立て始めた刃は限界を迎え、物の見事に崩壊した。


「『黒薔薇』。お前らの頭の場所こそ知りたい。教えてはくれないか?」

「馬鹿め。貴様などにそんなこと言うわけない」

「そうか……ベアも知らなそうだな。そもそも依頼人にすら素性を明かさないのが『黒薔薇』だったか」


 拳を握っては開くを繰り返し、メロが気合を入れる。その瞬間、地下全体に紫電が駆け巡り、『黒薔薇』の連中が身を固めた。


「俺を処すんだったな、『黒薔薇』」


 ───小手が、紫の雷撃を纏う。


「俺を処して見せろ。俺に処される前にな」


 バチチと音を立て、紫電が『黒薔薇』を挑発した。


「後悔して地獄に落ちろ!!」


 するとメロの正面の男ではなく、背後にいた別の『黒薔薇』がナイフを振り下ろしてきた。メロは驚異的な速度で振り返り、ナイフを持つ腕を掴むと、まるで風を撫でるかのように滑らかに腕をへし折った。


「んぐ──」

「流石。悲鳴はあげないか」


 へし折られた腕を離さず、メロの紫電を纏った踵が『黒薔薇』の鳩尾を穿つ。強い電撃は服と肌を焦がし、その先にある心の臓を感電させた。


「は───」

「さて、次に痺れるのは誰だ?」


 いとも容易く、なんの焦りも動揺もなく、メロは今───人を殺した。


「え、え、メロ、さん……?」

「まぁミト君。静かにみていようじゃないか」


 躊躇をしないメロの殺人と、それを見ても何も思わぬライラ。この異常性は、見過ごしては行けない。そんな考えがミトの脳裏を過ぎる。


「動け『黒薔薇』。対象を処せ。迅速にな」


 『黒薔薇』の誰かが発した言葉に乗じて、全員が各々の得物でもってメロを狙った。その中心に立つメロはため息混じりに呟いた。


「退屈で足が痺れそうだ」


 紫電が、命を蹂躙した。


~~~


「さて、お前をどうしてやろうか」


 壁に叩きつけられ、首を握られ、嗚咽を漏らすベア。矮躯を揺らして抵抗するも、背丈の大きいメロの胴体にも届かない。


 苦しげな表情を浮かべるベアは、メロの後ろで倒れ伏した『黒薔薇』達を見て歯を食いしばる。


「役、立たずが……」

「ベア。俺はお前を信用していたんだ。この残念な気持ち、どうしてくれる?」


 メロの問いかけにベアは鼻を鳴らし、飛び掛けの意識の中で吐き捨てた。


「メロち……キミは、悪だ……紛れもない、ベアなんて、歯牙にも、かけないほどに……」

「だから、善に傾いたって?」

「違う、さ……ついていけなく、なっただけだよ……」


 その一言を最後にベアは意識を失い、あれだけ暴れ回っていた手足がだらりとぶら下がって力を失った。


 ベアは死んだ。メロを裏切ったベアは、死という罰を受けた。


 その光景を目の当たりにしたミトは凍りつき、その場から動けずにいた。


 メロは人を殺したのだ。


「な、なん、で……」

「簡単な話だよミト君。裏切り者には万死さ。『黒薔薇』に姿も『天命』もバレているようだし、ベア君は中々にやらかしてくれたね」


 地面に落ちた死体を撫で、ライラは疲れたため息を吐く。メロは腕組みをして、何かを思案していた。


「ベア……『幽嵐ゆうらん』に唆されたかもな」

「あの連中も手を出してくると考えると、厄介だね。考えなければならないことが多すぎる」


 普段通りのテンション。普段と同じ抑揚の声。それが、現実に起こったことと乖離しすぎていて、ミトは揺れる瞳を二人へ向ける。


 口は震えながらも、ミトの気持ちをそのまま吐露していた。


「お、お二人は……なんなん、ですか……?」


 人死、裏切り、『黒薔薇』、『幽嵐』、訳の分からない言葉と惨劇に見舞われ、ミトの心は感情が混濁している。


 その淀みを払拭するように、メロはミトを真っ直ぐ見つめ返し、その問に答えた。


「俺達は──『へレディック』、その一員だ」


 メロが言い放ったそれは、世界をひっくり返そうとする異端者の称号であった。

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