本の世界の歩き方〜ジャンル横断旅行with黒猫〜
〆鯖
プロローグ
「君がハッピーエンドを見たいなら、書き換えに行けばいいんだよ。簡単でしょ?」
黒猫は俺を見てそう言った。
……俺がこの奇妙な家の主になった日のこと。
じいさまが亡くなって、家をもらった。
森の中にひっそりと佇む、秘密基地のような洋館だ。
子供の頃に戻ったみたいに、好奇心に任せて探検することにした。
リビングやキッチンは、広くて使いやすそうだなぁとか思いながら、一階の最後の部屋までたどり着いた。
そこにはベッドとクローゼットと、空っぽの本棚がぽつりとあるだけだった。
だがよく見ると、それだけではなかった。
本棚をずらしたあとがある。床の跡に沿ってずらしてみると……なんと色の違う壁が出てきた。
中に何かあると思って、試しに押してみたら、
ギィ……
「うわっ」
壁が軋みながら、くるりと回って中に転がり込んでしまった。
そこは半地下になっていて薄暗い。
階段に吊るされた蝋燭に火をつけて進む。
短い階段を下ると、奥にドアが見えてきた。
ゴンッ!
「いって……!」
なにかに躓いて、ドアに顔面を強打してしまった。
いったい何に躓いたのかと思って足元を見ると、黒い塊が落ちていた。
なんだこれ、と思って触ろうとすると、フワフワしてて、なんかあったかい……。
と思ったら、急に動き出した!
「ひっ!何!?」
「何とは失礼な、みんな大好き、猫ちゃんだよ!ようこそお客さん。それともコソ泥かな?」
この、猫?は急に驚かせてきた挙句、流暢にお喋りを始めている。
「俺は客でもコソ泥でもなく家主だ。ていうか普通にしゃべるなよ。」
じいさまは猫を魔改造する趣味でもあったのだろうか。
それとも夢か何かか?
そして、腰が抜けて動けない……。
「入らないの?」
猫は呑気に毛づくろいをしている。完全に家主を舐め切っているようだ。
「おい、今日から俺が家主だからな。あまり舐めてると追い出すぞ。」
「猫は舐めて毛づくろいするんだよ?まあいいから入りなって。」
なんだこのムカつく猫は。
ドアに体重をかけながら立ち上がり、重厚なノブに手をかける。
中に入ると、そこはいわゆる書斎だった。
半地下で、天井付近の小さい窓から、日光が差している。
俺も本は結構好きだし、じいさまとはなかなか趣味が合ったかもしれない。
「じいさまは本好きだったんだね。」
「その通り。家主さんも読書家なの?」
「まあね。」
六畳くらいの部屋が本で埋まっていて、壁に向かって机と書見台がある。
すぐそこで本の呼吸が聞こえてきそうなくらい、紙の匂いが充満している。
俺が読めそうな本もたくさんありそうだし、これならしばらく読書に困ることはないだろう。
……と思ったが、おかしい。
「おい、この本変なとこで終わってるぞ。」
半分くらいまっさらな本。ほかにも、上巻しかないのとかもある。
「それは君のおじいさんが書いたやつだね。それか上巻しかそもそも存在しない本。この部屋にはそういう変な本しかないよ。」
「それじゃもやもやするだろ。なんで上巻しかないのに買うんだよ。」
まぁ普通に読めそうな本も多そうなので、当分は困らなそうだけど。
それにしても、結末のない話を読むなんて、息を止めたまま生きているみたいで、俺は耐えられない。
結末がないとわかっている話なんて、何を楽しみに読むんだろう。
終わりよければすべてよしって言葉があるくらいにはラストって大事だぞ?
「君のおじいさんは熱心な読書家だったよ。そのおかげで君はその中途半端な本の結末を読むことができるんだからね。」
俺は唖然とした。
途中の本の結末を読める?胡散臭すぎてもはや清々しいな。
「あのな、作者がいないのにどうやって読むんだよ。俺に書けってか?」
「そうとも言えるかもねぇ。試しにやってみる?ここでは、文字を読むだけが“読書”じゃないのさ」
「あのな、俺は読書家であって作家じゃないんだけど。」
俺は世界を創るよりも、誰かの世界に浸りたい派なんだが。
それに、途中の本は、軸はできてるとは言え、広げるのが難しいような話だから挫折したんだろう?ならなおさら難しそうだ。
「別にペンをカリカリ動かすのだけが作家じゃない。まあ百聞は一見に如かず。さあ本の世界へ飛び込んでみよう!」
黒猫がぴょんぴょんと机に上り、さっき読んでいた本を書見台に置く。
俺は誘われるままに本を開くと、ページが淡く光り、視界が白に塗りつぶされていく。
「見に行こう。君だけの物語を!」
クロエはなにを言ってるんだ?
あれ、なんだこれ、指が溶けて……。
書見台を中心に、まばゆい光が部屋を満たす。
抗うことなどできず、気が付けば俺の意識は光に飲まれていた。
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