第24話

「両の目潰しは、サイコロの出目が多い方の勝つゲームだ。サイコロを振るのは一度きりだ…ただし、サイコロの一面同士を、接着剤を用いこのようにくっつける。横に長くなった形だな。勿論、くっつけた面とその反対の面はでることはない」

「だから両の目つぶし…!」

 高松が、にやりと歯を見せる。

「わかるじゃねぇか…ほれ。お前ならどうする?」

 高松が投げてよこしたサイコロ二つを受け取って、手の中で弄ぶ。

 単純に考えれば、六・六の十二は採用したい。しかし、サイコロは表と裏とで合計が七になるよう設計されている。つまり、十二という最強を取り入れるということは二という最弱を取り入れるということでもあるのだ。

 そう考えると、三・四の二つは潰さない方が良いかもしれない。他二つの組み合わせと比べて、差が小さくなっている。では六・一と二・五のどちらを採用すればよいのか…

 いや、表裏の組み合わせは二つしか採用できないわけではないか。例えば、一と二の目を接着面に選べば、一の方のサイコロで四・三と二・五。二の方で四・三と一・六を採用できる。だがこれはあまり使えないか…?六・一を採用せざるを得ない。

「悩むな…」

 高松が、ニヤつきながら俺に語りかけてくる。

「一つ、補助線を引いてやろうか」

「補助線?」

「ああ…期待値を考えるんだよ」

「期待値?」

 高松の顔が、不意に曇る。

「…お前、数学は?」

 体の表面がささくれ立つような感じがした。聞きたくもない言葉…就職して、逃げ切ったと思っていたのに…!

「…そんな顔をするな。大丈夫だ。足し算さえできれば期待値くらい出せる」

 唇を結んでいる俺にも構わずに、高松は説明を続ける。

「くっつけた状態のサイコロの面の一つ一つの確率は四分の一。そこまでは分かるな?」

「まぁ…」

「そして、この面一つ一つに当然数字がある。こうくっつけると…出目は四・二・十・十二だ。これら全てに四分の一をかけ、足す…すると、四分の二十八」

「…多分…」

 頭の中で計算を追ってゆく。

「これを整数になおせば七。つまり、このサイコロの出目は上から下まで平均すると大体七ってことだ」

「なるほど…ってことは!」

 やっと高松の言いたいことが掴めた。

「この計算で最も高い数値が出る組み合わせが最強ってことか…!」

 高松が軽く苦笑する。何だ…その反応…

「じゃあ試しに幾つかの目を計算してみるといい」

 そう言われ、サイコロをくっつけてみる。作った目は十二・二・七・七だ。

「…あれ?七になる…じゃあ別にすれば…あれ?」

「サイコロの目は上と下とで計七になるようにできている、じゃあサイコロ一つの合計値はいくらになると思う?」

「そりゃあ…七になる組み合わせが三つで、二十一でしょ」

「じゃあ二つサイコロがあったら?」

「四十二」

「そこから接着した状態…つまり十四引くとどうなる?」

「…二十八」

「そうだな。ところで、サイコロの上下の和は常に七だよな?それでは、二十八という数字は回転させたりしても変わると思うか?」

 手元のサイコロに視線を落とす。数字を一つ一つ別のものとして捉えず、七になる数字のセットが四つあると捉えてみれば…数字の和は常に二十八。とすると…

「期待値の計算は数字の和を確率で割る。そして、全ての面の確率は一定だ。つまり、常に期待値は七になる」

 なるほど、俺の試みが無駄だったということは分かる…分かるが。

「じゃあ期待値なんて計算しても無駄なんじゃぁ…」

「いいや、俺はあくまでも七という数字を一つの基準として考えろと言いたいんだ」

「…?」

「…つまりだな、七よりも小さければ負ける、七よりも多ければ勝ちか引き分けられる、と考えろと言っているんだ」

 …納得できそうで…できないような…

「…別なアプローチでも七という基準値は出せる。例えば、高い出目を作ろうとする時、その逆は低い出目になる。当然だな。そこで、四〜六を組み合わせて八〜十二を作ると考えると、一〜三。つまり、二〜六が低い目になる。よって、相手が高い目を作ろうとしていると考えれば、恐らく相手の目は二分の一で勝ち、二分の一で負けるような手だ。十一・十一・三・三のような目がいい例だな。これを仮想敵とすると、自分の目を考えれば、低い目…負けの目が出ても勝てるような目を組むという考えが浮かぶ。負けの目は、勝ちの目を低くするほど高くなる。十・十・四・四のような組み方をすれば、勝ちの目、ここで言う十が出た時、そして負けの目、四が出た時の両方で敵の負けの目、三に勝てる。しかし、勝ちの目同士が出てしまえば、負けの目が出た際のケアが災いし負けることになる。十一で組んだ同士の対面では、勝てる確率は四分の一。対して、十一・十対面だと十側の勝つ確率は二分の一。まぁ、十一同士の場合負ける確率も四分の一だがな。しかし、十やら十一やらを組んでも、相手の出方によって確率が揺れる。そこで、七という基準値が効いてくる。どんな組み方をしても七以下の目が必ず生まれるというのなら…こうしてしまえばいい…!」

 そう言うと、高松はサイコロを組み換えた。

「ニと五、三と四を互い違いに噛ませる。全面が七になる形だ。ほとんどの組み方に二分の一は勝ちの目がある。恐らく枇杷島もこの辺りまでは辿り着いているだろう。ここからが思考のスタートライン…!精神が色濃く出る…!」

 なるほど、確かに全面七は、組み方同士の相性を考えずとも良い。だからと言って、全面七同士の対面というのは見るに耐えない。勝負する必要もない。となると、全面七という選択肢が脳内にあるのに自分から崩してリスクの高い方へと向かうか…?

「改めて、お前はどうする?」

 七という値を意識して、手元でサイコロを転がしてみる。

 やはり、十二を採用するのは現実的ではないだろうか…いや、こう組み換えれば…?

 …やれる!やれるじゃないか!

「こ、これは…!」

「十二・ニは良いとして…二と五を噛ませて七・七か。全七想定では、勝率こそ四分の一だが、最適解に近いな。俺は正直、枇杷島をこれを出してくると考えている」

「よ、よし!」

「…そして、これを出してくる精神性…十分付き合える。悪くないやつだ。それはそれとして、俺は勝ちに行く。だから、俺はこう組む…十・七・七・四…負けの目の潰しを考えた形だな」

 そういうと、高松は接着剤を取り出すと、片方のサイコロに玉のような接着剤を垂らした。

「よく見てろよ…お前は見張りでよこされたんだからな」

 一の目と一の目が、接着剤を面から追い出すように押し広げる。はみ出た接着剤をヘラのようなもので四角く掬い、拭き去ると、高松は席をたった。

「行くぜ、きっと待ってる」



 高松の言った通り、俺達がもとの場所に戻るとすでに枇杷島さんと佐塚が待っていた。

「組み方は決まったか?」

 枇杷島さんが聞く。

「当然…!」

 高松は、地面にドカッと座り込み、佐塚が手渡した底が深く縦長の皿を地面に

置いた。

「俺の目はこれだ…お前は?」

 高松が、潰された二つの六の目を挟むように二本の指で賽をもち、ぐるりと十・七・七・四の出目を見せる。

 それをみた枇杷島さんは僅かに微笑むと、ポケットから賽を取り出す…六の目が側面にある!高松と同じ潰し方だ!高松が読み違えた!

「八・七・七・六だ…」

 負けの目同士がかち合えば、枇杷島さんのほうが強い!負けの目を見て勝ちの目を二下げた高松に対し、先回りのような状況だ…!

「先攻は俺だったな…」

 賽を握りしめた高松が、器に向かって振りかぶる。

 まるで一艘の船のような皿を、あちらにこちらに駆けずり回り、やがて勢いを落ち着かせる…その目は…!

「じゅ、十ッ!」

 勝ちの目…!四分の一…十分に起こることとはいえ…!

「…残念ながら…性根以前に運にめぐまれないやつと組むのはリスキーだからな…」

「待て…」

 枇杷島さんが、賽を握り、袖を引き上げる。

「俺が十二を、潰したなどと思ってないだろうな?」

「…どういう意味だ」

 枇杷島さんが、より強く賽を握り込む。力が入りすぎていないか…?手の色が真っ赤に変色している。

「…高松。お前はこの遊戯で俺の精神が分かると言ったな。その通りだ…お前は見ることになる…俺がどれだけ、今日勝つことに賭けているか…!」

 枇杷島さんが、賽を放つ。俺にはその時、枇杷島さんの手のひらが光ったように見えた。比喩ではない。確かに見えたのだ…

「じゅ、十二…」

 佐塚が、誰より先に器を覗き込み、呟いた。

 続いて、俺と高松も器を見る。

「熱可塑性…最初に事務所に通した時か…」

 佐塚の言ったとおりだ。六の目が二つ、上を向いている。

 賽と賽の間、本来繋がっていなければならない箇所がドロドロに溶け、まるで一の面が器に透明な根を張っているようだ。

 俺達がそんな光景に目を見張っていると、カラン、という軽い金属音が響いた。

「ぐっ…」

「「…!ライター」」

 俺と佐塚が、高松と周回遅れで気づく。手のひらの中の光…!あれはライターの…!それじゃあ…!

「枇杷島さん!」

 枇杷島さんは、背中で手を覆うようにして隠し、俺が周りこんでその右手を見る時には、すでに黒い革手袋を着けていた。

「見て気持ちのいいもんじゃない…」

「…佐塚。保冷剤持ってこい」

「は、はい!」

 駆けていく佐塚を目の端で捉えて、呟くように俺は言う。

「なんでこんな…勝ったところで金を賭けてもないのに…」

「落ち着け…別に勝つことが目的じゃない。どうだ、高松。お眼鏡にかなったかな?」

 高松が、上まぶたをやや閉じて言う。

「…こんなやつを、敵に回したくねえわな。いいだろう。やろうぜ」

「…随分な言われようだな」

「褒め言葉さ…それじゃあ、カメラ、抑えとくぜ」



「枇杷島さん…結局、なんのために高松のところに乗り込んだんですか?」

 高松と少し話し、保冷剤を受け取ると、枇杷島さんと俺はすぐに上へ上った。となると、目的は高松だったことになる。

「…気にする事じゃない。俺は今まで通りやるだけさ。ただ…このカジノに勝つ。その布石ってとこだな」

「…勝つって、潰すってことですか」

「…さぁ。とにかく急ごうぜ。今宵は負ける気がしない…」

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