第8話:林道の死闘と迫る影

 林道に夕陽が差し込み、血に濡れた地面が赤黒く輝いていた。

 補給隊を叩き潰し、勝利の余韻が漂ったのも束の間――

 鬨の声をあげて現れたのは、黒き鎧を纏った騎兵部隊だった。


 「敵騎兵! 数百はいるぞ!」

 「防御陣形を取れ!」


 ジルヴァートの怒号が飛ぶ。

 兵士たちは慌てて槍を構え、林道に盾を並べた。だが狭い道では十分な陣形が組めない。


 轟音とともに、騎兵の波が突撃してきた。

 木々を薙ぎ倒し、槍をへし折り、盾を粉砕する。

 先頭の兵が馬蹄に踏み潰され、悲鳴が林道に響いた。


 「持ちこたえろ! ここを突破されれば――!」

 ジルヴァートは剣を振るい、突き出された槍を受け流す。

 鋭い一閃で敵兵を斬り伏せたが、その額に血が飛び散る。


 数では圧倒的不利。

 林道はたちまち修羅場と化した。


 ◇


 一方、後方の指揮所。

 伝令が血相を変えて駆け込んできた。


 「報告! 補給隊は撃破しましたが、敵騎兵が出現! ジルヴァート殿下が苦戦中!」


 私は立ち上がった。

 「騎兵……! 林道でなら、あまりに不利です!」


 参謀たちが動揺する。

 「どうする? 援軍を送るか?」

 「しかし本軍も敵と対峙している。兵を割けば防衛が崩れる!」


 焦燥が場を支配する。

 私は必死に地図を見つめた。

 ――林道の近くには小川がある。雨季で水量が増しているはず。


 「……そうだ」

 私は顔を上げた。

 「川を堰き止め、林道に流し込むのです! ぬかるみになれば、騎兵は機動力を失います!」


 将軍たちが目を見開く。

 「なるほど……!」

 「だが実行できるか?」


 「できます。工兵を動かせば、すぐに堰を崩せるはずです!」


 私は声を張り上げた。

 「ジルヴァート殿下を救うために、一刻も早く!」


 ◇


 林道。


 ジルヴァートの剣が火花を散らす。

 「ぐっ……!」

 槍をかわし、敵を斬り伏せた瞬間、背中に痛みが走った。鎧を貫くには至らなかったが、刃がかすめたのだ。


 血が流れ、視界が赤に染まる。

 「殿下!」

 兵が駆け寄るが、すぐに敵の槍が突き込まれる。

 ジルヴァートは歯を食いしばり、踏みとどまった。


 ――その時だった。


 「川の水が……!」


 兵の叫び。

 林道の脇から濁流が押し寄せ、道をぬかるみに変えていった。

 騎兵たちの馬が足を取られ、次々と転倒する。


 「今だ! 突撃せよ!」

 ジルヴァートの叫びに、兵士たちが反撃に転じた。

 槍が騎兵を突き崩し、剣が馬上の敵を引きずり下ろす。


 形勢が、一気に逆転した。


 ◇


 指揮所に報告が届いたのは、それから間もなくのことだった。

 「報告! 敵騎兵、敗走しました! ジルヴァート殿下、健在!」


 私はその場に崩れ落ちそうになった。

 「……よかった……!」

 胸の奥に張り詰めていた緊張が、ようやく緩む。


 だが安心も束の間、別の報告が重ねられた。

 「しかし、本軍はなお拮抗しております。敵はなお数で勝ります!」


 戦はまだ終わらない。

 それどころか、ここからが本当の地獄だ。


 ◇


 その頃――祖国エルディナの本陣。


 敗走した騎兵の報告に、幕僚たちがざわめく。

 「なぜだ! 補給隊が……!」

 「殿下、方針を!」


 アランは黙っていた。

 拳を強く握りしめ、唇を噛む。


 心の奥で、確信していた。

 ――セレスティア。お前だな。

 この戦場で、誰よりも冷静に策を巡らせることができるのは彼女しかいない。


 「……次の手を打つ」

 アランはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、苦悩と決意が入り混じった光が宿っていた。

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