第6話:戦火の幕開け
城門を出ると、朝靄に包まれた大地が広がっていた。
丘陵の向こう、黒々とした影が迫ってくる。
「エルディナ軍……!」
兵士たちが息を呑む。
旗指物に描かれた双頭の鷲は、まぎれもなく祖国の軍旗。
数千の兵が列を成し、槍と盾の波が地平線を埋め尽くしていた。
――かつて、私が暮らした国。
だが今は、敵として目の前に現れている。
「セレスティア様、こちらへ」
ジルヴァートに導かれ、丘の上に設けられた指揮所へ向かう。
周囲には将軍や参謀たちが集まり、慌ただしく報告を交わしていた。
「敵軍、南の街道を経由して進軍中!」
「補給隊の動きは確認できず!」
私は地図に視線を走らせる。
「補給が確認できない……? ならば必ず後方に糧秣を運ぶ隊がいるはずです」
参謀の一人が首を傾げた。
「だが見つかっていない以上、追うのは無理では?」
「いいえ。敵はわざと主力を派手に動かし、補給隊を隠しているのでしょう。森の小道を利用しているはずです」
私は指先で地図の一点を示した。
「ここ。南東の林道。敵が使うならここしかない」
ジルヴァートがにやりと笑った。
「なるほど。ならば少数の精鋭を送り、補給を断つのだな」
「はい。補給を絶てば、どれほど大軍でも長くは持ちません」
将軍たちの間にざわめきが広がった。
「確かに……」
「王妃殿下は見事な眼だ」
“王妃殿下”。
そう呼ばれた瞬間、胸の奥で熱が込み上げた。
祖国では奪われた称号が、今ここで新たな意味を持っている。
◇
一方その頃――祖国エルディナ軍。
陣幕の中で、王太子アランは一人地図を見つめていた。
幕僚たちは勝利を確信している。
「アールディアなど小国、すぐにひれ伏すだろう」と笑う声も聞こえる。
だが、アランの顔に笑みはなかった。
指先で地図の一点をなぞりながら、彼は苦く呟く。
「……セレスティア。お前は、どこにいる」
幕僚の一人が訝しげに顔を向けた。
「殿下?」
「いや……何でもない」
アランは顔を伏せる。
心の奥で燻る後悔を、誰にも知られてはならない。
――彼には、まだ隠さねばならぬ真実があった。
◇
夕刻。
両軍はついに対峙した。
丘の上に並ぶアールディア軍の兵士たち。
その最前列に立つジルヴァートが剣を掲げる。
「我らは侵略者ではない! 祖国を追われた者を守り、理不尽な暴虐に抗う者だ! 恐れるな、勝利は我らの手にある!」
兵たちの鬨の声が大地を揺らす。
私は彼の隣に立ち、声を張り上げた。
「皆さん! どうか忘れないでください。私たちが守るのはただの領土ではありません。――家族であり、生活であり、未来そのものです!」
兵士たちの瞳が輝きを増すのが分かった。
恐怖ではなく、誇りに燃える光。
その瞬間――
「敵軍、動きます!」
見張りの兵が叫ぶ。
祖国軍の先頭が槍を構え、一斉に前進を開始した。
大地が轟き、戦の幕が切って落とされる。
私は息を呑んだ。
――いよいよ始まる。
愛した国との、避けられぬ戦いが。
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