珍しく、家族三人でそろって晩御飯を食べた。お母さんの出勤時間が迫っていて、バタバタしていたのでなにか大した会話があったわけじゃないけれど、なんとなく、私と悠ちゃんは浮き足立っていた気がする。

 「じゃあ、お母さん行ってくるから。勉強はいいけど、あんまり夜更かししないのよ。」

 きれいにお化粧をして、髪型も整えたお母さんが、黒いワンピースの上にカーディガンを羽織って家を出ていく。私と悠ちゃんは、行ってらっしゃい、と、玄関までお母さんを見送った。普段なら、リビングで軽く声を掛け合うだけでお母さんは出かけて行くのだけれど、まだ、家族そろっての夕食の余韻が、私と悠ちゃんには残っていたのかもしれない。

 お母さんが出かけてしまうと、なんだか急に気が抜けたみたいになって、勉強を始める感じでもなくなってしまったので、冷蔵庫から出してきたプリンを、参考書をよけてリビングテーブルで食べた。悠ちゃんは、普段あまり甘いものを食べないのだけれど、私に付き合って食べてくれた。

 「さ、もう少しだけやるか。そろそろこのプリントにたどり着けるぞ。」

 プリンを完食した悠ちゃんが、テーブルの上に、そもそもの発端である数学のプリントを広げた。

 「なんとかたどり着きたい。」

 私も空になったプリンの容器をゴミ箱に放り込み、シャーペンを手に取り直した。そして丁度その時、テーブルの隅に放っぽって置かれていた悠ちゃんのスマホが鳴った。

 「電話。」

 ちょっとごめんな、と、スマホを耳に当てた悠ちゃんの表情が、段々張りつめていくのを、私はぼうっと見ていた。ぼうっとというのは、なにも考えていない、という意味ではなくて、思い出していたのだ。ずっと昔、お父さんが死んでしまった夜、電話を取ったお母さんの顔は、段々張りつめていったのを。

 「悠ちゃん、」

 まだ悠ちゃんは電話を切っていないのに、私は悠ちゃんの腕を咄嗟に掴んでいた。悠ちゃんは、宥めるみたいに片手で私の肩を抱いた。その動作は、なおさら私の不安をあおった。普段悠ちゃんは、私の身体に触れたりはしない。

 電話を切った悠ちゃんが、私の肩を抱いたまま、咲子さん、帰るって、と言った。

 「え?」

 「体調悪くて、お店で倒れたみたい。」

 「え?」

 「店長さんが車で送ってくれるって。」

 凍りついた私の髪を、悠ちゃんのてのひらが撫でた。あの晩の悠ちゃんと同じ仕草だった。

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