業界初!参加型アトラクション葬儀プラン『ボーナスステージ』
志乃原七海
第1話、さあ皆様お手を拝借
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### 完全なる弔い
友人の葬式に参列した俺は、会場に満ちる研ぎ澄まされた空気に恍惚としていた。
誰もが口を閉ざしている。だがその沈黙は、悲しみのそれではない。これから始まる「作品」の完成を待ち望む、芸術家たちのそれに近かった。
読経も弔辞も、ただの形式に過ぎない。俺たちの関心はただ一つ、祭壇に横たわる「素材」にのみ注がれていた。
やがて、司会者がマイクを握る。その声は氷のように冷たく、それでいて蜜のように甘く響いた。
「皆様、長らくお待たせいたしました。故人、田中隆が、真に我々と一つになるための…**『清めの儀式』を執り行います**」
その言葉を合図に、黒服の者たちが静かに動き出す。彼らが恭しく差し出すのは、鈍い銀色に輝く鉄の塊。
バール、ハンマー、そして俺の手には、ずしりと重い鉄パイプが握らされた。その冷たさが、指先からゆっくりと俺の理性を侵食していく。
「では皆様、**お手元の『道具』は、馴染みましたでしょうか?**」
司会者は、まるで聖櫃でも示すかのように、静かに白木の棺を指さした。
ああ、隆。お前はなんて美しいんだ。あの箱の中で、完璧な状態で、俺たちを待っている。
「それでは、故人の魂が肉体という名の檻から解放され、我々の手によって永遠の美を得るために…**さあ、始めましょう**」
ゴングの音はない。ただ、静寂を切り裂いて、甲高い金属音が一つ響いた。
最初に「筆」を入れたのは、故人の妻だった。
「…やっと、私のものになるのね」
恍惚の表情で囁きながら振り下ろされたバールが、棺の蓋を鈍い音と共に陥没させる。それが、祝祭の始まりだった。
親族たちが、まるで獣のように棺に群がる。彼らの口から漏れるのは、感謝でもなければ、悲哀でもない。
「この目は、私が」「その指は、俺が貰う」
それは、所有欲と独占欲に満ちた、醜くも純粋な愛の言葉だった。
木片が弾け飛び、やがて強固な棺は崩壊する。そして、純白の死に装束に包まれた、**まだ生々しい「作品」**が姿を現した。
そのあまりに冒涜的で神聖な光景に、俺は鉄パイプを強く握りしめた。
「隆…お前の一番美しい顔、俺にしか分からないよなァ…」
俺の一撃は、彼の頬骨を狙った。ゴツリ、と硬質な手応え。白い肌に、赤い亀裂が走る。美しい。あまりにも、美しい。
誰もが夢中だった。叩き、砕き、抉り、混ぜ合わせる。それは破壊ではない。新たな創造だ。
肉と骨が、涙と涎が、そして俺たちの歪んだ愛情が混ざり合い、祭壇の上で一つの抽象画を完成させていく。
やがて、原型を留めるものは何もなくなった。ただ、赤と白のまだら模様のオブジェが、そこにあるだけだった。
俺たちは皆、汗と返り血に塗れながら、自らの「作品」をうっとりと眺めていた。
すると、葬儀屋のスタッフが、満足げな笑みを浮かべて囁いた。
「皆様、お見事です。これ以上ない、完璧な『一体化』でございます。**これならば、もはや焼却の必要もございませんね**」
「ええ、この子は私が持って帰るわ」と妻が微笑み、父親は「一部を庭に埋めよう」と頷いている。
これが、真の愛の形。故人を物理的に分解し、所有し、永遠に自分のものとする、究極のお別れ。
俺は鉄パイプに付着した肉片をそっと舐め取り、恍惚とした表情で天を仰いだ。
**これで、彼は永遠に俺たちのものだ。**
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