剣聖は鍛治士の心に気づかない
医者に連れて行こうとしたが、危険人物だった場合も考えて騎士事務所に男を寝かせて医者を呼ぶ形をとった。事務所には姉の結婚式で休みをとっている部下の代わりに上司のジムがいた。ジムに事の顛末を話した後、医者を呼びに行った足で鍛治屋の元へと向かった。
鍛冶屋に着いたオーランドは扉を開けて中へと入る。扉の上についたベルがチリンチリンと鳴る。
「らっしゃい。ってオーランドか」
少女が読んでいた新聞を置き椅子を回してこちらを向く。黄色と赤の中間の色をした髪を短くし、前髪をピンで留めている。目の色は美しい鮮やかな青色。つり目と左下の泣きぼくろが特徴的な子であった。
「今日は何の用だ? 剣の手入れか? それとも新しい武器が欲しいのか? 」
彼女は椅子から降りて、オーランドに近づいて行く。彼女の背は小さく145cm前後とオーランドは推測していた。前にあった時よりも身長に差はなかった。
「今日は押収したこの短剣を見てもらいたくてな」
オーランドはカフェで気を失った男から押収した短剣を彼女に見せた。オーランドはこの短剣が違法武器と判断したがプロの意見を聞いて判断が正しかったか、この短剣がどんな性能なのか詳しく知りたかった。
彼女の名前はシャルロット・スミス。少女であるが、この鍛冶屋の店主であり、オーランドが絶対的な信頼を寄せる数少ない人物であった。
「ちょっと借りるぜ」
短剣をオーランドから受け取ったシャルロットは、短剣を鞘から抜き、刀身の輝きや色、魔力の通り、触って弾性の有無を確認したりとオーランド以上に詳しく見ていた。
「こいつは間違いねえ。違法武器のイレイザーだ」
シャルロットは短剣を鞘に入れてオーランドに返す。
「イレイザー? それはどんな武器なんだ? 」
「イレイザーってのを一言で表すなら暗殺だな。その短剣で斬られたら、傷口から生命力がだだ漏れになって死んじまう。傷の手当は面倒なうえ、かすり傷でも致命傷になる。下手人を探そうとした時にはもうすでに逃げ切ってる。暗殺に便利なんで数十年前まで活躍してた武器だ。もっとも、誰でも扱えるうえ、危険すぎるってんで違法になったがな」
「そんな危険な武器だったのか」
オーランドは短剣を見る。刀身の透き通った水色は綺麗であったことを思い出した。危険な武器とはとても思えなかった。ただここで一つオーランドは疑問に思った。
この武器は暗殺に使われていた。つまり、短剣を持っていたあの男は誰かを殺す予定だったことになる。ひょっとして自分を殺すつもりだったのではないのか? そしてそれに気づいたアメリアが魔法を放ったのではないか?
だとするとあの攻撃は自分を助けるためのもので、バカ、バカと言っていたのは殺気に気づかなかったオーランドを責めるものだったのではないかと見当違いなことを考えた。
オーランドがカフェで覚えていることは女性店員の制服の際どさとアメリアに魔法を食らったことだけであった。
「ありがとう。助かった」
オーランドは受け取った短剣を無くさないように懐にしまった。
「おう。剣の手入れはしていくか? 安くしとくぜ」
オーランドはせっかくなので手入れをしてもらうことにした。剣をシャルロットに手渡す。
「頼む」
シャルロットは剣を抜き、刀身を見る。目立つほどではないが細かい傷がいくつかあった。刃こぼれも少しあった。
「これなら半日あれば終わるぜ。また明日来てくれ。すぐ渡せるようにすっから」
シャルロットは剣を鞘にしまい、台の上に置いた。
「仕事が早くて助かる。やはりシャルは優秀な鍛治士だな」
「よせよ。照れるじゃねぇか」
シャルロットは顔をほのかに赤くさせ、髪をガシガシとかいた。
オーランドはふとエレナにもここを紹介しようと思った。彼女は基本魔法を扱っているが、魔法の効果をあげる道具をシャルロットなら作れる。きっとエレナの役に立つだろうと考えた。
「近いうちに部下と一緒にくる。その子の剣を作ってやってくれないか?」
「いいぜ。どんな奴なんだ? 」
普段の顔色に戻ったシャルロットは興味深そうにオーランドに聞いた。シャルロットは基本客を選ぶことはないが、できれば道具を大切に扱える奴と出会いたいと思っている。
「新しく入った子でな。優秀な部下だ」
「へぇ〜。楽しみにしとくぜ」
シャルロットはオーランドが褒める部下に興味が出た。オーランドが認めたならばちゃんと武器や道具の性能にに振り回されずに使いこなせる奴だと思ったからだ。
「そうだ。これ、良かったら使ってくれ」
そう言ってオーランドは梱包された箱をポケットから取り出した。オーランドは鍛冶屋に来る間にネックレスを買っていた。
恋愛指南書「あの子の心を繋ぎ止める方法」で女性には定期的なプレゼントをするべきだと書いてあったからである。この本には何をプレゼントすればいいのかも書かれていていた。
オーランドはシャルロットがとても魅力的だとは思っているが、幼少期の頃からの知り合いなので恋人云々ではなく単純に、これからも仲良くしていきたいという思いからのプレゼントであった。
ただし、オーランドは恋愛指南書を参考に行動しているので今回も恋愛指南書通りに行動しただけであった。
「おう。……ありがとな」
顔をまた赤くさせてネックレスを受け取る。シャルロットの声は上擦っていた。ネックレスにはハート型のオブジェクトが吊り下がっている。色はシャルロットの髪色に近い色だった。
受けったネックレスを首につけるシャルロット。
「……似合ってか? 」
「ああ。綺麗だ」
――――オーランドは恋愛指南書で培ってきた知識を忠実に実行している。それは誰に対しても変わらない。が、オーランドには欠点がある。鈍いのである。モテるはずと思いながらも相手が言葉にしない好意に気づけない。だからモテない。
オーランドはシャルロットが自身に抱く感情に気づかなかった。
そして、シャルロットもまた自身がオーランドに対して特別な感情を抱いていることに気づいていなかった。
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