彼女が気づかせてくれたもの…僕たちの物語
Luna
第1話 彼女との出会い
俺は目の前にいる彼女を知っている。
あれは、入学式後のホームルームの時だった。
「よろしくお願いします。」
新しく就任してきたという先生の挨拶が終わり、定番の自己紹介の時間になった。
俺を含むクラスメイトたちの間には、緊張の空気が張り詰められた。
新任の高橋先生も、この空気をどうしたらいいか、分からずにいた。
そんなとき、声を発したのは彼女、佐藤 咲希(さとう さき)だった。
「私は、白川中から来ました佐藤 咲希です。好きなことは、友達と話すこと、遊ぶこと、食べることです‼︎ …でも、ピーマンだけは大の苦手です。これから1年間、同じクラスで過ごすことになるので、よろしくお願いします‼︎」
それから天使のような声と手の振りで、特技、はまっていること、これからの意気込みなどを自己紹介した。
その後、同じ中学だという中村さん、伊藤さんも笑顔で続けた。
男子数人がヒソヒソと「あの子たち、可愛くね?」などと言っているのが聞こえ、空気が和らいだことで、その後の自己紹介がスムーズに進んだ。
あの3人は、これからクラスの中心となって、日向を歩いていくんだと俺は悟った。
そんなことがあり1ヶ月。
俺は出席番号が遅いこともあり、窓際の1番後ろノート席で目立たぬように学校生活を送っていた。
とくに誰かとつるむことが嫌いなわけではない、人付き合いが苦手なだけだ。
それに、クラスではすでにグループが出来上がっていて、だれも俺に興味はない。
…とにかく人とあまり関わりたくないのだ…
そんな日々を過ごしていた俺は今、最大の問題に直面している。
(なぜかって?)
今朝のホームルームに高橋先生が教壇から身を乗り出しながら、
「だいぶクラスにも馴染んできたことだし、席替えでもするか」と言い出したのだ。
なぜ問題かというと、今の席は隣が空席で、ぼっちの俺には最適だったからだ。
(また、同じ席になってくれ‼︎)と俺は神様に祈るしかなかった。
しかし、そんな願いが叶うはずもなく、席は廊下側の1番前になってしまったのだ…
しかも、隣は佐藤さんである。
人付き合いが苦手で、休み時間もぼっちだった俺には、自然と彼女たちの話し声が入ってきた。
彼女はクラスの中でも目立つ女子であり、俺とは真反対だ。いわゆる、クラスのムードメーカーである。
そんなわけで俺は目の前にいる彼女を知っている。
不意に「佐藤さんと隣になりたかった」「隣のやつ誰?」というのが聞こえた気がする。
(最悪な席になってしまった…)
ため息をしていると、
「これからよろしくね松井くん」と声をかけられた。
振り返ると、佐藤さんがこちらを見てウインクをしてきた。
ひとまず「うん、よろしく」と会話を切り上げようとした。
しかし、
「お話しするの初めてだよね。」
「…そうだね」
「ため息ついてるのって……1番前になったから?」と積極的に話に来た。
「まあそんな感じ」と答えながら、なぜぼっちの俺にこんなに話に来るんだ?……なぜ関わったことがないのに名前を覚えているのか?と考えた。
答えはすぐに出た。
佐藤さんはみんなに優しいのだ。だからぼっちの俺にも話しかけてくれる。
これが佐藤さんと関わった最初の1歩である。
また、俺の心に閉じこもっていた性格が変化していくきっかけとなった。
「あの、聞いてる?さっきから考え事してるみたいだけど」不意にそんな声が聞こえた。
慌てて意識を戻し、横を見てみると、彼女は机から身を乗り出し、こちらを笑顔で見ていた。そういえば話の途中だった。
「う…うん、なんでもない。どうかした?」
すると、手のひらを上に出しながら
「これから席隣になるんだし改めて自己紹介しようよ」と提案してきた。
「ああ…いいよ」
(‥‥正直、あまり関わりたくない‥‥)
「まずは私から、佐藤 咲希と言います。好きなことは〜」と入学時のホームルームの時と同じことを言った。
(聞き取りやすくて、わかりやすい。)と感動した矢先、
「次は、君の番だよ」という声がした。
すっかり忘れていて、頭が混乱していると、チャイムがなった。
会話が中断され、「気をつけ、礼‼︎」という総務委員の号令により授業が始まった。
(ナイスタイミング‼︎)と心の中でガッツポーズをした。
横目で佐藤さんを見ると、続きを話したかったのか、名残惜しそうにノートを開いていた。
一瞬、彼女と目が合った。
俺は、気まずくてすぐに目を逸らした。
授業が始まってしばらくして、俺はノートを見ながら固まっていた。
数式が並んでいるがノートには空白だらけだ。先生が説明をしているが手は止まったままだった。
(やばい…苦手な二次関数のところだ。内容についていけない…)
それでも必死に手を動かしていると、
「この問題わかる人はいるか?」
「‥‥‥」
「それじゃあ、今日は12日だから、12番の水野くん、答えられる?」
「先生、今日休みです。」という声が聞こえた。「それじゃあ…前の席の松井くん」
(…なぜそうなる?…)
こういう時、俺は、目立たぬようにぱぱっと答えている。
しかし、今は違う。全く分からないのだ。
しばらく考えていたら「どうした?分からないのか?」と聞かれた。
まずい…注目の的となってしまうことは避けないと…と俺が思っていると、
ふと、視線を感じ、隣を見ると佐藤さんがノートを俺の方に傾けながら、シャーペンで答えを指していた。
(答え…見せてくれるのか?相変わらず、天使のような性格だ…)
「x=2、3です」
「正解‼︎難しい問題だったのにすごいな」先生に褒められた。
しかし、これは俺の実力ではない。彼女の実力だ。
そう思うと、心がむずかゆくなってきた。
そんなことを考えながら、今の問題をノートにまとめていると、突然、視界のすみに白いものが転がってきた。
見てみると、それは消しゴムで彼女がうっかり落としたものだった。
拾おうとしたら、指先と指先がぶつかった。
そっと触れた彼女の指先は冷たかった。
「うわっ、ごめん。」
「こちらこそ、ごめん」
「ありがとう。」
「…どういたしまして」
指先が触れてしまったことで、気まずくなってしまった。
しかし、彼女は気にしてない様子で黒板に向かい直った。
「今日はここまでだ。」という先生の合図であたりは一気に騒がしくなった。
友達と話す人も居れば、冗談を言い合い人、ちょっかいをかける人などで溢れかえった。
一時期、俺もその中に入って、友達とワイワイ過ごすのに憧れていた。
しかし、一度こじつけてしまった性格を変えるのは難しかった。
そうやって、しばらく思っていたら、どうでも良くなった。時の流れっていうヤツだ。
(たしか…次の教科は歴史だったよな)そう思いながら、顔を上げると目の前に佐藤さんがいた。
「よっ‼︎」
「うわぁ〜⁉︎」
(しまった…情けない声が出てしまった。)
彼女を見ると、俯いて笑っている。
「松井くんもこんな声を出すんだ。いつも静かで、あまり声を聞いたことがなかったけど、意外だね。」
(‥‥‥)
「いちおう、君と同じ人間なのでね」
「君、意外と面白いね」
笑いながら言ってきた。
俺は普段見せてない一面を見られてしまったという、恥ずかしさで焦った。
「…で、何の用なんですか?」と早口になって言った。
彼女は前のめりになり、笑顔で聞いてきた。
「今朝のホームルームで話したこと覚えてる?」
「なんか話したっけ?」
「自己紹介の続きだよ。まさか、もう忘れてしまったの⁉︎」
「w冗談だよ。ちゃんと覚えてる。」
彼女は安心した様子で続けて言った。
「次は君の番だよ。松井くん。」
「今言わないとダメ?」
(なんも考えてないんだか)
「入学時の自己紹介でいいよ〜」
まるで俺の心を見透かしたかのように、彼女は言った。
喋るのは苦手だけど…しょうがない…俺は彼女を見つめた。彼女も俺のことを見つめ返してきた。
「俺は黒川中から来ました松井 空です。好きなことは読書、ゲーム、アニメ鑑賞です。…よろしくお願いします…」
(明らかに、陰キャのイメージだ…)
そんな俺とは裏腹に、彼女は「お願いします‼︎」と明るく、返事を返した。
「上手く話せなくて、ごめん‼︎」
彼女のような、完璧に近い自己紹介をするのは、俺にはできないのだ。
「いいよ別に。私が無理して自己紹介してもらってるんだし。」
(ほんとに、優しいな…)
そのとき、彼女は、耳を少し赤らめ、手を前に出してきた。
「なに?」
「握手。お近づきの印として有名でしょ?」
「有名だっけ?」
「と…とにかく握手。ほらっ」
彼女は慌てながら言った。
そうして、2人は顔を赤らめながら、照れくさそうに握手を交わした。
手が触れた瞬間、俺は、もう一度顔を赤らめた。頭の中が真っ白になり、彼女を見つめ返すことができなかった。
「なにあの2人、仲良かったっけ?」
クラスメイトたちがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
(うぅ…周りの視線が痛い。)
俺は、人目から離れるため、廊下に出た。
誰もいなくなった廊下には、心臓の音だけが脈打って聞こえた。
なぜだろう、心臓がドキドキする。それは、クラスメイトたちの言動に、緊張してしまっているからなのか?…それとも、彼女を意識してしまったからなのか?
俺にはまだ、この感情がわかんなかった。
ふと、俺は、その手がさっき触れたときよりも、温かくなっている気がした。
でも、俺は、この感情がなんなのか、その正体は知らない。
しかし、この出来事をきっかけに俺の日常は少しずつ、でも、明確に変わっていった。
その後は、気合いで乗り切り今日の授業が終わった。今日はアニメの新作があるのだ。
俺は急いで帰りの準備をし、教室を出た。
「今日も疲れた〜」
「授業中、うたた寝してたくせに」
「そうだっけ?」という会話が聞こえてきた。中村さんと佐藤さんだ。
「そういえば、席替えの席どうなったん?」
「私は、松井くんの隣になったよ。」
「あの、いつも一人でいる子?話せるの?」
「思ったより面白い人だよ。優しいし、反応がかわいいし。」
ふと、そんな声が聞こえた。
彼女がこちらに気付き、何か言おうとした。
しかし、俺は気まずくて、足早に2人を通り過ごしてしまった。
彼女が気づかせてくれたもの…僕たちの物語 Luna @Luna1223
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