第21話 三人だから、できること
夜のスタジオ。
折原は一人、モニタで完成した線画をチェックしていた。
(これだけじゃ、足りない)
ロトスコープの生々しさはある。
でも、撮影処理もできていない。背景も真っ白のまま。
このままでは、ただの未完成品だ。
隣にいて作業していたゆらがスマホを見ていて、突然声を上げた。
「折原さん!見てください!」
画面を見せる。
プリステの公式Xアカウントに、DMが来ていた。
『初めまして、五十嵐と申します。撮影スタジオ、イメージ工房で働いています。
プリステの大ファンです。もし良ければ、お手伝いさせてください。
会社には内緒で、ボランティアでいいです』
「撮影スタッフ!?」
真琴が飛びついてくる。
「……本物?」
こよりが疑う。
イメージ工房は今回の件を断られてしまった撮影スタジオだ。
スタッフの五十嵐さんのことは知らないが、DMでわざわざ連絡してきたというのは今回の会社の対応に不満を持ったことの証拠なのだろう。
「すぐ連絡を」
折原が言いかけた時、ふと気づいた。
「待てよ……」
折原の目が輝き始める。
「ファンが協力してくれる。ファンが見たいものを作る」
「どういうことですか?」
ゆらが首を傾げる。
「背景だ」
折原が立ち上がる。
「プリステの実写ライブ映像を背景に使えばいい」
「ライブ映像を……?」
真琴が驚く。
「背景の制作会社も断られてしまった。仕方なく全部をイメージ背景にするしかないと思っていた。
でも、今の視聴者は目が肥えているから、イメージ背景はごまかしだというのはバレてしまう」
「そこで、背景は君たちの過去の映像と今作っている映像を重ねる」
折原が熱く語り始める。
「アイドル時代の映像の上に、今の君たちが手書きで書いた映像が踊る。
これなら背景作業なしで、ファンにも伝わるはずだ」
「……斬新」
こよりが呟く。
* * *
作業が再開された。
五十嵐からの返信も来た。『今すぐ行きます!』
折原はさらに考えていた。
(もう一つ、もう一つ。この作品にしか、この子達が作ったものでしかあり得ない強力な特徴があれば……)
一方、3人は最後の仕上げに入っていた。
疲れているはずなのに、完成が近いと思えると自然と鼻歌が出る。
「♪夢の続きを〜」
ゆらが歌い始める。
「♪描いていこう〜」
真琴が続く。
「♪……転んでも〜」
こよりまで加わる。
3人の声が、自然にハモった。
「あれ?」
ゆらが手を止める。
「今、ハモってた?」
「なんでこんな状況で揃うねん」
真琴が笑い出す。
「……不思議」
こよりも小さく微笑む。
その瞬間、折原がハッとした。
「これだ……」
小さく呟く。
「折原さん?」
3人が振り返る。
「生歌だ!」
折原が叫ぶ。
「君たちの生の歌声。それが最後のピースだ!」
「でも、Luna☆Voiceのプロの歌声には……」
ゆらが不安そうに言う。
「違う」
折原が首を振る。
「完璧じゃなくていい。今の君たちの声。
疲れて、でも必死で、それでもハモる声。
それこそが、本物の証明になる」
「これで……何とかなるかもしれない!」
折原の声に、希望が宿っていた。
* * *
数時間後。
五十嵐が到着した。
ピンクの髪に、個性的なファッションの女性。
「きゃー!本物のプリステ!」
興奮を抑えきれない。
「もう、会社なんてどうでもいい!全力でやります!」
軽い打ち合わせの後、五十嵐は自宅作業すると言ってそのまま帰宅した。
こよりはPCと睨めっこしつつ最終的にどこまで粘れるかの調整。
「……着色はここまでできれば五十嵐さんの撮影処理にこのカットは間に合う……」
ゆらはPCで合成作業。
「ライブ映像と、ロトスコープを重ねて……」
真琴はひたすら描き続ける。
「あと30枚……いける!」
五十嵐からも自宅での撮影処理にをどんどんアップしてくれる。
「この光の入れ方、最高!やっぱウチは天才っしょ!」
島尾社長まで作画を手伝う。
「俺の線、意外といけるだろ?」
* * *
深夜1時を回った頃。
作業も大詰めを迎えていた。
「あと少し……」
ゆらが目を擦りながらモニターを見つめる。
その手が、ふらりと揺れた。
「ゆら、大丈夫か?」
真琴が心配そうに覗き込む。
真琴の目にも、深い隈ができていた。
折原が3人を見て、優しく言った。
「少し休もう。あと少しだけど、このまま続けたらミスをする」
「でも……」
ゆらが抵抗しようとする。
「大丈夫。俺が続きをやっておく」
折原が微笑む。
「君たちは十分頑張ってるよ」
3人は制作室の隅にあるソファに移動した。
真琴が大きくあくびをする。
「ちょっとだけ……目を閉じるだけや……」
ゆらも隣に座る。
「折原さん、すぐ起こしてくださいね……」
そう言いながら、無意識に折原の袖を掴む。
「……5分だけ」
こよりも反対側に座った。
しかし、3人とも座った瞬間、深い眠りに落ちてしまった。
折原は苦笑しながら、近くにあったブランケットを3人にかけた。
* * *
折原は3人を起こさないよう、そっと立ち上がった。
データを守るため、制作室に残ることにした。
(炎上騒動で人生終わったと思ってた)
(俺のほうが、いつもみんなに励まされてるんだ)
「ありがとう……」
小さく呟いて、折原は作業を続けた。
しかし、激務の疲れが限界に達していた。
椅子に座ったまま、いつの間にか意識が遠のいていく。
* * *
それから数時間後。いつの間にか制作室の電気は落ちていた。
カチャリ。
小さな物音で、折原の意識が浮上する。
まだ半分夢の中。
でも、確かに聞こえた。
誰かが、制作室にいる?
薄目を開ける。
PCの前に、人影。
その人影が、USBをPCに差し込んでいるのが見えた。
(まさか……)
【お礼】
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
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これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!
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