第7話 アイドル三人との初めての挑戦

 夜21時。

 朝から続いていた作業が、ようやく終わりを迎えようとしていた。


「社長から、『終局のザリアトレイラ』第6話V編終了と連絡来ました!」


 こよりが電話から顔を上げる。


 ゆらが笑顔で親指を立てた。


 折原が、深く息を吐いた。


「よし、これで『終局のザリアトレイラ』第6話、納品完了だ」


「やった!」


 ゆらが飛び上がり、真琴とこよりも安堵の表情を浮かべる。


「みんな、よく頑張った」


 折原は静かに三人を讃えた。


「特にリテイクチェックのスピードが上がったな。一週間前とは別人だ」


 初めての現場仕事を乗り越えた達成感が、スタジオを満たしていた。


 ***


「実は、大きなチャンスが舞い込んできた」


 納品の次の日。島尾社長が会議室のドアを開けた。


 折原と元プリステの3人が集まっていると、社長は神妙な面持ちで切り出した。



 プロジェクターに資料が映し出される。


『第1回ネオアニメーションコンペティション』


 大手動画配信会社主催。優勝チームには30分スペシャルアニメの制作権が与えられる。提出作品は2分以上のオリジナルアニメーション。


「すごい……」


 ゆらが息を呑む。


「でも、うち以外の参加スタジオを見てくれ」


 社長がページを送る。


 そこには——


『青山悠真(スタジオ・ブルーオーシャン)』


 折原の拳がわずかに震えた。


「青山チームは現役声優アイドルグループ『Luna☆Voiceルナ・ボイス』とコラボするそうだ。話題性は抜群だろうね」


 三人の表情が険しくなる。


 Luna☆Voiceは、すでに声優界では抜群の知名度と人気を誇るアイドルユニットだ。


「うちは——」


 島尾社長が折原を見る。


「折原チームとして、元Prism☆Stellaメンバーとのタッグで参戦する。どうだ、やってみるか?」


 静寂が流れる。


 そして——


「やります!」


 三人の声が重なった。


「折原さんと一緒なら、絶対に良いものが作れます!」


 ゆらが拳を握る。


「うちら、もう逃げへん」


 真琴が力強く頷く。


「……必ず、勝ちます」


 こよりの瞳に、静かな炎が宿っていた。



 すると突然、事務の緒方が会議室にやってくる。


「社長、スタジオ・ブルーオーシャンの青山監督がお見えになっています」


「?青山君……特に約束はないが……」


 緒方の横からするりと青山が入ってきた」


「社長、突然すみません。偶然通りかかったら見覚えのある名前があったもので」


 青山悠真だった。


 黒のスーツにサングラス、取り巻きを二人従えて、余裕の笑みを浮かべている。


「ノースブリッジ。懐かしい。まだあったんですねぇ、このスタジオ」


 全員が固まる。


 折原が立ち上がりかけたが、島尾社長が手で制した。


「何か用かね、青山君」


「コンペの話は聞いているでしょう?」


 青山はちらりと、視線を折原に向けた。

 その後、また島尾に視線を向けなおして話し出す


「無駄なことはやめて、取引しましょうよ、社長」


 軽く手を上げて言う。


「今回のコンペ、まだ正式発表前でしょう? 今のうちに降りてくれたら、うちのスタジオから1000万払いますよ。何もしなくて金が入る。悪い話じゃないと思いますが?」


 島尾社長がゆっくりと口を開いた。


「……。私は折原くんの判断に任せる」


 折原が答える前に——


「そんな申し出、受けるわけないでしょう!」


 ゆらが一歩前に出た。


 いつもの柔らかな表情は消え、真っ直ぐな怒りが瞳に宿っている。


「ああ、そうだった」


 青山が薄く笑う。


「君たち、元アイドル? 星野ゆめちゃん、だっけ?」


 わざとらしく肩をすくめる。


「君らみたいな素人がアニメ作るとか、聞いてるだけで鳥肌が立つね。どう? 一人月100万でうちに来る? 秘書とか広報のほうがいいよ。顔はいいんだから」


「なめんな」


 真琴が即座に反発した。


「私ら、遊びでやってへん! 本気でアニメ作りたいんや!」


「……アニメを、作品を、汚さないでください」


 こよりも一歩踏み出す。


 小さな身体から、強い意志が伝わってくる。


 黙っていた折原が、ゆっくり立ち上がった。


 島尾社長に頭を下げ、青山に向き直る。


「帰ってくれ、青山」


 静かな、しかし確固とした声。


「俺たちはやるに決まってる。この子たちの"アニメを描きたい"って気持ちは本物だ。金じゃ買えない情熱が、ここにはある」


 青山の顔から笑みが消えた。


「へぇ、随分と言うじゃないですか、炎上演出家さん」


 その言葉に、ゆらがさらに前に出ようとする。


 折原がそっと肩に手を置いて止めた。


「好きに言え。でも、作品で答えを出す」


 青山は鼻で笑い、踵を返した。


「そうですか。じゃあ、せいぜい"元アイドルの文化祭アニメ"で頑張りなさいよ」


 ドアが乱暴に閉められる。


 青山が去った後、会議室に重い沈黙が流れた。


 その静寂を破ったのは、ゆらの声だった。


「絶対に勝ちましょう」


 拳を握りしめ、まっすぐ前を見据えている。


「今度こそ見返したる」


 真琴も立ち上がった。


「……折原さんのためにも」


 こよりが静かに、しかし力強く言った。


 三人の目の奥に、同じ火が宿っていた。


 折原は三人を見つめ、そして微笑んだ。


「俺のためじゃない。君たちの夢のために、やろう」


「でも——」


 ゆらが言いかけると、折原は首を振った。


「君たちと一緒に作品を作れること自体が、俺にとっては夢みたいなものだから」


 その言葉に、三人の目が輝く。


「折原さん……」


 真琴が潤んだ目で見上げる。


「……一緒に、頑張ります」


 こよりが小さく頷いた。


 島尾社長が咳払いをした。


「よし、決まりだな。明日から企画会議だ。全力で行こう」


 スタッフ全員が頷く。


 夕日が差し込む会議室で、新たな戦いの火蓋が切られた。


 ——青山には負けない。


 ——この子たちの夢を、必ず形にする。


 折原は心に誓った。


 そして、三人もまた、同じ思いを胸に刻んでいた。


【お礼】


 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。


 よろしければ評価☆☆☆や感想、ブックマーク、応援♡などいただけるとさらに嬉しいです!


 これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る