第3話 初日からまさかのお泊り?
「じゃあ今日は――今僕がやっているアニメ「終局のザリアトレイラ」6話の制作進行の仕事を、少し手伝ってもらおうか」
折原の一言で、空気が引き締まった。
机の上には原画の束。スケジュール表には、びっしりと赤い書き込み。
「これが……現場の戦場……」
ゆらがごくりと喉を鳴らす。
真琴は緊張で肩をすくめ、こよりは静かにメモ帳を構える。
そこへ折原の携帯が鳴った。
「折原です。……え、今日中ですか? 了解です」
電話を切ると同時に、彼は流れるようにキーボードを叩き始めた。
机の上では資料、モニター、電話が同時進行。
目にも止まらぬ速さで指示が飛ぶ。
「第6話のカット26から35のレイアウト、チェック済み。ゆらさん、撮影へ回して」
「は、はいっ!」
「真琴さん、スケジュールの赤線のとこ、再確認して」
「了解です!」
「こよりさんはコーヒー淹れてもらえる? ブラックで」
「……わかりました」
静と動が入り混じる現場。
三人の視線が、自然と折原へ集中していった。
淡々と、けれど確実に回っていく。
「この人がいるだけで、現場が動いてる」――誰もがそう思った。
やがて夜。
デスクライトの光だけが、スタジオを照らしている。
「ふぅ……なんとか今日のノルマは終わり」
折原が椅子にもたれかかる。
時計を見ると、23時半。
「えっ! もうこんな時間!?」
「終電、なくなっちゃいますね……」
「タクシー代もったいないしなぁ」
ゆらたちが困り顔を見合わせる。
折原は一瞬迷ったが、口を開いた。
「……うち、空き部屋あるから。よかったら泊まっていく?」
「えっ!」
三人の目が同時に輝く。
「本当ですか!?」
「お母様にご迷惑では……」
「……お言葉に甘えます」
返答の早さに、折原は思わず苦笑した。
***
「ただいまー」
玄関の灯りがつく。
折原の母が顔を出し、三人の姿を見るなり声を上げた。
「あらまあ! 修ちゃん、まさか彼女さんたち!?」
「ち、違うよ!会社の新人の子たちだよ!」
「初めまして! 天宮ゆらです!」
「桜井真琴と申します」
「藤堂こよりです。夜分に失礼します」
「まぁまぁ、なんて可愛い子たち。さぁ、入って入って!」
母のテンションが爆上がりし、折原は早くも頭を抱えた。
数分後。
テーブルにはおにぎりと味噌汁、卵焼きが並んだ。
「お母様……これ、全部手作りですか?」
「もちろんよ。若い子たちにはちゃんと食べてもらわないとね」
「いただきます!」
三人が声を揃える。
「うまっ……!」
ゆらの目が輝く。
真琴がほっとした顔で微笑み、こよりは小声で「幸せ……」と呟く。
母はそんな三人を見て、満足げに折原に視線を送った。
「修ちゃん、いい子たちじゃない。職場も楽しそうね」
――そんなこと、今まで一度も言われたことなかったな。
いつも疲れた顔ばかり母さんには見せていたから……
食後、母がふと思い出したように言った。
「そうそう、お風呂もう沸いてるわよ。女の子たちからどうぞ」
「い、いえそんな……!」
「いいのよ、遠慮しないで」
促されて、三人は顔を見合わせ――
「じゃあ、一緒に入ろっか」
ゆらの無邪気な提案に、真琴が苦笑し、こよりが静かに頷く。
折原はその光景を見送りながら、頭を抱えた。
――まさか、推しの元アイドル3人が実家の風呂に入ってるとか、夢でも見ない設定だぞこれ。
なんとか気持ちを切り替え、食器を片付け始めたそのとき。
「折原さーん!」
浴室のドアが開いた。
ゆらが、髪をタオルでまとめながら顔を出していた。
「シャンプーってどこですか?」
「あ、上の棚の左――」
「ありがとうございます!」
パタリと閉まるドア。
その瞬間、折原の鼓動がドクンと鳴る。
次の瞬間――
「ごめんなさーい、ドライヤー借りてもいいですか!?」
今度は真琴。
湯気の向こうで濡れた髪を持ち上げ、首筋がほのかに光って見える。
「そ、その……どうぞ」
「ありがとうございますっ」
バタン。
廊下に静寂。
折原はそっと壁に背を預け、天井を見上げた。
――仕事の修羅場より心臓に悪いんだけど。
「修ちゃん、顔真っ赤よ?」
母が顔を出して、にやりと笑う。
「……遅れてきた青春ねぇ」
「やめてくれ……」
折原は頭を抱えながら、深く息を吐いた。
風呂場の扉の向こうで笑う三人の楽しそうな笑い声が、ずっと耳から離れなかった。
【お礼】
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