Story#000002:友人の遺言
大学の友人であったトーマス・ケイスが、死んだ。読書とキャンプとカメラが好きな、元気で物好きな男の、唐突すぎる死。
彼の訃報を受けたのは私が就職活動に明け暮れていた頃で、忙しい中での友人の死に、私は唖然としてしまった。自然派のエコロジスト企業への内定が決まって喜んでいたのに、それから数日で死んでしまったのだ。
何があった、どうしてだなどと聞こうにも、尋ねる相手はもう、いない。無表情で沢山の友人たちの参列する葬式に参加して、悲しむ暇もなく自分の就職活動を続けていたある日、彼の親に呼び出された。
彼の親は、彼が私を好いていたことと、もし自分に何かあったら部屋の鍵を私に渡してほしいという願いと共に、一つの銀の鍵を私に渡した。
断る理由を色々と考えてはみたが、結局、彼の親の熱意に負け、私は彼の親の立ち会いの元、部屋の扉を開けた。そこには、自然を愛していた彼の、世界の異変についての研究考察を綴った数十冊ものノートがあった。
数十冊のノートが几帳面に並べられたデスクの上に、私はある環境活動家団体の名前と電話番号が書かれた一枚のメモを見つけた。
私は彼の親に言って、そのメモを持ち帰った。電話をかけようか否かを逡巡したが彼の探っていた世界の異変を知りたくて電話をかけた。
電話に出たのは、淑やかな声の女性だった。名を名乗ると、女性の声は静かに、あなたについてはトーマスから聞いている、と告げた。
あなたには、話しておくべきかもしれないわね。李寧と名乗ったその淑やかな声の女性と私は、四日後に会う約束をした。
──────
四日前に会った、トーマス・ケイスの友人だったという女の子は、ラゴスの人に特有の色素の濃い肌と髪を持っている、真面目そうな女の子だった。ドレッドヘアになっているその髪は後頭部でまとめられ、彼女の強気そうな印象を決定付けている。
ジェミラ・デイビスという名のその体格の良い女の子は、ニューヨーク自衛隊で候補生として訓練を受けているという。
少しだけケイスの話題で雑談した後、私は静かに切り出した。この“EDEN”を支えている結晶エネルギー循環システムの要石である、エリクス結晶機械コアに、寿命が来ようとしている、って学説をご存じかしら。
女の子は首を傾げた。たしか、トーマスが似たようなことを言っていたと思いますが、疑似科学だと教授に突っぱねられてから調べるのをやめたって言ってましたよ。
私は目の前の女の子に──ジェミラ・デイビスに、彼女の友人であるトーマスが自分にコンタクトを取ってきた理由を話し、私がリーダーを務める秘密組織への招待状として、私の名刺を手渡した。
──────
この“EDEN”の余命があと僅かだとしたら、あなたはどうする?
およそ初対面の相手に聞くことではない、その質問を投げかけてきたあの上海系の李寧という女性の言葉が、アパートに帰ってからも脳内に残っていた。
アルコロジーがアルコロジーたり得るのは、一つの巨大建造物の中で生産・消費が自己完結している場合のみだと、小学生の頃に授業で習った。そしてこのEDENがアルコロジーであり続けるのは、氷極部分に内蔵されている結晶機械が、原子力を凌駕する強力なエネルギーを施設全体に循環させているからだ、と。
その結晶機械が寿命を迎えればどうなるだろう、などとは今まで少しも考えたことが無かった。元々が一万年前の先史時代に造られた、ロストテクノロジーの産物だ。考えても仕方がないと思っていたのだ。
生活が不便になる程度ならまだ良い。このアルコロジーを空中に浮遊させているのも、その結晶機械の力だ。もし、それが無くなったら──。
身体を横たえていたソファー・ベッドから身を起こし、シャワーを浴びに行った。十八歳で親元を離れてニューヨークの大学に進学してから、ずっと住んでいる古びたアパートの一室は、主の悩み事など気にもしないと言った様子で、四畳ほどの空間をそこに広げていた。
両親に会いたい。会って、同じ質問をしよう。思考をそこで打ち切って、シャワーの水を止めた。
Destiny──The stories of someday. ビスマス工房 @bismuthstudio
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