第13話 不穏な屋敷と『実験日誌』
「確かにクルイモノがいる気配はしますが……。どうして、同じだと思ったのです?」
刹那さんが不可解そうに首を傾げるのも無理はない。
だって、あの時のクルイモノは完全に吹き飛ばしてしまったから、痕跡すらも残っていない。
色々立て込んでいてすっかり忘れていたけど、思いだした。
「刹那さん、虫とか平気?」
「まぁ、触るのはあまり好きじゃないですが、見る分なら平気ですよ」
それならば、見せてしまった方が早い。
耳をよく澄ませると、虫がカサカサと地面を這いずりまわる音がする。
その奥にいる明らかなる邪悪な気配。
「そこね……!!」
持っていた刀で伸び切った草たちを薙ぎ払うと地肌が見えるようになる。
そこに現れたのは、紫色の蟲たちがコオロギの死体を貪っている姿だった。
「これはクルイモノ?!こんなところに堂々といるなんて……」
「刹那さん、そのまま踏み入らないで。これらは毒を持っているので」
やっぱり予想通りだったわね。
病気かもだと思ったけど、それなら草が地面に倒れているはず。
そうじゃないことに気づいて、見逃さなくてよかった。
あの時みたいにいきなり足でも噛まれたらどうしようもないもの。
「そうですか。とりあえず、排除でもしますか?」
「やってもいいけど、無駄足になると思う。これらを生み出している親玉がどこかにいるかもしれないからね。それを叩かないとどうにもならないわ」
あくまでも、帰り道に遭遇したあの喋るクルイモノに関してはそうだった。
今回に関してもそうだと決めつけるのは早すぎる。
けど、霊力を見る限りみな同一なのよね。
それにしても幻さん。そわそわと周囲を見渡しているけど、どうしたんだろう。
「……ん?あれ、可笑しい。気のせいかな?」
「どうしたんですか、幻。もうすでに異変は起こっているのです。違和感があれば言ってください」
刹那さんが問いかけると、幻さんは気まずそうに一番大きな屋敷を指さした。
「あの屋敷の方から人の話し声がするんだけど。ここって、誰かに管理されているわけじゃないよね?」
「されていませんよ。逆にこの草のあれ具合で、誰かの手が入っているとお思いで?」
――だよね。そうだよね。
幻さんは顔を青ざめさせながら、周囲を見渡す。
ピクリと彼に耳がわずかに動くと、さらに顔を青くする。
人の話し声、ねぇ。
「やっぱり気のせいじゃない。屋敷の中に誰かいる!!」
「幻さん、1回落ち着いて」
「落ち着けないよぉ。逆にみんなどうしてそんな平然としていられるの?よくわかんない存在だよ!!」
顔面をぐしゃぐしゃにさせながら、泣き叫ぶ幻さんに一言物申したい。
私たちが戦おうとしているクルイモノだって、よくわかんない存在でしょ。
「何を言うかと思えば、クルイモノだってよくわかんない存在でしょう?」
「クルイモノはぶっ飛ばせばいいけど、人だとそうもいかないじゃん!!」
そ、そこなの?!
前から思っていたけど、幻さんって不思議な感性を持っているみたいね。
「結芽」
「どうしたの、美緒?」
「屋敷の中を探索しよう。クルイモノかは分からないけど、あの屋敷の中には何かいる」
さっきから美緒の気配を感じなかったのは調査しに行っていたからか。
確実に何かがいるわね、あの屋敷。
「二人とも行くよ。あの屋敷の中を調査しよう」
「それもそうですね。では行きましょうか」
「いやだー!!」と泣き叫ぶ幻さんを容赦なく引きずっていく刹那さん。
本当に容赦ないわね。
*
キィーっと、鈍い音をさせながら正面の扉を開けると、やはり中は真っ暗だった。
窓があれば、外からの光で暗さはある程度緩和されるけど、この場所には窓1つないようだ。
「ここで霊力を無駄に消費するわけにもいきませんからね。札を使いましょう」
懐から札を一枚取り出すと、刹那さんは周囲を照らし出す。
光に照らし出された壁は不自然に綺麗だ。
外観はあれほど朽ちているのに、この壁は汚れがないどころかくすんですらいない。
不審に思いながらも足を進めると、何かが足に当たる。
「これはノートかしら?」
掠れた文字だけど、『実験日誌』って書かれているみたいね。
何かの研究記録なのかしら?中身を見てみるか。
『194■年9月12日 今日からクル■■ノの生■調査を開■する』
所々掠れて見えなくなっている部分があるけど、明らかに『クルイモノ』って書かれているわよね?
1940年代となると世界大戦が起こったあたりの時期よね。
だから、今日まで上手く隠ぺいできていたのか。
『196■年10月30日 やは■、クルイ■ノにも自我があ■たのだ。私は正しかった』
このまま、ページを捲るのが怖い。
捲るなと、本能がまくしたててくる。でも、捲らないと情報が得られない。
『198■年3月3日 ついに成功させた。人の言葉を喋るクルイモノを生み出すことに』
思わず、本を投げ出してしまった。
心臓が嫌な音を立て、背中に生ぬるい汗が流れるのを感じる。
息が上手くできない。目の前にある事実を受け入れられず、頭が割れるように痛くなる。
「あれって、もしかして……」
「結芽さん、大丈夫ですか?真っ青になっていますよ?」
刹那さんが心配そうに覗き込みながらハンカチを手渡す。
彼が声を掛けてくれなかったら、多分叫んでいた。
曖昧に彼に笑みを返しながら、周囲の気配を探る。
やっぱり、いないわけがないわよね。
「囲まれている」
「え?……なるほど、そういうことですか」
「いつ、敵が飛び出してくるのか分からないから、武器を構えた方がいいわ」
美緒と幻さんも気配に気づいたのだろう。2人も警戒態勢に入る。
神経を研ぎ澄ませながら、敵が現れる瞬間を待つ。
「グルゥオオオ!!」
「やっぱり、出てくるわよね。クルイモノ!!」
獣の唸り声と、蟲の羽音と共に私たちの戦いのゴングは鳴り響いた。
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