雨の止まない街
空波あお
第1話 日常
ピー、ピー、ピー……。
"音響魔法"が付与された時計が、朝の五時を報せる音を部屋中に響かせている。
……カチッ。
カーテンを開き窓から外に目をやると、いつもと変わらず雨が降っている。
……今日は一段と雨が強い。
着替えを済ませ朝ごはんを食べた後は、一階に降りて店の開店準備を始める。
時刻は朝の六時半。
十時の開店時間に間に合うようパンの製造や焼成を行うため、開店準備はいつもこの時間から始めている。
店内の準備が終わり、最後に今日のおすすめが書かれた看板を出すため外に出ると、傘を差して宙に浮き、建物の上空を移動していく人影が視界に入った。
……最近では宙に浮くことが出来るものまで作られていると、魔法道具工場の偉い人が話していたのを思い出した。
この街には一際目を引く大きな工場があり、そこでは、通称"魔法道具"と呼ばれる、魔法が付与された道具の研究・開発・製造が日夜進められている。
その中でも傘は、一年中雨が降り続けるこの街では生活の必需品のため、特に研究が盛んらしい。
そもそもの話、”魔法”とはこの街の住民が全員使うことが出来る力の呼称だ。
手の平から水を出したり、ちょっとした風を起こしたり。
以前来店したお客さんの中には、何もない所からお金を出す魔法を使う人もいた。
他にも様々な魔法があり、生活の小さな支えになってはいる。
それなら魔法道具など必要ないのでは? と思うかもしれないが、実は使うことができる魔法はそれぞれに生まれつき備わっている一つだけで、三〜六歳頃に魔法が発現するまでどんな魔法が備わっているのか誰もわからないという、かなり運任せな仕様になっている。
そのため、よく見るものから珍しいものまで幅広く存在しており、人や物を浮かせることができる”浮遊魔法”は、その中でもかなり珍しい魔法なので、道具によって誰でも宙に浮くことが出来るようになったのは、改めて便利な世の中になったと思う。
そしてそれが、自分では使うことのできない魔法を、道具を介して使うことができる魔法道具の一番の魅力なのだ。
——と、考え事もそこそこに、入り口扉の看板を閉店から開店に変えて店内に戻る。
あとはお客さんが来るのを待つだけだ。
レジのあるカウンターに座り新聞を広げると、"太陽祭"の準備について書かれた記事が、大きく一面を飾っていた。
一年中雨が降り続けるこの街にも、三年に一度のたった一日だけ、雨が止み太陽が顔を出す“晴れ日"と呼ばれる日があり、太陽祭というのは、この日を祝い街全体を上げて行われるイベントのことである。
太陽祭が始まったのは、僕が生まれてすぐの頃、ある魔法が付与された傘が流通してからだ。
住民たちが持つ陽の光に対する悪い印象を払拭するため、祭を開くことでめでたい日として祝うことにしたらしい。
祭の当日は、中央広場に昼間から一日中たくさんの屋台が出店され、夜には街を一周するパレードもやったりと、三年に一度ということもあって大規模なため、何日もかけて準備がされている。
今年は出店どうしようかなんてのんびり考えていると、常連の少年がお母さんと一緒に元気な声を響かせながらやってきた。
「こんにちはー!」
少年はいつものように、お母さんの手を引いてレジの前にやってきた。
「いらっしゃい、今日も元気だね」
「パン屋のお兄ちゃん! 今日は新しいパンある?」
「あるよ、自信作!」
「わーい! 楽しみ!」
少年はお母さんに「選んでくる!」と伝え、鼻歌まじりに店内を回り始めた。
レジの前で少年を待つお母さんに、余ったパンの耳で作ったラスクを手渡す。
このラスクは来店してくれたお客さんには必ず渡しているサービス品で、街でも美味しいと評判だ。
「いつもありがとう。あれから店主さんのお身体はどう?」
「最近は調子が良いみたいですよ。昨日も試作を持ってお見舞いに行ったら、『まあまあだな』なんて言いながら食べてくれました」
店主というのは僕の祖父のことだ。
両親を早くに亡くした僕を引き取り面倒を見てくれていたが、二ヶ月程前に体調を崩して入院することになり、今は僕が店主代理として営業している。
「ふふっ、店主さん相変わらずなようで良かった。もうここのパンは食べられないんじゃないかって街のみんなも心配してたけど、お孫さんが継いでくれて安心したわ」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
この店のパンは僕自身も大好きで、この店を継ぐのは小さい頃からの夢だった。
祖父が入院した時、なんとか営業を続けたいと頼み込み、店主代理としてではあるがこの店を任せてもらえてよかった。
しばらくお母さんと世間話をしていると、少年がレジに戻ってきた。
「お待たせ! これにする!」
少年が何個か持ってきた中には新作のパンがあった。
「毎度あり。今度感想聞かせてね」
「うん! また来るね!」
そう言って笑顔で手を振る少年に手を振り返し、親子が仲睦まじく帰っていくのを見送った。
少年には本当に元気をもらえるなあ。
——親子を見送り、時計を見ると時刻は午後一時過ぎ。
ちょっと早いけど、そろそろ行くか。
僕は祖父の見舞いに行くため、店を閉めて病院に向かった。
今回の試作品は好評だといいが……。
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