第13話「異形の主、森より現る」

 森を覆う瘴気が、夜空をも侵していた。

 黒い霧の中から現れたのは、人の背丈をはるかに超える異形。

 六本の腕を蠢かせ、頭部には顔とも仮面ともつかぬ影が浮かび、赤い裂け目のような眼がぎらついていた。


「な、なんだあれは……!」

「人間……じゃない……!」


 村人たちの悲鳴が広場を満たす。

 だが俺は、心臓が鷲掴みにされるような恐怖を押し殺し、前に出た。


「皆、退くな! ここを越えられたら村は終わりだ!」


 異形の主が一歩踏み出すたびに、大地が鳴動する。

 ただの圧だけで、周囲の魔物がひれ伏すように地を這い始めた。

 支配――これは“群れの王”だ。


「【支援魔法・身体強化(フィジカルブースト)】!」


 俺は前衛に魔法を重ねる。

 だが次の瞬間、異形の眼が赤く瞬き、光が霧散した。


「……消された!?」


 愕然とする。

 補助魔法が通じない――いや、“看破”に似た力で無効化されたのだ。


「アルト様……!」

 村人たちが怯えた瞳で俺を見つめる。


 異形の主が六本の腕を振り下ろす。

 地面が裂け、柵が一瞬で粉砕された。

 衝撃で前列が吹き飛ばされ、悲鳴が響く。


「【支援魔法・衝撃吸収(ダメージシェア)】!」


 俺は急ぎ結界を張り、衝撃を自らの体に引き受けた。

 胸が焼けるように痛み、膝が崩れそうになる。


(くそっ……一撃でここまで……!)


 それでも倒れるわけにはいかない。

 俺が立っていなければ、皆の心が折れる。


「アルト様! もう無理だ、撤退を!」


「駄目だ! 退けば村が呑まれる! ここで止める!」


 声を張り上げながら、俺は頭を回転させる。

 補助魔法が無効化されるなら――直接戦うしかない。

 だが俺一人の力では到底敵わない。


(なら……“織り合わせる”んだ)


 俺の魔法は単発で使うものじゃない。

 補助と補助を重ね、新たな効果を生み出す――これまで培った“応用”こそが武器だ。


「全員、聞け!」

 俺は声を張り上げた。

「俺の魔法は一部を無効化される。だが、組み合わせれば突破できる! 俺の指示に従え!」


 村人たちの顔に、再び光が戻る。

 不安の奥にある信頼が、彼らを踏みとどまらせた。


「まずは――【支援魔法・防御結界(シールドオーラ)】と【支援魔法・反響の幕(カウンターカーテン)】を重ねる!」


 透明な壁に赤黒い腕が叩きつけられた瞬間、衝撃が逆流し、異形の体をのけぞらせた。

 村人たちがどよめく。


「効いた……!」

「アルト様の魔法が……通じた!」


 だが、異形の主は呻き声を上げ、さらに大きな瘴気を放った。

 空気が歪み、肌が焼けるように痛む。

 まだ本気を出していない――直感が警鐘を鳴らしていた。


(こいつを倒さなきゃ、王都の騎士団が来る前に村は壊滅する……!)


 全身を震わせながら、俺は剣を握り直した。


「英雄と呼ばれた以上……俺は、逃げない」


 夜の闇の中、異形の主との決戦が幕を開けた。

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